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第四十四話 メイドさん

第四十四話 メイドさん


サイド クロノ



 来てしまった……。


 予定された日になったので、副ギルド長に馬車に乗せられ、強そうな冒険者達に護衛されながら移動する事一カ月。


 いや改めて考えると一カ月ってなんだよと思った。移動に時間かかりすぎだろと。だが、仕方がないといえば仕方がない。


 この世界、主な移動手段と言ったら徒歩。金持ちなら馬か馬車だ。そして道は整備されていたとしても、現代日本と比べればかなり荒れている。そんな所で馬車を全力疾走させようものなら車輪やら車軸やら色々簡単に壊れるだろう。


 基本的に自分とパーティーメンバーだけだと走っていくので、こういう移動手段は慣れていない。つい、『もう自分だけ走って先にいっちゃダメかな』と思う時がある。


 だが、副ギルド長なしでは門前払いされて終わるし、かといって副ギルド長をおんぶして走るのもダメだろう。大人しく馬車の二台で魔力操作の練習でもしてよう。


 ちなみに、自分は荷物と一緒に乗せられており、副ギルド長とは別の馬車だ。あと、目的地に近づくと『念の為』と言われて女装させられた。


 そんなこんなで遂にベンウッド伯爵家の屋敷に到着した。屋敷、というか城にしか見えない。かなりでかい。伯爵家ってかなり凄いのだと実感した。


 副ギルド長と老齢の執事さんに連れられて屋敷に入っていく。上へ上へと昇っていくと、やたら豪華な美術品が揃えられた廊下を通り過ぎ、これまた金細工が施されて高そうな扉の前に到着した。


 執事さんが丁寧に声をかけた後、部屋に通される。


 廊下に反して落ち着いた雰囲気の部屋に、大きく頑丈そうな机がある。そして、豊かな髭をたくわえた初老の男が座っていた。


「よく来たな。キンブル」


「はっ!」


 副ギルド長がその場に膝をついたので、ほぼ同時に自分も膝をつく。こういう時の礼儀って未だによくわからないのでとりあえず真似しておこう。


 それから副ギルド長と伯爵の会話が続いていくのだが、ぶっちゃけよくわからない。ただでさえ自分からしたらこの世界の言語は『異世界語』なのだ。前世で日本語を喋っていた時の方が長い。辺境の開拓村にいた自分には聞きなれない言い回しが多すぎる。


「して、それが例の冒険者か」


「はい。名をクロノと申します」


「ふむ……顔を見せよ」


「はい」


 とりあえず顔を上げるが、目は合わせないでおこう。もしも『ガン飛ばしてる』と思われたらまずいし。


「ほお……」


 ベンウッド伯爵は椅子から立ち上がると、こちらに歩み寄ってきた。そのまましゃがみ込んでこちらの顎を掴んでくる。


「なんと美しい。本当に男か?どこぞの姫でも攫ってきたわけではあるまいな」


「正真正銘男でございます。お確かめになりますか?」


 なに言ってんだおっさん共。というか副ギルド長、視線が奥の扉に向かってるけどそういう部屋じゃないだろうな?初めてがビール腹のおっさんとか嫌だぞ。しかも後ろを狙われているとか。


「うむ……閨に連れ込みたいところだが、今から王都に向かう準備をしなければならん。それはまたの機会にするとしよう」


 よし、決めた。今回の依頼が済んだら二度とここには近づかない。


「かなりの魔力も感じ取れる。腕利きなのは確かだろう。励めよ」


「はい」


 眉間に皺が寄るのをどうにかこらえる。ダメだ。睨むな。相手は貴族だ。冷静になれ。


「では後の事はジャックに聞け。私は忙しい」


「はっ」


 頭を下げた後、執事さんに連れられて今度は下に向かっていく。屋敷の別の棟と言えばいいのか、中庭を通って向かったまた別の屋敷に入っていくと、高齢のメイドさんがいた、


 メイドさんといえば秋葉原が浮かぶのだが、クラシカルなメイド姿をお婆さんは違和感なく着こなしている。


「ジャック様、そちらが」


「ああ。この少女、いや、少年を頼んだぞ。メイド長」


 とりあえずお婆さんにカーテーシーをしておく。アイリが『とりあえずこれをやっとけばどうにかなるってサーガで言ってた!』と言っていたのだが……大丈夫なのだろうか。


「ふむ……では、ついてきなさい」


「はい」


 どうでもいいけど、ここに来てから自分は『はい』しか言ってない気がする。


 奥の部屋に連れてこられると、十代後半ぐらいのメイドさん二人にメイド服を着せられた。


「正しい着方を教えます。次からは自分で着るようにしなさい」


「は、はい」


 あっという間に服を脱がされてメイド服を着せられる。これを次からは自分でしなければいけないのか。ちょっと大変そうだ。


 そうしてメイド服を着ると、お婆さんに連れられてまた別の棟に移動させられる。


「よいですか?貴方の本来の役目は知っていますが、ここでは見習いメイドとして扱います。貴方はこれからシエラ家の三女、ノワール・フォン・シエラです。私の事はメイド長と呼ぶように」


