第二十四話 悪霊の村
第二十四話 悪霊の村
サイド クロノ
「え、ど、どういう事?」
「あれ、もしかして真面目な話?」
どうやらライカも正気に戻ったらしい。だが、悠長に説明している暇はない。包囲の輪が徐々に狭まってきている。
「時間がありません。手短に話します。今から僕が小屋を出て暴れます。二人はここに籠城してください」
「ちょ、ちょっと待って。クロノ君、本当に山羊の頭に見えたの?」
「はい」
「……もしかして、悪霊が死体にとりついている?」
「悪霊、ですか」
思い出すのは、ウィルソン村で村長の孫が話していた内容。死人が出た後は埋葬して騒がないと悪霊がとりつくとか。
なら、この村は既になにかに襲われて、その死体に悪霊が?
「悪霊の弱点はありますか?というか普通に剣で倒せるものなんですか?」
「たしか、大丈夫なはず。あと弱点は聖水と神官の人達が使う『白魔法』だったはず」
「ありがとうございます。では、行きます」
言うが早いか、ドアを蹴破って外に跳びだす。
「『筋力増強』『精密稼働』『武器強化』『魔力装甲』――っ!」
小声で詠唱をしながら斬りかかり、最初の一体の首を刎ねる。
次に斬りかかろうとした瞬間、『危機察知』が反応したので低い姿勢で横に避ける。自分が先ほどまでいた場所に幾本もの黒い鎖が突き刺さった。
見れば、悪霊達が両手をかざしている。空中に紫色の魔法陣が浮かび上がり、そこから鎖が伸びているようだ。
あの鎖がどういう効果を持っているかはわからない。『魔力感知』で魔力の流れは把握しているので、スキルツリーを見れば分かるかもしれないが、そんな暇はない。
「この……!」
鎖が虚空に消えていく。時間経過で消えるのか?とにかく距離を詰める。
「ひゃあああ!?」
小屋の方から悲鳴が聞こえる。鎖を回避しながら視線を向けると、小屋の壁を悪霊が殴って破壊しているところだった。
「ちぃ!」
すぐさま標的を変更。小屋に向かう。
横から飛んでくる鎖を回避し、『魔力感知』で実体化しているのは分かっているので、魔力で強化された剣で弾き飛ばす。
「この……!」
ライカがクロスボウの矢を打ち込む。それは壁を破壊している一体の肩に当たったが、少し仰け反らせるだけだ。大した効果は見受けられない。
「さがって!」
とにかく小屋の近くにいた瞬時に三体を切り捨て、肩に矢を受けた奴の服を掴んで後ろから飛んできた鎖への盾にする。
鎖が盾にした悪霊の体を貫くと、被弾箇所を中心に黒い痣が浮かび上がっていく。もしかして呪いの類か?
おそらく自分には効かない。『状態異常耐性』で十分に防げるのが『危機察知』でわかる。だが、あの二人は一発でも被弾したらアウトだろう。
「っ!」
続けざまに放たれる鎖。避ければ壁を撃ち抜いて二人に当たるかもしれない。剣で防ぐしかない。
たしか、アイリは『白魔法』が効くと言っていた。なら、それを使うか?
だが、そうすると自分が魔法を使えることがバレる。しかし、このままではあの二人を守り切れない。
距離を取って放たれ続ける鎖。考えている時間はない。何より人命が最優先だ。
「『破邪の輝き《セイクリッドレイ》』!」
左手をかざして『白魔法』を発動させる。唱えるは破邪の閃光。掌から放たれた光を浴びた悪霊が絶叫を共に崩れていき、骨と衣服のみが残る。
魔法を発動させながら左手を横薙ぎに動かす。それだけでこちらを囲んでいた悪霊達が崩れていく。
「クロノ君、援護するよ!」
「わ、私も!」
それぞれ武器を持った二人が出てくるが、丁度最後の一体を倒したところだった。
「え?え?あの、今のって」
「それより、お怪我はありませんか?」
自分の『白魔法』が気になるようだが、そんな事より二人に怪我がないか気になる。状態異常、それも魔法による攻撃なんて初めてだ。何かあってからでは遅い。
「私は大丈夫。アイリは?」
「私も大丈夫」
軽く『魔力感知』で診た感じ、本当に異常はなさそうだ。ほっと息をつく。
「まだ悪霊がいるかもしれません。二人は村の外に退避していてください」
「わ、私達も戦うよ!」
意気込むライカに、隣で頷くアイリ。気持ちはありがたい。だが。
「申し訳ありません。足手まといです」
はっきりと言わせてもらう。初めての敵だ。守り切れると断言できない。厳しいようだが、例え嫌われても命が優先だ。
「……ごめん」
「村の入口に、いってるね」
二人とも何か言いたそうだったが、従ってくれた。『魔力感知』と『空間把握』で村の入口付近には悪霊がいないか探る。大丈夫そうだ。
「では、また後で」
そう言って、『魔力感知』の反応があった方に向かう。村の中央にある教会だ。
教会に近づくにつれて、何かが聞こえ始める。
「tなうえんたおえんがうんhたいがいgなえいのいrんがあえにげ」
どう聞いても何を言っているのかわからない言語。だが、声に魔力が籠っているのがわかる。
教会近くにある家の影から覗いてみる。『気配遮断』を使うのも忘れない。
教会の周りに多数の悪霊がいる。それらは手をかざして魔法陣を展開させながら、教会に向かって何かを唱えている。
スキルツリーを確認すると、新しく解放されているのは『黒魔法』のスキル。効果は主に呪い。
相手を呪い殺す事に特化した魔法のようだ。字面からして教会や『白魔法』とは相性が悪いのだろう。『白魔法』で滅する事が出来たし。
というか、何故こいつらは教会に呪文を唱えているのか。『魔力感知』を使ってみる。悪霊達の放っている魔力が教会を覆っているせいで分かりづらいが、建物の中に人間がいる。数は三人。
これは、早めに助けに行った方がいいかもしれない。というのも、一人明らかに魔力の流れがおかしいのだ。
だが、無策で飛び込むのは危険な気がする。とりあえず悪霊達を観察してみる。すると、一体だけ明らかに容姿が違うのが混じっている。
他の悪霊は首から下が人間の死体だ。だが、そいつだけ首から下も人間と山羊を足したような姿をしている。
魔力量も他より多い。もしかしてあいつが親玉か?
