第十八話 剣術道場での日々
第十八話 剣術道場での日々
サイド クロノ
剣術道場に入門して、まずやらされたのが道場の掃除である。これは新しく入った者達がやるのが基本らしく、マイケルや他数名と一緒にやっていた。
また、自分は通いではなく住み込みという事になった。
道場に通うには街の宿を借りるかどこか家を用意する必要がある。だが、そういった伝手がない場合は住み込みでもいいらしいので、自分はそうさせてもらった。
住み込みの場合は門下生達の訓練用の服を洗濯したり、訓練後の軽食を用意するのも役目となる。それ以外にも住み込み組は自分達の分の食事の用意や洗濯もしないといけない。
まあ、それでもあの村にいた頃と比べれば天国みたいなものだ。何より食事がちゃんとしている。
雑用をやって一カ月経つと、ようやく木剣を握らせてもらえた。訓練内容はまず正しい握り方をみっちり教わり、基本の型をゆっくりと覚え込まされる。
地味だ。異世界の剣術道場なのに凄く地味だ。だが、すごく理解できる。そりゃそうだろうと。
ひたすら素振り。間違った振り方をするとすぐさま師範代が木剣を持って修正しに来る。雰囲気は昔ながらの体育会系だが、体罰みたいなのはされていない。
あと、思った以上に道場内の空気が平和だ。というか、皆育ちがいい。ちょっとした喧嘩はあるが、大きな問題は聞いた事がない。
ここに来ているのも、スルネイス先生から卒業の証明書を貰ってから兵士に入隊すると色々優遇されるかららしい。
そして、門下生同士の交流も多い。大半が商人の子供なので、人脈を広げるのは大事だとか。自分もそれに混ぜてもらったりする。
自分は孤児だが、腕はたつと道場内で認めてもらっている。おかげで将来護衛の依頼をするかもと、相手も気にかけてくれている。
そんなこんなで半年ほど修業していると、軽食中師範代が首を傾げた。
「なあ、クロノが当番の日ってスープの味おかしくないか?」
「え、不味かったですか?」
ちょっと慌てる。自分なりに工夫しているので、もしかしたら口に合わなかったのかもしれない。
「いや、不味くねえ。ただ、なんかこう……味は普通なのに他のと違うんだよ」
「あ、それわかります。普通に上手いんだけど、なんか違うというか、他のを食べると違和感あるんですよね」
「そうそう、なんかクロノの意外だと物足りないっていうか」
ああ、なんとなく言いたい事がわかった。
「たぶん、出汁をとっているかどうかだと思います」
「だし?」
師範代達が首を傾げる。ただ、一部の門下生たちが目を光らせてこちらを観察している。あれは商売の話で盛り上がっている時の目だ。
「スープを作る時、市場で買った小魚や海藻で出汁を取ってから作ってるんですよ」
「ああ、あれってそういう意味だったのか。よく鍋で海藻煮ているから何してんのかと思っていたけど」
同じ住み込み組が手を叩いて納得する。
日本に住んでいた頃も、外国の人が日本で生活しているうちに出汁の味を覚えるというのを聞いた事がある。それがここでも起きたのだろう。
「わしは出汁とやらがあった方がいいな」
スルネイス先生の言葉に、そこそこの数の門下生が同意する。そんな中、やたら笑顔で食料系の商売を実家がやっているという門下生たちがじりじりと距離を詰めてきていて怖い。
それにしても、意外と出汁は好評らしい。これは、あれを試してみるか。
* * *
市場に向かい、材料を買っていく。ちなみに食費は道場からでる。月謝に含まれているからだそうだ。
最後に、肉屋による。
「え、クロノ。今から肉を買う予算はないぞ」
ついてきていたマイケルが止めてくるが、肉を買いに来たのではない。
「すいません」
「はい?」
「豚の骨ってありますか?」
* * *
何を作りたいかと言えば、ラーメンである。まあ、流石に完全再現は無理なので『もどき』になってしまうが。
豚骨スープで一番大事な豚骨については『犬の餌にするぐらいしか使い道がないしいいよ』と快く貰う事が出来た。街の人に信用されている道場から来たというも良かったかもしれない。
「絶対に覗かないでくださいね……」
「お、おう」
師範代達に念をおして、調理場を使わせてもらう。今日は訓練も休みだし家事の当番でもないから、こちらに集中できる。
まず、寸動鍋に水をはり適当にへし折った豚骨をいれて血抜きをする。暫くして水を変えて鍋を軽く洗い、下茹でする。
ちなみに火は『赤魔法』でやっているので火力も自由自在。こういう時魔法って凄い。
滅茶苦茶灰汁が出るのでそれと格闘した後、下茹で終わったらまた水を変える。
この時、豚骨を砕きまくる。どうやって?自分にはチートで得た『強化魔法』がある。そのうえ『魔力循環』もだ。
パワーのごり押しで骨を砕きまくる事で時短を目指す。砕いた豚骨を再度茹でるのだが、また灰汁が凄いでるのでそれと格闘する。
