第三十四話 マクフファリド
第三十四話 マクフファリド
サイド クロノ
てっきり初老か、老人を想像していた。まさか二十代後半ぐらいの人が代官だったとは。
「緊張せず、楽にしてくれたまえ」
その言葉を真に受けるわけにはいかない。先ほどの名乗りで『フォン』があった。つまり貴族だという事だ。名字だけなら大きな商人の家でももっていたりするが、フォンは貴族にしか許されない。
ここで彼に下手な態度をとったら、それは王国の貴族全体を馬鹿にしているととられかねない。
「……ふむ、まあそう言われても難しいか」
マクフファリドは苦笑をした後、手元の羊皮紙に目を向ける。
「報告は届いているよ。八十四体のゴブリンをたった三人で討ち取ったそうだね。素晴らしい手腕だ」
これは、返答すべきなのだろうか。だが、勝手に口を開くのも失礼になったりしないだろうか。部屋にいる家来の人や執事が何も言わないし、とりあえず向こうが質問してくるまで黙っていた方がいいのか?
「まずは、礼を言わせてくれ。君たちのおかげで大切な領民を失わずに済んだ。ありがとう」
頭を下げてこそいないが、その表情からは本気の安堵がうかがえる。だが、相手は貴族。腹の探り合いなんて慣れているだろう。本心を読み取るのはかなり難しいだろう。
「それで、君たちの口からも直接ゴブリンとの戦いについて聞きたい。いいかな?」
「はい」
質問形式っぽいので、代表して口を開く。
そこから、ゴブリンの殲滅方法について説明を行った。下手に嘘をつくとボロが出て余計面倒な事になりそうなので、ここは本当の事を話しておく。
「……ふむ。ギルドからの報告と相違ない。それに、現地を調べに行かせた部下からの報告とも一致する」
ああ、何日も空きがあったのは現地の確認に部下を送っていたからか。代官が移動するだけでも色々準備があるからだと思っていたが、それだけではないらしい。
「だが、疑問も残る。クロノ君。君はいったい何者なんだね?熟練の魔法使いに匹敵する魔法の腕。そうかと思えば単独でゴブリンを切り伏せられる剣。まるで伝説上の英雄だ」
紅茶を一口飲んだ後、彼は続ける。
「グラーイル教団の件を聞いて、色々調べさせていたのだが……君はダンブルグ王国の開拓村に産まれ、九歳で冒険者になった。そして、冒険者に登録して数カ月で『魔獣狩り』と呼ばれるほど魔獣相手に暴れ回ったと部下から聞いている。これはあまりにもおかしいんだよ。ただの孤児が、なぜ魔法を扱い、本来騎士の家系でしか伝わらない『魔力循環』まで使えるのか」
マクフファリドの顔は笑顔のままだ。だが、その目は鷹の様に鋭い。下手な嘘や誤魔化しは通じそうにない。副ギルド長みたいに、勝手に勘違いもしてくれないだろう。あの時、彼は自分が貴族に関係する存在だと思って引いたのだ。だが、今目の前にいるのは、貴族だ。自分よりよほど貴族の関係に詳しいに決まっている。
これは、いっそ全部ぶっちゃけるか。……いいや、もう言ったれ。というかなんでダンブルグでのことまで調べられてんだよ。怖いわ。
何より、『危機察知』が下手な嘘をつくのは危険だと告げているのだ。もう詰んでいる。
「お話すれば、狂人の戯言かと思われるかもしれません。私には、前世の記憶があるのです」
「前世……?」
「帝国に、鉄の船に乗った男が流れ着いたというサーガを、友人から聞きました。おそらく、国は違えど彼と自分は同郷かもしれません」
「……詳しく、話してもらってもいいかな?」
「はい。私は前世で日本という国に住んでいました。そして、事故で死んだのです。気が付けば、ダンブルグの開拓村で赤ん坊になっていました」
「ふむ……続けて」
「赤ん坊になった私ですが、謎の力を持っていたのです。それが、ゴブリンを倒せた理由です」
「……なるほど」
ぶっちゃけた。ずっと秘密にしていたので、ちょっと気持ちいい。ただ、後ろからライカ達が驚いているのがわかる。もし目の前に貴族がいなければ、掴みかかって質問攻めにしていたかもしれない。
「君の話には、私も心当たりがある」
「えっ」
まさかの言葉が返ってきた。てっきり狂人扱いされるか、『ふざけるな』と怒られると思っていた。正直、もう言い逃れできそうにないから破れかぶれでぶちまけたのだが。
「千年に二、三人ほど、君や帝国に流れ着いた男の様に『異世界から来た』という者が現れる。そういう時、必ずと言っていいほど何か不思議な力を持っている」
初耳なんですけど?え、もしやとは思っていたけど、自分以外にも転生者や転移者は複数いるのか?
