第二十八話 訓練
第二十八話 訓練
サイド クロノ
勢いよく下げられた二人に顔を上げさせて、事情を聞いてみる。
「えっと、すみません。何故そうなったのか順を追って説明してもらえますか?」
「……私たち、あの村で何もできないどころか、足手纏いだった」
アイリが吐き出すように呟いた。
「私達、村で聞いたサーガを妄想して、自分ならその物語でどう動くかを話してた」
「けど、実際そういう状況になった時、何も出来なかったんだ。ううん、それ言い出したら、最初にあった時だって、ただ助けてもらうだけだった」
ラプトルの時か。あの時の事を二人とも気にしていたとは。
「だから、強くなりたい。サーガになるんだったら、クロノ君みたいにならないと」
「その方法が、結局他人だよりって、情けなくはあるんだ。けど、私達が他に頼れる人もいないんだ」
二人は『だから』と言ってもう一度頭を下げてきた。
「私達を鍛えてください」
「夢を叶えたいんです!」
困った。これは想定していなかった。
「……まず、僕になんのメリットがあるんですか?」
とりあえず突き放してみる。二人がどの程度本気か見てみたい。それによって対応を変えよう。
「それは、その……」
「月謝は必ず払います。と、とりあえず先ほどの報酬は全額お渡しします」
「そもそも、あの村で何も出来ていなかったから、貰える権利はなかったんだけど」
「……一応訂正しておくと、お二人とも何も出来なかったわけではありまえん。行き帰りで食事の用意や見張りを積極的にしてくれました」
「それは、私達でなくっても良かったことで」
「ですが、あの時あの場にいてやってくれたのは貴女方です。それは間違いありません」
「ありがとう……」
納得はしていないようだが、頷いてはくれた。
正直、そこを否定されるとチート持って暴れているだけの自分が気まずいのでやめてほしい。
「次に、僕は誰かにものを教えたことはありません。指導した実績がないんです。どちらかと言えば、僕が剣を学んだ道場への紹介状を書いた方がいいでしょうか」
ぶっちゃけ、その方が真っ当に強くなれるだろう。自分が変な鍛え方するより、ちゃんとした指導者の方がいいはずだ。
「……私達は、それで強くなれますか?」
「……おそらく」
「聞き方を変えます。村単位の悪霊と戦えるほどになれますか?」
思わず無言になる。思ったよりぐいぐい来るな。それだけ本気という事なのか?
それにしても、あの村を突破できるほどか……無理だな。マリックさんなら間違いなく悪霊もグラーイル教団も切り捨てるだろう。だが、他の卒業した門下生が出来るかと言うと、たぶん無理だ。まあ、自分が見てきた範囲だが。それに、最後に出てきた魔人はマリックさんでもきついだろう。
「それはそれとして今のは道場に失礼です。謝ってください」
「「すみませんでした」」
道場の方向を指さして謝らせておく。自分はともかく先ほどの発言は道場に失礼過ぎるだろう。師範代が聞いていたら笑顔で殴りかかっている。
「私たちは……サーガになるぐらい強くなりたいんです」
「……その理由は?ただサーガが好きだから、という理由なら、お断りさせていただきます」
内心めっちゃ受けたい。だって巨乳美少女二人とキャッキャウフフな感じで『先生!』とか『先輩』とか言われたい。あと指導にかこつけて心の距離を詰めたい。
だが、ここは心を鬼にして二人の将来を考えなければ。ただのサーガ好きなら命を落とす前に、スルネイス先生の道場でちゃんとした考え方を身に着けてもらわないと。
「……私とアイリは、エルフの血を継いでいるんです」
「えるふ?……あの耳が長くて寿命が長い?」
「はい、そのエルフです」
マジか。というかこの世界エルフいたのか。獣人とドワーフはいると知っていたが、エルフまでいるとは。
アズバルクの街でその二種を見かけた事はあるし、会話の中にも出てきていた。だが、エルフについては聞いた事がない。
「あの……自分で言っといてなんですけど、信じてくれるんですか?」
「そりゃあ、まあ」
魔法があって異種族も魔獣もいる世界だ。むしろエルフがいない方がびっくりする。
「その、私達の場合ひいお婆ちゃんがハーフエルフなんです」
「だから、私達の代だともうだいぶ薄いんですけど、それでもエルフの血をひいているってなると、敬遠されるといいますか……」
「そうなんですか」
この世界のエルフってもしかしてヤバい存在?人類と敵対でもしているのか。
「えっと、クロノく……さんは怖がったり気味悪がったりしないんですか?」
「くん呼びでいいですよ」
実はさん呼びより君呼びの方が萌える派です。
「エルフに対して思う処と言われても、逆に何かあるんですか?」
