第四十三話 護衛依頼
第四十三話 護衛依頼
サイド クロノ
「いや、話を」
「嫌です」
「頼むから最後まで」
「無理です」
自分に、メイドになれと?メイド服を着ろと?断固拒否する。というか、男をメイドにしてどうするつもりだ。そういう趣味なのか?そういえばこの世界の宗教って男同士でっていうのが多かった気がする。
副ギルド長。いやこの変態は自分の尻を狙っているというのか。十代前半の少年を女装させてとはなんと業が深い。転んで頭打って寝たきりにでもならねえかな。
「はーい、ちょっとクロノ君落ち着こうねー」
「むぐぉ」
「失礼しました副ギルド長。詳しいお話を聞かせて頂けますか?」
ライカに口元を手で塞がれた。引きはがそうと思えば簡単にはがせるが、自分が冷静ではなかったのも事実だ。ここは大人しくしよう。
決してライカの手が小さくて滑らかで柔らかいから堪能したいというわけではない。……ちょっとぐらいなめてもバレないだろうか。
「あ、ああ。実は、代官様経由でとある貴族から護衛の依頼があったんだ。その条件として、メイドに扮して護衛をしてほしいとの事なんだ」
なるほど、変態はその貴族か。
「えっと、何故メイドなんでしょうか?」
「ああ。実は、狙われているのはその貴族の御子息でな。だが、誰に狙われているのかもわからない。なので、いっそ狙ってきたところを潰したいのだそうだ」
「え……囮って事ですか?」
「そうなるな」
どうでもいいけどライカが手をもぞもぞさせてこちらの唇を弄ってくるのだが。これはこちらもなめ返してもいいのだろうか。
「本来なら依頼主の貴族も自前の騎士を護衛に付けたいところだそうだが、それをすれば襲撃者も襲ってこないだろう」
「メイドなら護衛とは思われないと」
「ああ。だが、メイドとして入り込める容姿。護衛が出来るだけの戦闘能力。そして貴族に仕えていても不自然がない程度には言動がちゃんとしている者。そんな条件となると……」
「ああ……」
アイリが納得した顔で見てくる。納得しないでほしい。確かに今生の自分はどれだけ食べて走り回っても小柄で華奢な体躯に、少女と見まごう中性的な……いや、正直に言うと女にしか見えない容姿。ぶっちゃけ前世でいうところの男の娘というやつだろう。
自分はそりゃあメイド服を着ていても違和感はないだろうさ。戦闘能力に関しても、それこそゴブリンを一個小隊連れてこられようが殲滅してみせる。
だがだ、出来ると許容できるとは別である。
「ぷはっ。申し訳ありませんが、やはりお断りさせて頂きたく思います」
「……理由を聞いても?」
副ギルド長の表情から、『普通にメイド服が嫌だから』という理由では無理だろう。
「自分には護衛の経験などありません。だというのに初めての護衛対象が貴族の御子息というのは無理があります。ここは、もっと経験を積んだ方の方がよろしいかと」
「なるほど……つまり、君は代官様と私の見立てが間違っていると言いたいのかね」
「いえ、これはお二人の期待に応えられない自分の未熟です。誠に申し訳ありません」
「だが、スルネイス殿からも君なら問題ないとお墨付きを貰っている」
「」
やばい。今一瞬白目剥きそうになった。
え、なんでスルネイス先生なんで?