「たとえば、我が国に伝わる勇者ヨシツゥネ。彼は変幻自在と呼べるほど、あらゆる生物に化けてみせた。その力で数々の敵国からの侵攻を撃退し、なおかつ我が国の領土を広げてみせた英雄だ」
だから初耳なんだって。というかヨシツゥネってなんだよ。もしかして義経じゃないだろうな。あの人異世界に来てたとかないよな。
「そして、帝国に流れ着いたという男。彼は手にした土を全て『火薬』と呼ばれる粉末に変えられる力を持っていたという。まったく、不思議な話だよ」
火薬か……こちらの世界では聞かない単語だったが、彼の耳には既に届いていたらしい。まあ、英語圏の船が流れ着いた段階で、そうなるかもとは思っていた。
マクフファリドはため息を一つつき、こちらに目を向けてくる。
「それで、君はいったいどんな特殊な力をもって生まれたのかな……?」
どうする。出来るなら、あまり広めたくはない。最悪監禁されて実験動物か、はたまた錬金術を使うだけの生産機械にされるか……。
「当てて見せようか?そうだな……直接見た、あるいは魔力で感知した技術を模倣。そして強化する力、かな?」
自分の頬が一瞬動いたのがわかる。まさか、ほとんど言い当てられるとは思わなかった。本当になんなんだ、この人……!
「図星のようだね……なるほど、それならば魔法を使えるのもわかるし、その練度が高すぎる理由もわかる。私も『魔力循環』は使えるのだが……君ほど滑らかに、かつ力強く循環させる人間を見た事がない」
マクフファリドは苦笑を浮かべる。
「後ろの二人、彼女らが拙いとはいえ使えているのも、君が教えたからだね?あまりその技術を広めないでくれ。常人の魔力では難しいだろうが、それでもよからぬ輩に使われてはこちらも取り締まるのが面倒だ」
「はい……」
この人、騎士の家系なのか?いや、そんな事より、完全にこの人のペースだ。だが、安易に口を開くわけにもいかない。ああ、どうしたものか……。
「まあ、だいたいの事情は分かった。異世界の記憶がある君に、聞きたい事がある」
「私に答えられる範囲でしたら……」
「先ほど、私が火薬という単語を出した事に君はなんの疑問を抱かなかった。つまり、君の前世では当たり前にあったものんだね?」
「……一般人には規制されていましたが、存在は知っております」
「まあ、強力な武器になるらしいから、規制されるのも当然か。我が国でも、これを知っているのは貴族と一部の軍人だけだしね」
彼がそう言って家来に目を向ける。そうすると、彼は布に包まれた長い物を持ってきた。その布を解くと、前にテレビで見たマスケット銃が出てきたではないか。
「これは帝国から亡命してきたとある技師が手土産に持ってきたものだ。彼らはこれを『銃』と呼んでいるらしい。試しに色々試したのだが……恐ろしい兵器だよ。威力はフルプレートの騎士を殺しうるし、その辺の農夫でも少しの訓練で扱える、だが、何より音が怖い。あれでは馬や歩兵が怯えてしまう」
ふざけたように言っているが、目が笑っていない。
「君が知っている範囲でいい。銃という物について教えてくれないか?」
「私も、それほど詳しくはないのですが……」
一応の前置きをしてから、話はじめる。
「火薬をそれに詰めて、弾丸といわれる玉を込める。そして火を使って火薬を爆発させ、弾を飛ばすのが、銃の基本です。その性質上、雨の日は使えませんし、湿気ていても火薬が爆発しづらくなります」
「うむ。うちの技術者と同じ意見だ。他にはないかね」
「あとは……あの、その火薬は煙が出ましたか?それともほとんど出ない物でしたか?」
質問をするのは不敬かもしれないが、一応聞いておく。マクフファリドは怒った様子もなく、顎を撫でる。
「そうだね。煙はほとんど上がっていなかったらしい。それが?」
「無煙火薬と呼ばれる物ですね。……もしかしたら、いや……」
「なんだね。言ってくれ。たとえ間違っていたとしても、咎める事はない」
「……もしかしたら、その銃が発展した物が既に存在するかもしれません」
「ほう……」
「銃は、技術の進歩により雨に多少濡れても使えるように、そして連射が出来るように私の世界では進化していったのです」
「……その進化した銃の、連射性能はどれぐらいかな?」
「一分間に、何十発も撃てると聞いた事があります」
「ありえん!」
突然声を上げたのは、銃を持っていた家来だった。
「もしそんな物があったら、騎士は……!失礼、しました」