「かしこまりました」


 お婆さん、改めメイド長の後ろをついていく。その歩き方を出来るだけ真似ているのだが、これがかなり難しい。


 というか、女物のスカートと靴が歩きづらい。というか、改めてこの格好だと武器をもてないのが不安になる。なんだよ唯一携帯を許可されるのがナイフ一本って。しかも隠し場所が太ももにつけたベルトって。


 案内された棟に入ると、突然大声が聞こえてきた。


「坊ちゃま!お待ちください坊ちゃま!」


「いやだ!俺は大陸一の騎士になるんだ!勉強なんてしてる暇はないんだ!」


 そう言って階段の上を走っているのは、金髪の少年だ。もしかしてあれがベンウッド伯爵家の長男、アルフレッド様だろうか。なんだろう、顔を見ただけでこいつ悪ガキだなってわかる。


「捕まえられるものなら捕まえ、うわぁ!?」


 一瞬こちらと目が合ったと思ったら、足をもつれさせてしまった。よりによって会談を駆け下りようとしたところで。


「坊ちゃま!?」


 横のメイド長が悲鳴をあげる。その間に自分は駆け出していた。


 護衛任務は既に始まっている。だというのに自分の目の前で護衛対象が大怪我をしたらどうなる。決まっている。どう考えても自分の首が物理的に狙われる事になる。


 バフこそ盛る暇がないので使っていないが、素の『魔力循環』で間に合った。空中でアルフレッド様をキャッチし、そのまま階段を数段飛ばしで蹴っていき、階下に着地する。衝撃は出来るだけ消したはずだが、大丈夫だろうか。


 アルフレッド様を確認すると、ポカンとした顔でこちらを見ていた。


 まあ、九歳という話だし、あの高さの階段から落ちそうになったらフリーズするのも無理はない。


「坊ちゃま!?ご無事ですか!?」


 メイド長がこちらに駆け寄ってきて、アルフレッド様を受け取る。見かけによらず結構力持ちなのか、九歳児を抱えてもメイド長の体幹は揺るがない。もしかして何か武術をやっていた?


「ぼ、坊ちゃま~!」


 階段を息を切らせながら老人が降りてくる。高そうな服を着ているが、何者だろうか。落下する前の会話からして、家庭教師か何かだろうか。


「坊ちゃま!坊ちゃま大丈夫ですか!?」


 反応をしないアルフレッド様にメイド長も心配気に声をかけていると、ハッとした顔でアルフレッド様がこちらを見てくる。次にメイド長を見て、顔を真っ赤にした。瞬間湯沸かし器みたいだ。


「お、おろせ!こんなみっともない所を見せられるか!」


 元気に暴れるアルフレッド様をメイド長が丁寧に降ろすと、彼はチラチラとこちらを見てくる。


「お、お前は何者だ。見ない顔だな」


「お初にお目にかかります。シエラ家三女、ノワール・フォン・シエラと申します」


 これが全力のカーテーシーだ。ここに来る前、事前に副ギルド長から護衛対象のアルフレッド様には冒険者である事を明かすなと言われている。


 というのも、まだ腹芸が出来る年齢ではないし、なにより『将来は大陸一の騎士になる』と言っているらしいので、冒険者、それもほとんど歳の変わらない奴なんて目の前にしたらどういう反応をするかわからないからだそうだ。


「の、ノワールか。さっきはよくやった。け、けど、お前が助けなくたって俺一人でどうにでもなったんだ!勘違いするなよ!」


「はい、坊ちゃま」


 ここは静かにほほ笑みを浮かべておく。相手は貴族の長男。『何言ってんだクソガキ。死ぬかもしれなかったんだぞ』とか言えない。後が怖いし。


 ただ、怒っているのか顔を更に真っ赤にさせるアルフレッド様。面倒くさいな。


「ふ、ふん。わかればいいんだ。……だ、だけど、お前が俺を助けようとしたのは事実だからな。褒美をやろう」


 え、じゃあ金貨十枚ください。とは言えない。というか、こういう場合どうすればいいのだ。メイド長をちらりと見たが、あちらも困っているようだ。


「俺の専属メイドになる権利をやる!光栄に思え!」


 やたら自信満々に言い放つアルフレッド様。目を丸くするメイド長。まだ膝に手をついて息を整えている家庭教師らしきお爺さん。


 この場合、どうすればいいのだろうか。




読んでいただきありがとうございます。

今後ともよろしくお願いいたします。


次の更新は日曜日になると思います。

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