いや、そうでなくとも力のある奴は不意打ちで潰すに限る。『気配遮断』を使ったまま近くの家に飛び乗る。『軽業』もあって音一つ立てない。
親玉らしき個体の近くまで屋根を飛び移って移動する。この距離なら『白魔法』が届く。
「『破邪の輝き』」
屋根の上から親玉とその取り巻きのような奴らに『白魔法』を浴びせる。
「tなういえたえ@うんがえい!?」
他の個体が瞬時に崩れていく中、親玉らしき奴だけがもがき苦しんでいる。一撃で仕留めきれなかったか。
教会に向いていた悪霊達が一斉にこちらを向いて鎖を放ってくる。
それを屋根から屋根に跳びながら避けていく。時折件で弾き飛ばす。反撃する隙はないが、それでも速度はこちらが上、距離を詰めようと悪霊達が走ってくるが、振り切ってから屋根を降りる。
そのまま『気配遮断』を使いつつ『魔力感知』で親玉を追う。未だ教会の前に留まっている。だが、おかしい。
追ってきた奴ら以外悪霊の反応が消えていき、代わりに弱っていた親玉の魔力が膨れ上がっている。
これは、共食いでもして回復しているのか?やっかいな事になる前に教会に向かう。
そこまで広くない村の中だ。すぐに教会に到着する。そこで見たのは、三メートルほどまで巨大化した親玉だった。
「『破邪の輝き』」
とりあえず気づかれる前に側面から『白魔法』を浴びせる。親玉の右足が絶叫と共に崩れていく。
こいつ、まだ完全に他の悪霊を取り込めていないのか。
ならさっさと片付ける。こちらを追っていた連中も今の声に駆けつけてくるだろう。
「『破邪の輝き』」
光を浴びせ続ける。すると、親玉が左手をこちらに向けてきた。『危機察知』と『魔力感知』から、何か魔法を撃ってくるのがわかる。
放っていた光を打ち切り、回避運動に。先ほどまでいた位置に人間大の火球が飛んでくる。あれは、アルパスの街で見た『赤魔法』に似ている。
それを二発、三発と撃ってきて、後ろの家が燃え上がる。幸い一軒ごと距離があるからそう燃え移ったりはしないだろうが。村が火の海になるのは困る。まともに呼吸しているかわからない悪霊とは違うのだ。
すぐさま距離を詰め足元に潜り込む。こちらの動きを追う事が出来ていないのか、親玉の反応が遅れる。
奴の反応より早く、回転するように二連撃を足首に入れる。深く入った。骨まで届いた斬撃に、バランスを崩して親玉が倒れる。
尻もちをつく親玉の胸に飛び込み、左手を胸に突き込む。
「『破邪の輝き』!」
光が親玉の皮膚を溶かし、更に押し込んで内側から肉体を崩していく。
「tないtなえtgぬえあthgはおうえがおえ!」
親玉がこの世の物とは思えない絶叫と共に消えていく。
大量の人骨になった親玉から飛び降りると、ちょうど自分を追っていた悪霊達が戻ってきたところだ。
親玉を倒したのなら策を弄する必要もない。剣と『白魔法』で正面から殲滅した。
* * *
ライカ達と合流するか迷ったが、先に危険そうな教会の中にいる人達を見に行く事にした。
敵と間違われないよう、ノックをして声をかける。
「もしもし、自分はセンブルの街から来た冒険者です。悪霊は殲滅しました。中に入っても大丈夫ですか?」
返事がない。だが魔力は感じる。一人がドアの近くまで来ている。
うっすらと『危機察知』が反応しているので、警戒して武器を構えているのかもしれない。
「ゆっくりと扉を開けます。攻撃はしないでください」
大声で告げてからドアを開けようとする。が、動かない。もしや、バリケードを構築しているのか。
力任せに扉を動かすと、積み重ねられた机や椅子が見える。
「それ以上開けるな」
低い声で制止される。扉の影に隠れているのか、姿は見えない。
「ビショップ、確認できるか?」
教会の奥から、犬耳の青年に支えられた初老の男が出てくる。いや、本来の年齢はもっと若いのかもしれない。だが、実年齢よりだいぶ老けて見えるほどやつれている。
「……ああ。そいつは悪霊じゃない」
「わかった」
ようやく声の主が出てくる。赤毛を短く刈り込んで、髭を蓄えた巨漢だった。男はぎょろぎょろと目を動かしてこちらを観察する。
「本当にもう悪霊はいないのか」