自分の失言に気づいたのだろう。家来が一歩引いて頭を下げる。それに、マクフファリドは鷹揚に頷いてかえす。
「うむ。銃を持った歩兵が並んで弾丸を放つ。それだけで騎士は死に絶えるだろう。そして、騎士が指揮をとる騎馬隊も使い物にはならなくなる。まったく困った話だ」
「……その、そこまで進化しているかはわからないのですが……」
「ああ。だが、いずれはそうなるかもしれない。それに、亡命してきた技師はこう言っていたらしい」
『もうすぐ、雷管が出来上がる』
「この意味が、君にならわかるんじゃないかな?」
「……連射式の物が、出来上がるかもしれません」
「まったく……卑怯な物だな。あの国は完成された実物を手に入れたのだろう。そして銃に対して知見をもつ者も同時にね」
椅子に深くマクフファリドが座り込む。
「君は、銃に対して詳しかったりしないかい?」
「いえ、自分はただの平民でしたので……」
「嘘はなさそうだ。まったく、困ったな……」
困った困ったといいながらも、マクフファリドは笑っていた。まるでおもちゃを見つけた子供の様に。
「ありがとう。クロノ君、君の秘密についてはこの場にいる者だけの秘密としよう。どうやら隠していたいようだからね」
「あ、ありがとうございます」
「そして、帰る時にうちの執事からゴブリン討伐の『礼』を受け取っていってくれ。私なりの気持ちだ」
たぶん、銃の情報も含まれているのだろうな。そう思いながら、深く頭を下げておいた。
* * *
サイド マクフファリド・フォン・ギリング
「さて……どうしたものかな……」
「マクフファリド様」
執事のセバスチャンが戻ってくる。彼らは帰ったようだ。
「よろしかったのですか?あのままクロノという少年を返してしまって」
「もちろんだともセバスチャン。彼は我が領民の恩人なのだ。無下にはできん」
これはまぎれもない本心だ。教会やら中央の貴族やらに気を使って動けなかった自分にかわり、グラーイル教団やゴブリンを倒してくれた。そんな相手にどうこうするなど、ギリングの名に泥を塗るようなまね、できるはずがない。
「それにだ。彼が暴れたら、うちの者では対処できん。敵対してしまうより、しばらく領内で冒険者をやってもらった方が、都合がいいんだ」
ゴブリン八十体を殺すことも、彼が昔戦ったというドラゴニュートも、殺せる戦力は存在する。だが、それは『個』ではないのだ。そして、それだけの戦力を集めて運用している間に、彼は存分に暴れるだろう。下手をすれば、我が領の滅亡を引き起こすかもしれない。
「では、いっそ私兵にしてしまうのは?」
「ダメだな。強力すぎる個は、扱いが難しすぎる少なくとも私には扱いきれんよ」
正直、考えなかったわけではない。あれだけの力だ。従える事が出来れば皇帝を殺す事も出来るかもしれない。
だが、リスクの方が高い。彼に手柄を上げられすぎれば、それに応えなければならないのだ。そうしなければ他の家臣にまで見限られる。かといって、応えれば応えたで他の家臣から反感をかう。
それに、クロノ君とて今は小市民然とした少年だが、いつまでもそうとは限らないのだ。そうなった時が恐ろしい。
「ならいっそ、彼には冒険者として領内の魔獣と戦ってもらおう。冒険者としてなら、報酬ぐらい払うとも」
冒険者になら、土地や家柄を褒美にする必要はない。金も、軍を動かすよりは安上がりだろう。何より、彼なら軍と比べものにならないほどのフットワークも持っている。被害が広がる前に対処できるだろう。我が父もそこまでケチではない。
自分はギリング家の次男である。父の後を継ぎ分割された領の貴族として暮らす事になるだろうが、その時の為にも色々しておかなければ。
「ギルドには色々手を回さなければな。彼に便宜をはかってもらわなければ。無論、加減は気をつけねばだが」
出来れば、彼にはこの地で多くの子を作ってもらいたい。異世界から来た者の子は、少しだがその能力も遺伝する。我が一族の様に。
我が先祖は前世で『イギリス』なる国家に仕えていたらしい。その力は、『嘘を見抜き、本人も知らぬ真実を見抜く力』。私にも『嘘を見抜く』程度の異能は備わっている。この力には助けられてきた。
クロノ君が洗いざらい話してくれたのも、この力を察知したからだろう。
「さて……兄上はどう動くかな……?」
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