第四十話 Mバッテリー
第四十話 Mバッテリー
サイド クロノ
まず、魔獣の心臓に会った魔石をおおう膜を再現するのは早々に諦めた。というのも、そもそもどういう成分で出来ているとか、そういうのを調べる事すら自分には出来ない。それに必要な道具と環境を揃えるだけで金貨五枚など一瞬で溶ける。どう考えても足りない。
ではどうするか。膜をどうにか腐らせなければいいのではないかとなった。勿論、膜の内側も傷がつかないよう気をつけねばならない。というか、内側にはこれといった粘液とかないんだけど、本当にどういう仕組みだ。
そこで、ものは試しと防腐処理をするのはどうかと考えた。この世界にも貴族や大物商人などが死んだ際、お葬式を大々的に開いて色々な人を呼ぶ。だが、移動手段が馬やら馬車やらな世界だ。移動だけで時間がかかる。
そういった理由から、この世界では防腐処理の技術がそこそこある。というか、よくわからない方に進歩している。
うろ覚えではあるが、日本のテレビで見た死体の防腐処理はアルコールとかで清潔にし、体液が流出しないように処置する。ここまではこの世界でも一緒だ。遺体内にある飲食物や体液を抜き取り、動脈だったか静脈だったか、たぶん動脈に防腐剤を流し込んでいた気がする。
だが、この世界は動脈に防腐剤を流し込むのではなく、『漬け込む』。そんなことしたらふやけるじゃんとも思ったのだが、どうもそうではないらしい。細胞にしみこんで遺体を守ってくれるのだとか。
スキルの『薬草学』にあったこの知識を見つけて、これ使えるんじゃね?と思った。アイリとも相談し、センブルにある店で防腐処理に使う薬草を買い集めて借りている工房にこもった。
とりあえず完成した防腐剤に魔石の入った膜を漬け込むものと、そのまま放置するものにわけて置いておいた。
そうして様子を見ていると、防腐剤に漬けなかった方は案の定腐ってしまい、中の魔石が崩れてしまったのだ。だが、防腐剤に漬けている方は未だ魔力を感じるので、無事なのだろう。
ちなみに、膜から取り出してむき出しのまま防腐剤に漬けたやつもある。だが、こちらは普通に塵になってしまった。
さて、とりあえず膜が無事なら中の魔石は大丈夫と思ったのだが、今度はサンプルが足りないとなった。
合間を見てはギルドに魔獣の目撃情報はないかと聞きに行き、ラプトルの目撃情報があったのですぐに向かう事にした。
その間の魔石の観察はアイリとライカに頼んだ。二人もある程度なら『魔力感知』が使えそうだし、今回はとにかくパッと行ってパッと帰ってきたいから一人だ。慢心かもしれないが、魔石の観察に『魔力感知』が出来る人が必要なのも事実だ。
というわけで、報告のあった村に向かい、ラプトルの魔力を探って巣を見つけ、洞窟だったので見張りを殺して毒の煙を送り込み、倒れているのに止めをさしてまわった。
今回は卵こそなかったが、村人にも手伝っておらって皮と牙、爪を回収してセンブルへ。ギルドに持ち込んでとりあえず報酬を受け取り、買取金額は査定するので後日となった。
この間四日間。借りている工房に戻ると、アイリからとんでもない報告があった。
防腐剤に漬けこんでいても三日ほどで塵になってしまった。それはいい。予想の範囲内だ。で、二人はどうせだから自分達も試してみよう。と言い出して、崩れた塵を色々試したらしい。
その中で、もしもグラーイル教団に遭遇したら、というために作った聖水をわたしておいたのだが、その一部を小瓶にいれて、そこに塵も流し込む。そして試しに魔力を流し込んだそうだ。
似たような事を聖水以外にも酒やら普通の水でも試していたらしい。だが、聖水でのみ、なんと塵になっていた魔石が『固まったのだ』・
いやなんで?二人に聞いても、『わからない』としか返ってこない。三人で首を捻りながら、固まった魔石……魔石?を観察した。
とりあえず試しにその魔石らしき石に魔力を流し込んだら、少しだが魔力を溜めることが出来た。本当になんでだ。
そこから保管していた塵を同じように聖水に入れて魔力を流しこんだが、ことごとく失敗。固まる事はなかった。
だが、ラプトルの心臓から抉りだして持ってきた膜いりの魔石で試してみると、塵になった後聖水に入れて魔力を流し込んだら固まったのだ。
膜から取り出してすぐでないと固まらない?というか、溜められる魔力量が減るのはなんで?わけがわからない。
「えっと、クロノ君。これは……」
「どうなの?ぶっちゃけ……」
「とりあえず」
