第三十二話 魔獣狩り
第三十二話 魔獣狩り
サイド クロノ
「うわぁ……」
村長にドヤ顔してから森に入ったわけだが、とんでもない物を見つけてしまった。
木々がへし折られて出来た広いスペースを、その折った木を使った壁が覆っている。内側を見るために無事な木の上から観察したのだが……。
「多い……多くない……?」
ざっと『魔力感知』を使って数えたところ八十以上。群れというより『村』だ。枝を組み合わせたテントみたいなのも使っているし、火も使っている。なんだこれ。
さすがにこの規模の集団を見た事がない。というか、火を使えるのか、ゴブリンって。いや、よく考えたら武器や盾を持ってたしそういうのを使っても不思議ではない。……のか?
正面から挑んで勝てない事はない。二年前ならいざ知れず、今の自分ならいけるはずだ。主にスキルの熟練度のおかげで。だが、そんな真似をしたら結構な数に逃げられてしまうだろう。この数でバラバラに森へ逃げられたら追いきれない。
さて、どうしたものか……火、火かぁ……。
木から降りて、地面で待っていたライカとアイリに見た物を伝える。
「そ、そんな……!」
「は、八十体……!?」
動揺しているようだが、心は折れていないらしい。取り乱すことなく、こちらの言葉を待っている。
「とりあえず、アイリさんは村に戻って出来るだけ油を集めて、樽にいれて持って来て下さい。村人が拒否するならゴブリンの死体でも見せてあげて下さい」
「え、い、いいのか?というか、油?」
「はい。村を守る為です。正面から挑めば逃げられてしまう。生き残りが後で報復に村を襲わない為にも、油が樽で必要です。後、捨てていい古着も一着あったほうがいいですね」
「わかった。行ってくる!」
アイリの背中を見送った後、ライカにゴブリンの村を指さす。
「ライカさんは出来るだけ見つからないようあの壁を監視していてください。見つかったら無理に交戦はせず、村に逃げてアイリさんと合流してください。自分もすぐに向かいます」
「わかったけど……クロノ君、油が必要って事は、火を使うの?いくら木が倒されてるからって、森の中で大きな火を使うのは……?」
火事を心配するのは当然だ。だが、自分にも考えがある。
「大丈夫です。今からその仕掛けをしてきます」
本当は、火の不始末で山火事とか起こしちゃった時の備えだったのだが、まさかこんな所で使うとは。
* * *
仕掛けも終わりライカの所に戻ると、少ししてアイリも樽を抱えて戻ってきた。
「村長が説得に協力してくれて、なんとか集まったけど……どうするの?」
「まず樽の蓋に穴をあけて、そこに古着をいれます」
ナイフで小さな穴をあけると、そこにねじった古着を入れる。ちょっと深めにいれて油をしみこませてから、浅くつかる程度に調整する。
「で、ここに火をつけます」
魔法で古着に火をつけた後、片手で樽を持ち上げる。
「『筋力増強』『精密稼働』『武器強化』『魔力装甲』」
この後万一乱戦になった時用にバフを盛ってから、樽を壁目掛けて思いっきり投げつけた。
「「ええ!?」」
樽が砕けて中の油が飛び散り、着火して壁に燃え移る。だが、これだけでは足りない。近くの木に手を添える。その木には、魔法陣が書かれた羊皮紙が張り付けてある。
「そこで『赤魔法』です。『炎熱操作』」
あの壁を囲うように、ここを含めて五カ所の木に同じ物を張り付けた。これにより、簡易的だが魔法陣をつなげた大きな魔法陣が出来上がる。
そして、この魔法陣の中なら既にある火を操る事も出来るのだ。
「あ、これ思ったより魔力くいますね」
だが、かわりにめっちゃ魔力を消費する。範囲が広いのと、火の勢いを強めるためだ。燃えていた木が一気に焼け焦げ、更に周りの壁へと炎が広がっていく。内側が何か騒がしいが、今から消火は間に合わないだろう。既に壁全体に火が回っている。
壁をつなぎ合わせている縄が焼き切れたのだろう、内側や外側に向かって倒れていく。このまま放置すれば森に火が燃え移るが、外側の木も内側の木も、火はゴブリンの村に向かっていく。
更に火を操り、とにかく周囲の酸素を奪っていく。焼き殺そうとは思っていない。火は逃げ道を塞ぐためと、まとめて窒息させるための物だ。
少しして、『魔力感知』から数が減っていっているのがわかる。中央に付近に固まっているようだが、逃げ道など与えるつもりはない。
残り二十を下回ったところで、壁がだいぶ脆くなったのを察したのだろう。何体か火に向かって突進していく。
「ちっ」
思わず舌打ちする。残りの多数を逃さない為、あまり火を分散させられない。追いかけるのは中央にいる奴らを始末してからだ。
それから数分後、ゴブリン達から魔力を感じなくなったところで火を消す。急いで『魔力感知』で火を突破した奴らを探すと、意外と近くにいた。どうやら火の壁を突破するだけで精一杯だったらしい。しかも分散している。
「アイリさん、ライカさん。僕は火から逃げた奴らを追撃します。お二人はそいつらが村に逃げ込まないよう、ここで見張りについてください」
「わかった!」
返事を背に、木へと走る。そのまま木を蹴りつけて別の木へ。次々と飛び移りながら追跡を開始する。『軽業』もあってすぐに追いつくだろう。
とりあえず近い所から切り込む。三体集まっているが、一体が意識を失いかけている。その為、動けるうちの一体が肩を貸しており、残りの奴が周囲を警戒している。武器を持っているのは警戒にあたっている個体だけだ。