「はい。ただ、どうやって証明したものか……」
死体を見せようにも、悪霊は全て人骨に変わってしまった。見せても明確な証拠にはならないだろう。
「いや、いい。バリケードをどかすからちょっと待っていろ」
「わかりました。ではその間に仲間を呼んできます」
そう言って扉から離れ、ライカとアイリの元へと向かった。
* * *
二人と合流して、村の中を進む。
「うう……」
「大丈夫、アイリちゃん」
あっちこっちに転がる人骨にアイリが苦い顔をする。それをライカが支える姿に、今更になって年頃の娘にこの光景はショッキングだったかと後悔する。
「すみません、やはり村の入口あたりで待っていてもらった方が良かったでしょうか」
「ううん。何にもしていなもん。これぐらいで、へこたれてはいられないよ」
「私も……ごめんね、クロノ君。全部任せちゃって」
「気にしないでください。これでも冒険者歴は貴女方より長い。先輩みたいなものですから」
まあ、言っても数カ月しか違わないのだが。
とりあえず安心させようと胸をはって言ったのだが、二人の顔は暗い。
しばらくして教会につく。まだ机を引きずる音が響いている。
「あと少しだ。今開ける」
「あ、はい」
数秒もすると、扉がゆっくりと開け放たれた。
「待たせたな……あんたらだけか?」
巨漢は三人しかいないこちらに首を傾げる。
「はい。我々はセンブルのギルドからやってきた新米冒険者です。この村で先輩冒険者の方々と合流する予定だったのですが……」
首元を見やると、確かに銅で出来たドックタグがつるされている。
「俺とそのパーティーがその先輩冒険者になるわけだが、情けねえ所を見せちまったな」
巨漢が苦笑する後ろで、ビショップと呼ばれた男がせき込む。
「ビショップさん!バークレイさん、ビショップさんが!」
青年の悲鳴に、ビショップが手を上げて応える。
「落ち着け……すまない、バークレイ。私はここまでだ」
「……ああ、今までありがとうな、ビショップ」
巨漢が青年からビショップの肩を受け持ち、そのまま床に横たえる。
「誰か、言い残す相手はいるか」
「はっ、いたら冒険者なんてやってないさ……」
「違いない」
二人して苦笑する。青年が涙をこらえるようにそれを見ている。
「ポール……泣くんじゃない。男だろう……」
「けど……けど……!」
「ったく、情けねぇ……」
横たわるビショップに近づいて、跪く。
「嬢ちゃん……嬢ちゃんが悪霊達を――」
「『解呪《キュアカース』」
「除霊してくれたんだな!」
「ビショップさん!?」
精一杯の声を出していたのだろう。全身を蝕んでいた呪いを解呪したらかなりの大声になった。ちょっと耳が痛い。
「え、ビショップさん……?」
「……今のは、『白魔法』か?」
動揺する青年、ポールをよそに、バークレイが顎髭を撫でる。
「ええ。こちらのビショップさん?にかかっていた呪いは解除しました。ただ、栄養失調ではあるので、消化にいい物を食べて安静にしてください」
治療は済んだのでさっさと立ち上がる。ああ、なんか最期の別れっぽい流れになった時はタイミングを失って困ったものだ。
「え?え?」
「落ち着けポール。そこのお嬢さんがビショップを治してくれたんだ」
「あ、僕は男です」
「おっと、こいつは失敬」
肩をすくめながら、バークレイがビショップに手を貸して立ち上がらせる。
「……本当に大丈夫か?」
「ああ、彼は随分と腕がいい。腹が空いたのと眠いこと以外は快調だよ」
「ははっ、そいつはいい!」
バークレイが豪快に笑った後、こちらに頭を下げてきた。遅れてビショップとポールも頭を下げてくる。
「仲間を助けてくれて感謝する。ありがとう」
「私からもありがとう」
「えっと、よくわからないけどあざっす!」
「いえいえ、お気になさらず」
軽く手を振って応える。
「え、えっと……」
「どういう状況……?」
後ろで二人が混乱しているので、後で説明しなくては。
読んでいただきありがとうございます。
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