第二十六話 魔人
題名を『異世界成り上がり~チートがあっても大変です~(旧題:異世界にチート転生して成り上がったら日本が来た件について)』に変えました。
よろしくお願いいたします。
第二十六話 魔人
サイド クロノ
倒れ伏すグラーイル教団の者達をまたいで避けながら、山羊頭が近づいてくる。
「私、魔人が一体、バン・フォール・メルクリスと申します。お名前をうかがっても?」
無言で切っ先を向けると、メルクリスが肩をすくめる。
「おやおや、マナーというものがなっていないようだ」
「……名を知れば呪ってくるでしょう」
「ほぉ」
メルクリスが目を細める。
「最近の教会は『黒魔法』の初歩ぐらいは教会騎士に教えるのですね」
……教会騎士ってなんだ?
メルクリスが訳知り顔で頷く。
「それにしても、単体での能力は低いとはいえ中位悪霊を単独で倒すとは。てっきり近年の教会騎士は質が落ちていると思っていましたが、これは評価を改める必要がありますね」
「……先ほどから一人、とこちらを見ているようだが、あいにくとすぐに援軍がくるぞ」
遠回しに帰れと言ったのだが、メルクリスは肩を震わせて笑う。
「何を言うかと思えば。教会騎士は数が限られている。一人ここに派遣されているだけでも驚きなのです。そう何人も送り込めるわけないでしょう」
教会騎士って数が少ないのか。なら自分が知らなくてもしょうがないな。
「それにしてもその恰好。冒険者のつもりですか?なるほど、通りで『カラス』から連絡がないわけです」
「カラス……?」
「しらを切らなくて結構。その様な格好でやってきているのです。内通者の存在は既に知っているのでしょう?もっとも、誰かまでは分かっていないようですが」
何やっているんだ教会騎士とやら。化け物に内通者作られているぞ。
それにしてもよく喋る奴だな。まあこちらとしては時間稼ぎをしたいのでちょうどいいが。
「おっと失礼。つい癖でね。口が軽くなってしまうんですよ。これから死ぬ相手にはね」
「……そのまま内通者とやらの名前も教えてくれるとありがたいんだが?」
「ふふっ、そこまで教えてしまうと、私も怒られてしまうのでね。控えさせていただきますよ」
メルクリスが手袋に包まれた手をこちらに向ける。
「では、さようなら。良い黄泉路を」
メルクリスの右手に魔力が集まるのを感じ、横に跳ぶ。
奴の指先一本一本から魔法陣が浮かび上がり、そこから鎖が伸びてくる。その速さは弾丸に匹敵するかもしれない。
先ほどまで立っていた地面が抉られる。メルクリスはそのまま腕を横薙ぎに振るってきた。
屈んで避けると、頭上を鎖が通過していく。進行方向上にあった家があっけなく崩れ去った。この距離で戦うのは不利だ。距離を詰めなければ。そう思って矢の様に駆ける。
「おっと」
それに対し、奴は軽いノリで手を動かす。それだけで別個の生き物の様に鎖が襲い掛かってきた。
「ちぃ!」
三本を避け、二本を剣で打ち払う。
「ほらほら、まだまだ続きますよ」
メルクリスは楽しそうに呼びかけてくる。その手は止まることなく動き続け、鎖が周囲の家を破壊しながら迫ってきた。
それらを避けながら、タイミングを計る。
まるで子供が指揮棒を持って遊んでいるかのように、乱雑な腕の振り。かえってリズムが分かりやすい。
大ぶりの攻撃がきた瞬間、一気に駆けだす。
一本目の鎖を剣ではじき、二本目と三本目の間を跳びながら身を捻って躱す。着地と同時に地面ギリギリをスライディングして四本目を避け、五本目を剣で叩き落す。
間合いに入った。だが、『危機察知』と『魔力感知』が反応する。
「残念」
メルクリスの左手がこちらに向けられ、その五指にも魔力が込められていた。
「知ってた!」
右手でやっているのだ、左手でも出来るだろうと、算段はついていた。
射出される鎖を真上に跳んで避けて、左手を奴に向ける。
「『破邪』」
「ぐおっ!?」
光を浴びた奴の顔面が煙を上げる。
「なめるなっ!」
メルクリスが右手を振るい、空中にいるこちらをはたき落とそうとする。それを剣で受け止めたが、弾き飛ばされて近くの家に叩きつけられる。
ダメージは『魔力装甲』のおかげでないが、まさかあそこまで早く対応されるとは。『破邪』でもう少し怯むと考えていた。
思ったより通常の『白魔法』では効かないらしい。どうしたものか。
考えながらも壁を突き破って家から跳び出す。一瞬遅れて家が鎖で廃墟にされた。
「面白いじゃないか!もっと私を楽しませたまえ!」
メルクリスが次々両手を振るってくる。
ただ無秩序に振り回すだけではない。鎖同士をぶつけて軌道を変えてきている。結果、四方八方から飛んでくる鎖に対応しなければならない。
「くぅ!」
これだけの攻撃、戦闘系スキルをフルで使わなければ対応しきれない。ひたすら避けまくり、かわしきれない物だけ剣で弾く。体重が軽いせいでその度に足が浮きそうになる。
だが、それでもまだ対応できる。徐々にだが鎖の動きに慣れてきた。あと少し耐えれば接近できる。
そう思っていると、奴は顔を明後日の方に向ける。そちらは倒れているグラーイル教団の者達がいるだけだ。