というか本当に灰汁が多い。知識として前世の漫画から知ったものなのだが、ここまでとは想像していなかった。
どうにか灰汁を取り除いて、二時間ほど。ようやくそれっぽいのが出来た。砕いた骨を回収すると、しっかり髄まで出汁がとれている。
そして途中から並行して茹でていた麺も準備を開始。無論こちらも手作りだ。ぶっちゃけ麺の作り方とか知らないので小麦粉と水で作ってみたのだが、合っているのだろうか。
ちなみに麺づくりでも『強化魔法』は大活躍だった。筋力が増して作業効率が上がる『筋力増強』、精密な動きで思った通りの動きができる『精密稼働』、持っている物の強度や切れ味を増す『武器強化』。これらのおかげで素人の自分でもここまでこれた。
スープの味付けは魚醬を使う。シンプルに塩にするか迷ったが、今回はこっちにした。
スープに麺を投入し、トッピングとして軽く茹でた野菜とハムを乗せる。
「できた……」
我流、豚骨魚醤ラーメン。合計時間三時間の大作。まあ、前世のラーメン屋さんが見たら鼻で笑うだろうが。
早速今日来ている門下生と先生、師範代によそって持っていく。ちょうど軽食の時間だ。
「ほお、これが……」
「え、これ豚の骨で作ったの?」
「ふむ、匂いからして魚醤も使っているな。それよりなんだこの麺。パスタとは違うぞ」
思い思いの感想を言いながら、フォークとスプーンで食べていく。自分は箸を使いたかったが、空気を読んだ。
「こ、これは……!」
「ほぉ、初めての味だ。だが悪くない」
「革命だ。スープパスタの世界に革命が起きたぞ……!」
「俺はちょっと脂っこすぎるかも……」
スープパスタじゃなくてラーメンだが、まあ言ってもしょうがないだろう。それより、どうやら基本的に好評なようだ。
まあ、自分としては美味しいと思いつつも、どこか物足りない。魚醬だからというのもあるが、麺に一番違和感を覚えた。
小麦が違ったのか?それとも単純に僕の腕の問題か?両方な気がする……。
なんにせよ美味しくできたのだから良しとしよう。
そこで、ポンっと肩を叩かれた。いつの間にか完食していたスルネイス先生だった。
「お前、料理人にならないか?」
「嫌ですけど?」
その道で成り上がるのは自分には無理だ。断言できる。この世界では未知のレシピをカンニングできるが、そもそもの舌と腕が足りていない。あと情熱。
「えー、なろうよ料理人。絶対売れるよこれ」
「先生、キャラがぶれています」
「ごほん」
師範代の指摘に先生が咳ばらいをする。もしかして今のが素か?
「まあ、飯のタネは多いに越した事はない。くいっぱぐれないのは大事だ」
「はい」
「だが、あそこでお前を凝視している奴らの説得は自力でしろ」
「え?」
視線をむけると、前に出汁の話で質問攻めしてきた門下生たちが獲物を前にした肉食獣みたな顔をしていた。
「ひえ」
* * *
家事以外にも、自分が出張る時があった。
訓練中の事故で門下生が一人重傷を負ってしまったのだ。命に別状はないが、利き手の指なので下手したら剣士生命が終わるかもしれない。
運悪くかかりつけの医者が別件で外出しており、連絡がとれなかった。そこで、自分が慌てて荷物から治療用の乾燥させた薬草を持ってきたのだ。
すぐにその場で処置したおかげで指を失うという事態は免れた。後で診た医者も後遺症は残らないだろうとも。
「お前、薬師だったのか」
「いや、まあ、知識があるだけですけど……」
チートで身に着けたものなのであまりに自慢にはならない。マリックさんに才能と言われたが、まだしっくりきいない。
肩をポンっと叩かれる。いつの間にか近寄っていたスルネイス先生だ。
「紹介するから医者にならないか?」
「嫌ですけど?」
医者で成り上がるとか絶対病院での権力闘争とか、妨害による手術ミスとかありそうで怖い。絶対に自分はやっていけない。
第一、誰に学んだとか聞かれても困る。チートだし。
「まあ、飯の種になると思って腕は磨いておけ」
「は、はい」
「うおおおおお!ありがとうなクロノぉぉ!」
「うわ、いえお気になさらず」
泣きながら礼を言ってくる門下生が抱き着いてくるので咄嗟に避ける。鼻水つきそうでいやだ。
その後も抱き着いて来ようとしてきたので、一時間ほど避ける羽目になった。
* * *
そんなこんなで一年と半年間スルネイス先生の道場で学ばせてもらった。これにて卒業となる。これ以上学ぶ場合、師範代補佐として働くことになる。師範代は凄い顔で『残れぇ……残れぇ……』と柱の影からつぶやいていたが、あえて無視だ。
先生や師範代以外にも多くの門下生が見送りに来てくれた。
「ああ、もうあの飯が食えなくなるのか……」
「便利な薬箱が……」
「潤いが……美少女剣士が……」
たいがいにせえよお前ら。というか最後の人は本当に何を言っているんだ。