上からの『気配遮断』も使った奇襲で武器持ちを一撃で切り捨てる。それを見た無事な方が、肩を貸していた仲間を放り捨てて逃げようとしたので、ナイフを足に投げて転倒させた後、背中から心臓を貫く。
残り一体に止めをさした後、次の標的へ。それを繰り返していると、二体がアイリ達に向かっているのがわかった。
ちょうどそれ以外は切り捨てたところなので、すぐに追いかける。彼女らが接敵する前に合流できた。
「アイリさん、ライカさん。残りはこちらに向かってきている二体だけです。ここで仕留めます」
「……クロノ君、それは私たちでやるよ」
「そうでね。ここまで何もしてない。私達も何かしなきゃ」
二人が剣を構えながら言っている。さて、どうしたものか。熊とは戦わせた事があるが、魔獣はまだだ。少し不安はあるが、やる気があるのなら尊重したい。
「わかりました。ですが危険と判断した場合。もしくは逃げられると判断した時は手を出します」
「うん」
「わかった」
ちょうど、生き残りのゴブリン達が見えてきた。片方は棍棒に盾を持っている。もう一体は盾のみだ。
盾のみの奴が立ち止まり、石をひろってアイリ目掛けて投げつける。
「わっ」
それを避けたアイリだが、ちょうどライカと別れる形になってしまった。そこへ、棍棒持ちがライカ目掛けて殴りかかる。
「このお!」
ライカが迎撃で剣を振るうと、性能差で棍棒が両断される。だがゴブリンは怯むことなく盾で殴りつけてきた。
「うわっ」
「ライカ!?」
盾で殴られてバランスを崩した所に、すかさずタックルが入る。押し倒されたライカにゴブリンが馬乗りになる。助けようとアイリが近寄ろうとしたら、また石が飛んできた。生身の人間なら骨を粉砕するぐらい余裕な威力だ。パワードスーツを着ていても衝撃までは殺せない。
「大丈夫!」
そう言いながらライカが剣を振るう。それをゴブリンは盾で受けるが、剣は魔力をおびている。盾を切り裂き、その下の腕も半ばまで切り裂く。
「ならっ」
アイリが盾を構えて石を投げるゴブリンに走る。盾に石が直撃したが、今度はバランスを崩さなかった。それを見るやゴブリンは背中を見せて駆け出した。
「待て!」
一方、ライカに乗ったゴブリンは腕に剣が食い込んだまま右手でライカを殴りつけている。ただし、それは間に差し込まれた盾で防がれている。
「くっ……!」
ライカが力を籠めるが、態勢のせいであまり剣へと力が伝わっていない。だが、剣がおびているのは『流体』魔力装甲だ。何が言いたいかというと、刀身の魔力は触れているだけで物を切断する力がある。
刃が骨を断ち、腕を切断してゴブリンの首へ。また半ばで止まったが、首をそれだけ切れば十分だ。ゴブリンが血を吐きながら力を失い横に倒れていく。
こちらは大丈夫だろう。アイリの方を追いかける。すぐに見つかったが、未だゴブリンと追いかけっこをしている。平地ならともかく、森の中という環境にアイリは慣れていないのだ。
手助けしてやろうと思い、ゴブリンを追い越して眼前に立ちふさがり、魔力を放出する。
ゴブリンは急いで立ち止まると、チラリと背後へ視線を向け、振り向きざまに盾をアイリに投げつけた。
「うえっ!?」
予想外だったのだろう。盾がアイリの顔面に直撃した。まあ装甲のおかげで無傷だろうが、そのまま足を滑らせて転倒してしまう。ゴブリンはその隙にアイリの脇を走り抜けていった。
これは、アイリが捕まえるのは無理そうだ。しょうがないので自分が仕留める。木々を飛び移っていき、逃げるゴブリンの首を刎ねた。
「いったぁ……」
「大丈夫ですか?」
「な、なんとか」
アイリに手を貸して立ち上がらせると、返り血まみれのライカも追いついてきた。
「二人とも、大丈夫!?」
「あ、ライカ」
「問題ありません」
手早く二人の様子を確認する。どうやら怪我はないらしいし、パワードスーツもこれといった破損はない。
「では、他に生き残りがいないか壁の内側に向かいましょう。不意打ちに注意しながら探ってください」
「「はい!」」
壁の中に入っていくと、ゴブリン達の死体があっちこっちに転がっていた。
「うっ……」
「これは……」
二人とも兜越しでも苦い顔をしているのがわかる。自分もあまりいい気分ではないが、必要な事だ。
剣を手にしたまま、生き残りがいないか探る。怪しいのは剣先でつついて回ったが、大丈夫そうだ。
中央付近に行くと、嫌な物を見てしまった。
「二人とも、そこで止まってください」
「え、なにかあったの?」
「ありますが、危険はありません。……生き残りもいないようですし、村へ戻ってください。村長たちに終わったと報告を」
「わ、わかった」
二人も早くこの場から立ち去りたかったのだろう。すぐに村へと向かっていく。
「はあ……まあ、この規模ならいるよなぁ……」
小さいゴブリン達をかばうように死んでいるゴブリンをどかして、下にいた子共と思しきゴブリンを確認する。どうやら全員死んでいるらしい。
「南無阿弥陀仏」
剣を鞘に戻して、手を合わせる。さすがに罪悪感がわくが、必要な事だったと自分に言い聞かせる。大丈夫、その辺の割り切りは出来ている。
魔獣を生きて逃したら、村が襲われるのだ。ダンブルグでの侵攻のように。
読んでいただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。