出来たのには違いない。第一段階、魔石を塵にしない状態で保存する。は成功したのだ。
「これは共同研究って事でいいですよね?」
権利とか、どうしよう……。
* * *
一年後、帝国国境
サイド 名もなき兵士
「くそ、くそ、くそ……!」
「あの化け物どもめ……!」
「母さん、俺、おれぇ……!」
そんな声が聞こえてくる。負傷した奴らだろう。もっとも、無事な奴なんて一人もいない。自分も怪我こそ擦り傷や打ち身で済んでいるが、酷い顔をしているに違いない。
帝国による王国への侵攻作戦。最初の方は上手くいっていた。王国は魔王を名乗る強力な魔人との戦いで弱っていると、指揮をしていた騎士が言っていた。さらに、自分達は帝国が作り出した新兵器、『銃』を持っている。
国境沿いにあった砦は、あっという間に落とすことが出来た。『戦車』とかいうでかい鉄の塊は馬もひいていないのに動いて、上に取り付けられたでかい銃、『大砲』というのだったか。あれを城壁や城門目掛けて撃ちまくったのだ。
当然王国の兵士も反撃したが、弓矢なんて戦車には小さな傷しかつけられず、魔法使いもいたようだが、そういう奴は優先して大砲の餌食にされたから誰も止める事は出来なかった。
向こうも砦の裏側から騎兵を出して帝国軍の横っ面を殴りに来たが、飛ばしていた『気球』で察知した。銃を持った兵士達が待ち構え、騎兵隊をあっという間に倒したのだ。あの時は爽快だった。
城壁は崩され、虎の子の騎兵隊は潰された。敵の指揮官はきっと真っ青だっただろう。それでも降伏しなかったらしいが、最後には漏らしながら命乞いをしていたと指揮官たちが大声で言っていたので、きっとそうなのだろう。やはり王国人は臆病だ。
なんせあいつら、銃の音にビビッて逃げるのだ。見ていてあれほど楽しいものはなかった。
そうして砦を奪った俺たちは、次々村を潰していった。あれはよかった。強引に『いたす』のがああも興奮するとは。夫の死体を見せながらした時はたまらなかった。
そうして順調に進んでいると、奴らが現れたのだ。あの悪魔どもが。
最初に見たのは、美しい少女だった。綺麗な黒髪を一本にまとめ、軽鎧を身に包んで正面から部隊に突っ込んできた。
皆同じ事を思ったに違いない。馬鹿な子供が馬鹿な事をしていると。捕まえて『教育』してやろうと。気の早い奴は少女に向かって下品な事を叫んでいた。だが、そんな妄想は一瞬で砕かれた。
矢よりも速く少女が走ったのだ。指揮官の声で慌てて銃を構えたが、引き金を引くより早く少女が指揮官に肉薄。馬上の騎士の首をあっさりと切り捨てたのだ。
そこからは、悪夢だった。次々と指揮をする奴が切り殺され、混乱の渦に叩き込まれた。自分はひたすら悲鳴が聞こえる方から逃げ回り、気づいた時には自分を含め数人しか生き残っていなかった。いや、正確には、その時死ななかったのが、だ。
奴は、あえてすぐに死なさず、助けにきた後続の部隊に死ぬところを見せつけたのだ。そうなるように傷つけ方を調整した。
それから生き残りは別の部隊に合流したのだが、奴の襲撃は昼も夜も続いた。
ある時は森で、ある時は平野で、ある時は無人の村で。しかも、途中から奴は一人じゃなくなった。
一人は、全身鎧の騎士。黒髪の少女ほどじゃないが、とんでもない速さで動き回り、馬ごと騎士を切り殺す化け物だった。
もう一人は、きっとサーガで聞いた事がある巨人なのだろう。四メートルを超える巨体に、四本足。手にはでかいスコップを持ち、体に取り付けられた大砲を撃ちながらこちらの戦車を壊してまわった。
指揮官も、戦車も失い続けた俺たちは、次第に動けなくなった。補給もない、弾薬も尽きた。飯も水もない。今指揮官をやっている奴はしきり『大丈夫だ』『本体が助けに来てくれる』としか言わない。
こんなはずじゃなかった。本当なら俺は今頃手柄を上げていい女を何人も侍らせて、うまい酒を飲んでいたはずなのに。それを、あの魔女が壊したのだ。
「ま、魔女だ!魔女が出たぞ!」
そんな声が遠くから聞こえる。もうどうでもいい。なにもかもが、どうでもいいのだ。
あの魔女と、その配下の悪魔たちからは逃げられない。なんせ、どれだけ指揮官が隠しても、本体は壊滅したと噂できいた。
そう、あの全身鎧の悪魔が、大挙として押し寄せた事によってっと。そう伝令が言っているのを聞いたのだ。
読んでいただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。
次回は金曜日になると思います。