「え、そりゃあ人間を昔奴隷にしていたって伝承が」
「ああ、そういう」
よく創作物でエルフは数が少ないけど人間の上位互換みたいな書かれ方しているし、想像はしやすい。それにしても、孤児だったからかそういった話は聞いた事がなかった。大して興味もないが。
しかし、いったい何年前の話なのだろう。少なくとも数世代はまたいでそうだが。
「物心ついたころから、私たちは遠巻きに見られるだけでした」
「あげく、厄介払いみたいに別の村へ強引に嫁がされそうになりました」
なるほど、そういったストレスからサーガにのめり込んだと。そして、『自分達を助けてくれる都合のいい英雄に自分達がなりたい』と思ったわけか。
「だから、サーガにのるくらいの英雄になって、皆を見返してやりたいんです」
「お願いします!」
「わかりました」
勢いよく下げられる頭に、頷いて返す。
「え、いいんですか!?」
「はい。そういう理由でしたら構いません」
別に、人様に迷惑かける類の感情で言っているなら断るし、何も考えずにただ英雄になりたいだけなら道場に丸投げして叩き直してもらう事を考えた。
ただ、一応彼女たちなりに考えた結果だというのなら、それは一見『ええー』と思うものでも引き受けよう。出来るだけはするが、後で何があってもその選択は彼女たちの責任だ。
「ただ、僕なりのやり方になるので、かなり特殊です。絶対に強くなるとは限りません。それでもいいですか?」
「「はい!」」
「あと敬語はやめてください。変な感じがします」
「「はい!」」
元気よく頷く二人に、小さくため息をつく。
「では、場所を変えましょう。とりあえず……宿屋に向かいますか。貴女方を一カ月でレッサードラゴニュートぐらい倒せるようにします」
* * *
さて、彼女らの強化計画を考えるうえで、通常の手段では無理だと一目で感じた。
身長は平均的女性のそれ。肩幅もそれほどなく、魅惑的なスタイルだが戦闘に向いているかと言うと否。これといって特殊な技能や能力を持っているわけではない。
戦闘に関して長所を述べるなら魔力が人より多いぐらいしかない。だが、二人とも魔法が使えるわけではないし、魔力の流れを感じさせれば習得できるチートも持っていない。
一応スキルを獲得するときに魔法に関する知識も流れ込んでくるので、教えられない事はない。だが、習得には年単位でかかる。その上適性が合っているかもわからない。赤魔法の適性があったけど青魔法教えていました。なんて事になりかねないのだ。
というわけで、まず人より多い魔力を活かせるようにさせようと考えた。
「力を抜いてください」
「う、うん」
アイリをベッドに仰向けで寝かせ、その枕元に立つ。寝転んでもおっぱいの主張が凄い。これもエルフの血がなせる業なのか。だとしたら人間が奴隷にされたのも納得がいく。これに逆らうのは難しいだろう。
さて、別に乳の魔力を解放させるためにこうしたのではない。髪をよけておでこに指をあてる。
「魔力を流し込みます。僕の魔力でアイリさんの魔力を活性化させますから、それを循環させる感覚を覚えてください」
「わかった」
緊張した様子のアイリに、魔力を流し込む。自分の体でやっている『魔力循環』を他人の体でやる感覚。慣れないが、出来ない事はない。
魔力を流し込んで心臓辺りにある魔力の中心に接触し、刺激を与えて活性化を促す。
「くぅ……」
アイリが小さく苦悶の声を上げながら身じろぎをする。胸は揺れるし表情も悩ましげだが、集中しなくては。
「落ち着いて。今心臓のあたりで燻ぶっているのが、貴女の魔力です。それをほぐして、血管に乗せるイメージをしてください」
「うん……」
上手く動かない魔力をこちらの魔力で後押ししてやると、少しずつだが循環し始めた。魔力量で的にまだかなり微弱だが、これで魔力循環は出来ている。
「では、こちらからの魔力を切ります。そのまま循環を維持してください」
「やってみる……」
指を離すと、途端にアイリの『魔力循環』が乱れ始める。数秒で循環が止まってしまった。もう一度おでこに指をつける。
「もう一度やります。感覚を覚えてください」
「う、うん……!」
それはそうと、横で見ていたライカがモジモジとしている。胸に視線が行きそうで気が散るのだが、どうしたのだろうか。
「ライカさん、何かありましたか?」
「いや、なんとなくアイリちゃんがエッチで興奮してきた」
同意するけど我慢してほしい。自分も我慢しているのだから。
* * *
街の外に出ると、担いでいたタワーシールドをライカにわたす。
「えっと、これは?」
「今から攻撃を受ける訓練をします」
「受ける?避けるじゃなくって?」