「君たちも手伝ってくれ。なあに、手足を動かす必要はないよ」
「え、メルクリス様、なにを」
「ぐ、ぐわぁぁぁぁああああ!」
「い、嫌だ、おやめください!」
「死にたくない!死にたくな」
その光景に目を見開く。信者達の体が青い炎に包まれていくのだ。苦悶の声が響き渡る中、メルクリスが笑い声をあげる。
「いやぁ、消費した魔力が補われていくよ。チリ程度の魔力でもかき集めれば多少はマシになるものだ」
「お前、仲間を!」
自然と声を荒げてしまう。だが、それに対してもメルクリスは嗤うだけだ。
「仲間?どんな冗談だね。家畜の間違いだろう?」
「人の命をなんだとっ」
「よく人間はそういう事を言うが……肉袋以外のなんだというのかね?」
先ほどより鎖の攻勢が激しくなる。これは、距離を詰めるのは諦めた方がいい。
「くそっ」
鎖を避けながら距離を取り始める。
「んん?」
メルクリスが怪訝そうな声を上げるのを無視して、ある程度距離が開いたら背を向けて駆け出す。
「どこに逃げようというのかね!」
鎖が背中に迫るのを感じる。それを前転して回避し、腕の力だけで屋根まで跳び上がる。
そのまま屋根から屋根へと飛び移っていくが、それを追うように鎖が破壊を繰り返す。次第に足場はなくなり、村長の家の前に着地する。
「おや、ここでおしまい―――」
「『起爆』」
左手を真横に向け、『赤魔法』を村長宅に向かって放つ。
「なにを」
直後に振り返らず井戸に向かって走り出す。すると、村長の家が『爆発した』。
「な」
あらかじめ設置しておいた別の『赤魔法』と村中から集めた油が先の魔法で破裂したのだ。鎖どころかメルクリスも炎に包まれる。
だが、自分も燃やされてはたまらない。井戸の中に急いで跳び込んだ。
「ふむ、中々の『赤魔法』だ。それにこの匂いは油かな?」
地上からメルクリスの声が聞こえてくる。やはり、あの程度では殺せなかったか。
メルクリスが井戸を覗き込んでくる。
「それで、次はどうするのかね?そこから逃げられるかな?」
井戸の水につかりながら、奴を見据える。
「知っているか?」
「はい?」
「『赤魔法』にはこういう使い方もある」
魔力を集中させ、『赤魔法』を発動させる。
「『蒸発』」
井戸の水が沸騰し、一気に水蒸気に変化する。その蒸気に押し上げられながら、歯を食いしばる。
蒸し焼きになるのは『魔力装甲』のおかげで耐えられているが、キツイものはキツイ。『我慢強さ』がなければ気を失っていたかもしれない。歯を食いしばって呼吸を止める。
「何かと思えば、ただの蒸気っぎゃぁぁぁああああああ!」
そう、これはただの水蒸気ではない。というか、水がただの水ではない。
「『聖水』!?馬鹿な、これだけの量、どうやって!」
元々は高位の『黒魔法』使いが現れた時の保険として、井戸の水を聖水に変えられないか考えていた。
とりあえず村にグラーイル教団がやって来るまでの間に作れるだけ作ったのだが、これが随分と魔力をもっていかれた。
これといった特別な材料がいらない代わりに、魔力をドカ食いするのだ。四割ぐらい削られた。
だが、効果は覿面らしい。全身『黒魔法』でできているみたいな存在というのは、『魔力感知』で分かっている。さぞやつらいだろう。
そんなメルクリスを思いっきり蹴り飛ばす。
「このガキィ!」
先ほどまでの似非紳士な仮面は剥がれたらしい。まあ物理的に皮膚も剥がれているが。
尻もちをつくメルクリスの胸を踏みつけ、その両手を二本の剣で突き刺して床に貼り付けにする。
「教会にようこそ。懺悔の時間だ」
「っ!?しま」
そう、蹴り込んだ先は教会の入口付近。魔力を大量に流し込むと、床下に刻まれた魔法陣が輝きだす。
「『我らはここに祈りを捧げる』
「や、やめろぉ!」
メルクリスが暴れるが、聖水で弱っているからだろう。簡単に押さえつけられる。
「『我らは貴女の敵を憎もう。我らは貴女の敵を呪おう。我らは貴女の敵を恨み続けよう。故に、その敵を殺しうる槍をお与えください』」
一言一句に魔力を込める。体内からごっそりと魔力が抜け落ちていくのを感じるが、同時に目の前の化け物を殺す武器が鍛え上げられていくのがわかる。
「『ここで、貴女の敵を殺します』」
「ま、待ってくれ!そうだ、スパイの正体を教えてやる!」
「『さあ、瞳をここに』」
「だから!」
「『聖槍』
教会が光に包まれた。
剣から手を離し、どかりと尻もちをつく。疲れた。凄まじく疲れた。魔力も残り三割を切っている。
結局なんだったんだこいつと思いメルクリスの死体を見ると、灰になって崩れていくところだった。
「ん?」
その灰の中になにかあるのを見つけ、手に取ってみる。
「杯……?」
なんかでかいコップというか……白い杯が出てきた。とても美しい装飾がされているが、それ以上に魔力が凄い。もしかしたら万全の自分に匹敵する魔力量かもしれない。
よくわからないが、戦利品だ。高く売れるといいな……。
ボロボロになった装備一式を眺めて、ため息をついた。
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