「依頼して下さった貴族も最初はスルネイス殿の道場に声をかけたそうなのだ。だが、現在あの道場に条件を満たせる者がいなかった。だが、卒業生である君の存在を思い出したらしくてね。代官様に手紙をしたためたそうだ」
なにしてくれとんねんあの爺。今度会ったら引導を渡すのも辞さない。
「つまり、もう依頼して下さった貴族。代官様。スルネイス殿。私。これら全員、君が依頼を受けてくれる事を前提に動き始めている。この意味がわかるね?」
「謹んで受けさせていただきます!」
畜生めぇ!もはや逃げ場がない。スルネイス先生の影響力は貴族にまで届く。そして本物の貴族である依頼主と代官。センブルの副ギルド長。これで断ったら何をされるか分からない。最悪、濡れ衣でもでっちあげられて指名手配犯にされる。
……それに、なんだかんだスルネイス先生にはお世話になった。ここで自分が断れば、彼のメンツをつぶす事になる。それは心苦しい。
まあ、それはそれとして次あったら殴るけども。
「おお、受けてくれるかね」
「はい!粉骨砕身頑張らせて頂きます!」
逃げばなし。失敗すればスルネイス先生に迷惑をかけるばかりか自分の今後が大ピンチ。もうこれはやけになるしかない。ただし、あくまで冷静にいかなければ。
それはそうと、両サイドの二人がやけにウズウズとしている気がするのだが、気のせいだろうか。
* * *
「さあクロノ君!早速女の子になろうか!」
「『中位回復』」
「なんで私の頭に魔法使ったの?」
「いや、とうとう壊れたと思って」
「酷くない?」
「いや開口一番あんな事言ってくる奴の方が酷いと思いますよ?」
満面の笑みを浮かべるライカを冷たい目で見つめていると、アイリがそっと肩に手を置いてくる。
「じゃあ、脱ごうか」
「本当に何を言ってるんですか……?」
え、待ってなにこの人怖い。
「せめて、理由をお聞きしても?」
「だって、女の子の振りをしなきゃいけないんだよね?じゃあ、練習しなきゃ」
「そうそう。練習は大事だよクロノ君。ぶっつけ本番でメイドさんをやるなんて無理があるよ」
「くっ……」
否定できない。ただメイド服を着ればメイドになれるわけではない。歩き方一つとっても男女で違いがあるのだ。
「まず香油を使ってみようか」
「私達の服だと……ちょっとサイズが合わないね」
「胸が……あ、気にしてたらごめんね?」
「いや、男ですから胸のことを言われても」
「ダメだよクロノ君!」
アイリに勢いよく肩を掴まれる。
「今日からクロノ君、ううん、ノワールちゃんは『身長と胸を気にする男爵家の三女』なんだよ!?」
「すいません、もうどこからツッコめばいいのか」
「いや、アイリちゃんの言う事も一理あるね。そういう設定は大事だよ。サーガでも言ってた」
「そうだよ」
確かに、あらかじめそういう設定を作っていた方がスムーズに事は進むだろう。だが、いや、しかし……。
「早速ノワールちゃんの服と下着、その他もろもろ買ってこなきゃ!」
「待った。下着?」
「ノワールちゃんは、そうだな……胸と身長を気にしている設定だから、あえて大人っぽいやつを履いている事にしよう」
「よし、えっぐいの買っちゃおう。紐だよ紐」
「色は黒か白か。それが問題だね」
きっと、自分は今死んだ魚の様な目をしているだろう。
今日わかったのは、異世界からの転移者がいるせいか、それともこの世界独自で技術の進歩があったのか、女性もの下着は現代日本とそんな変わらないということだ。
出来るなら、身をもって体験するのではなく、美少女のを見て知りたかった……。
* * *
後日、副ギルド長から護衛依頼を出した貴族についての情報が届いた。
ダンブルグ王国との国境近く。そこに領地をもつベンウッド伯爵家。現当主の第一子であるアルフレッド・フォン・ベンウッドが今回の護衛対象である。ちなみに、アルフレッド氏の年齢は九歳。
よかった。下着選びをしている時に『もしも閨に呼ばれちゃったらどうするの?』と心配されていた事態にはならなさそうだ。
……いや本当に良かった。万一そうなっていたら最悪護衛対象のリトルに大ダメージを与えなければならなくなっていた。たとえ追われる身になろうがスルネイス先生に迷惑がかかろうがそうなったら知った事ではない。
あと、護衛期間中のんびり過ごす予定ったらしいライカとアイリにはパワードスーツを着て剣の特訓やランニングなどの訓練表を作って置いた。お前らだけ楽できると思うんじゃねえぞ。
読んでいただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。
次の更新は金曜日になると思います。