「はい。避けきれない状況はよくありますし、攻撃を受けるたびに目を閉じたり動きが止まったらただの的ですので」
スルネイス先生の所でも序盤にやらされた訓練だ。まず攻撃を受けるという事に慣れさせなければならないとか。これが正しいやり方かは知らないが、そう教わったのでとりあえず実践する。
「今から盾を殴ります。なので、両手で構えて踏ん張ってください」
「わかった……けど、殴るって、素手で?」
「ご心配なく。見た目より頑丈ですから」
常時『魔力循環』をしているので、純粋な肉体の強度も人を超えている。今更鉄の盾を殴ったぐらいで壊れる拳ではない。むしろ盾の耐久性の方が不安だ。安物だし。
「では、行きます。もう少し腰を落として、脇はしめて」
「こ、こう?」
「そうです。では、いきます」
最初なので殴る前に声をかける。直後、わりと本気で盾を殴りつけた。小さい悲鳴と共にライカが後ろに転倒する。
「ライカ!?」
「だ、大丈夫」
心配するアイリに笑顔で答えながら、ライカが立ち上がる。
「ではまた構えてください。どんどん行きます」
「はい!」
* * *
「はあ……はあ……」
「ひい……ひい……」
「はいペース落ちてますよぉ」
街の外を走らせてみた。何はともあれ体力だ。師範代からは最後にものを言うのは気合と体力と言われてきた。自分もそれには同意する。
「追いついたら腕立て十回ですからねぇ」
「お、鬼ぃ」
「悪魔ぁ……」
「はいもうすぐ追いつきますよぉ」
一応追いついたら罰として二人ともその場で腕立て。たまに腹筋だ。正直、走るペースも距離も、筋トレの回数も道場でやっていたものからかなり少なくしているので、鬼とか悪魔と呼ばれる筋合いはない。だが、道場の訓練を見た感じ、こういう訓練では嫌われるのも役目だ。
ちょっと悲しいけど。
* * *
夜、寝る前に二人に座禅を組ませる。と言っても、精神統一が目的ではない。『魔力循環』の訓練だ。座った状態で魔力循環が維持できるよう鍛えている。
「ライカさん、循環が崩れています。補助するので修正してください」
「うん……」
「アイリさんも、右側で魔力が淀んでいますよ。ゆっくりでいいから左側にも循環させてください」
「う、うん」
ライカの額に指をあてて魔力を流し込む。それにしても、巨乳美少女が二人目を閉じている光景を見ていると悪戯したくなるな。こう、訓練にかこつけて肩とか触ったり。
いや、自分は今教える立場にいるのだ。冷静に、真面目にやらなければ。……これ、自分の精神訓練にもなってない?
* * *
そんなこんなで体力、魔力ともに鍛えつつ、時折剣の素振りをさせていたらあっという間に一カ月が過ぎ去った。
宿屋にて、今日で基礎訓練は終わりと伝えると二人そろって喜んだ。はじける笑顔、揺れる胸。素晴らしい。
「私達、強くなったね……!」
「うん、かなり体が軽くなった気がするよ!」
はしゃぐ二人を眺める。相変わらず胸と尻が重そうだけど本当に軽くなったのだろうか。
「厳しい訓練の成果だね!」
「えっ」
「え?」
どうにも認識の祖語があるらしい。首を傾げる二人に、真顔で伝える。
「言っておきますが、お二人の訓練内容はうちの道場からしたらかなりぬるい……というか、訓練とも呼べません」
「ま、マジっすか?」
「マジです」
「そっかぁ……」
露骨に二人が落ち込む。そう言われてもスタートダッシュの段階で大して鍛えていたわけでもない体だったし、道場でやらされた内容をさせたら体を壊すと考えたのだ。
「け、けど身体能力とかは上がったよね!」
「うん!今なら熊だって倒せるよ!」
「いや、せいぜいその辺のチンピラを倒せるぐらいです」
二人とも『魔力循環』を意識せずに出来るようにはなったが、微弱なので精々一般的な兵士レベル。しかも剣を素振りさせたが、技量と言う点については凡才としか言いようがない。自分も人の事言えないが、才能がない。
「え、けど、クロノ君一カ月でレッサードラゴニュート倒せるようにしてくれるって……」
「はい。言いましたよ。ですが、お二人の独力で、とは言っていません」
「もしかして、そこに置いてあるのが?」
そう。最初っから自分の横には布をかぶせた物体が二つ用意してある。
「そう、これこそが、貴女方を戦士に変える装備です」
二人を鍛える裏で進行していた、もう一つの計画。『第一回ドスケベピッチリパワードスーツ計画』が。
読んでいただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。
諸事情によりもしかしたら今後更新が遅れる事もあるかもしれません。申し訳ございません。