「クロノぉ、レシピ代は払う。皆で出し合って金貨二枚は用意した。だからラーメンとやらのレシピを教えてくれぇ……」
料理系の商人の家から来た門下生達が涙目でこっちに距離を詰めようとしてくる。ちょっと怖い。
「いや……わかりました。けどお金を貰うわけにはいきません」
このレシピは自分が考え付いたものではない。それで金儲けというのは、ちょっとだけ罪悪感がある。
だが、門下生がはっきりと首を横に振る。
「いいや。レシピを教えてくれるなら金は払わせてもらう。お前が何に遠慮しているのかは知らないが、それは俺達の筋に反する」
「……わかりました。ただ、火の事についてはお教えできません。その分、金額は少なくという事に」
「ふむ、秘中の秘という事か。わかった。職人はその辺厳しいっていうからな」
いや、単純に魔法でどうにかしているからなのだが、流石に言えない。
「これが、一応のレシピになります」
道場にいる間何度も作らされたので、せっかくならより良い物をと試行錯誤したのだ。その結果を紙に書いてある。自分の分は、記憶しているからまた別に紙に書けばいいだろう。
「おお、これが……!」
「お、俺にも見せてくれ!」
「私にも!金は払ったんだ、権利があります」
門下生達がこぞってレシピに目を通す。だが、ちょっと引きつった顔になった。
「砕く?あのごつい豚の骨を『切る』でも『折る』でもなく砕く?」
「だが、そうしないと凄まじく時間がかかると書いてあるぞ……」
「いったいどうやって……確かにクロノはかなりの力持ちだったが……」
「他の奴だと再現できるのか……?」
口々にどうしたものかと相談していると、一人の門下生がぼそりと口にした。
「『剛剣』ならいけるんじゃないか……?」
剛剣とは、マリックさんが最後に使っていたあれである。一瞬だけリミッターを緩めて全力以上の猿叫を上げながら打ち込むという、スルネイス先生が教えてくれた流派『ヴォールデン・アーツ』の奥義の一つだ。
周りの門下生達が一瞬だけ固まった後、ザワザワとしだす。
「い、いや、剣術をそんなふうに使うのは……」
「さ、流石にまずいんじゃないか……?」
「よ、よくないと思うなぁ」
口では否定しているものの、その視線はチラリチラリと師範代と先生に目がいっている。目は口程に物を言うというが、まさにそれだ。
「……我らにとって剣は商売道具。粗雑に扱ってはならん」
先生が重々しく口を開く。それに。『ですよねぇ』といった感じで門下生が落胆する。
「だが、剣はあくまで道具。ちゃんと調理用のを用意すれば問題ないだろう」
「せ、先生!」
「スルネイス先生!」
門下生達がわっと歓声をあげる。
「いいんですかい?」
「いいじゃろう。飯のタネが多いに越した事がないは、うちの道場でずっと言われている事じゃし」
師範代と先生が小声で話し合う。なるほど、あの飯のタネどうこうって先生よりも前からの教えだったのか。
「あ、そういえばお聞きしたい事がありました」
「ん?なんだ」
師範代に声をかける。
「マリックさんは剣術大会で三位だったと聞きました。一位と二位がいったい何者なのか、お聞きしてもいいでしょうか」
ずっと気になっていた。卒業と言ってもらえるだけ学んだことで、あの人の化け物ぶりが余計に分かるようになった。
ではマリックさんに勝ったその二人はいったい何者なんだ。
「さあ、いい所のお坊ちゃんって事しか知らん」
「えっ」
思った以上に興味なさそうに師範代が答える。
「あいつが三位なのは準決勝を食あたりで不戦敗になったからだ」
「えっ」
「三位決定戦の時、出すもの出してすっきりした顔で出てきたあいつに、周りの貴族様達は夜中にアンデットに遭遇したみたいな顔をしていたよ」
「あっ」
察した。一服盛られたのかマリックさん。それもかなりきついの。いやそれはそれで何で三位決定戦には出れているのか疑問だが。
「あいつに関しては……うん。剣の腕と人格はいいんだがなぁ」
「そうじゃな。あやつは頭以外は本当に素晴らしい剣士なのじゃがなぁ……」
先生と師範代が遠い目をする。
「ま、あれの事は気にするな。色々な意味でワシらの理解を超えとる。あやつ、入門して半年でこの道場の誰よりも強くなッとたからな」
「は、半年……」
「いや、驚いているけどお前はたぶん入門した段階で実戦ならうちの誰より強かったからな?」
師範代がツッコミをいれている気がしたが、耳を通り過ぎて行った。
マリックさんにはここを紹介してもらった恩がある。なら、少なくとも卒業したと顔を出しに行くのが礼儀だ。
だが、十中八九顔を出したら決闘を申し込まれる。最後にあった時の感じからしてたぶんそうなる。
……ゆっくり行こう。そうしよう。
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