第一話 開拓村での日々
第一話 開拓村での日常
サイド クロノ
日が昇る前に目を覚まし、立ち上がって軽くのびをする。体からポキポキと音が生る。やはり、床に直寝は慣れない。布団なんてなく、薄くてぼろい布一枚というのもきつい。だが、文句を言っても殴られるだけなので口にはしない。
建付けの悪いドアをあけて寝床である納屋を出ると、井戸に向かって水をくむ。桶を引き上げると、水面に映るのは黒髪黒目の端正な顔立ちの少年だ。だが、頬が少しこけている。
これが今生の自分だ。黒髪黒目なのは前世と同じだが、それ以外はまるで違う。ちなみに、名前がクロノなのは髪が黒いからだ。
顔をバシャバシャと洗って、シャツで顔をぬぐう。服は今着ている上下のみなので、破かないよう注意しなければ。
教会に向かい、中に入って奥の厨房に向かう。ろくにない食材を使って朝食を用意する。腹からぐうと音が生るが、これに手を出すわけにはいかない。つまみ食いがばれたら棒で殴られる。
調理を終えて、二階に神父を起こしに行く。
「ぐごー、ぐごー」
扉越しにもいびきが響いてくる。ノックしても反応がないので、静かにドアをあけて中に入る。酒臭い。たしか、昨日は村長と酒を飲んでいたのだったか。
村にそんな余裕はないはずだが……いや、そうか、『あれ』があったな。
ベッドで寝ている神父に近づき、優しく肩を揺らす。できればそのまま永眠してくれ。
「神父、神父、朝です。起きてください」
「んあ、なんだもう朝か……」
神父は大きくあくびをしながら起き上がると、こちらを見てくる。そして、突然頬を殴ってきた。
避けようと思えば容易に躱せる。だが、前に避けたら激高して棒で殴ってきたので、顔をそらしながら後ろに倒れこんで殴られた衝撃をへらす。殴られ方ばかり上手くなっている気がする。
「失せろ。部屋が汚れる」
「はい」
汚れているのはもとからだろう。悪態をつきそうになるのを堪えて、教会をでる。
裏手にある畑に水をやり、野菜についている虫を手で一匹一匹潰していく。この畑は自分が世話をしている。水まきも虫の駆除も、肥料をまくのも。ついでにいうと収穫やうねづくり、耕すのも自分だ。
品種改良がろくにされてないからだろう。ここの野菜はすぐ病気になるし、出来もわるい。あと、農薬がないから虫が大変だ。
だが、ここの野菜がちゃんと自分の口に入った事はない。夜に食べられる味のしないスープの中に、くずの部分が入っているだけだ。
しばらくして、教会の前で神父が村民に聖書を読む。たぶん、内容は神父よりも自分の方が覚えているだろう。
というのも、この世界の文字を知るために朝の朗読をできるだけ覚え、夜のうちにこっそり教会に忍び込んで聖書を読んで字を覚えた。
子供の脳は学習能力が高く、前世で外国語に散々苦労したとは思えないほどあっさり覚えることができた。
というか、この朗読読んでいる側も聞いている側も不真面目なのに、やっている意味はあるのだろうか。
畑仕事をやったり、村から集められた破れた布を縫ったり、その他もろもろやることは多い。今は村長の家の洗濯物を洗って、届けに行くところだ。
背後から飛んできた石を、首をひねって躱す。
「あ、かわすなんてなまいきだぞ!」
「『奴隷』のくせに!」
「おとなしくしろ!」
振り返らずに森の方に逃げる。この村の子供たちだ。
自分の立場は、この村において家畜以下だ。大人たちの様子をみた子供たちは、そんな自分になら何をしてもいいと思っている。いつか村の大人が自分のことを奴隷呼ばわりしていたのを気に入ったのか、自分のことを奴隷呼びだ。
前に、石を投げられて流石に反撃したことがある。このままではこの子たちの教育に悪いという感情が一割。純粋にこのクソガキと思ったのが九割。
栄養失調ぎみで年齢も向こうが上とはいえ、『魔力循環』のおかげで並みの成人男性程度の身体能力と、反撃されることを相手が考慮していなかったから、五対一でもあっさり勝つことができた。まあ、怪我はさせないよう加減はしたが。
だが、その後子供たちの親たちにリンチにされたあげく、神父に押さえつけられて背中に熱湯をかけられた。あの日は本当に死ぬかと思った。
以来、反撃はせず逃げの一手だ。
「また逃げたぞ!」
「この腰抜け!」
「女みたいな顔しやがって!」
まじで泣かせたろかクソガキども。
* * *
夜になり、野盗や獣を警戒する見張り以外村中が眠りにつく。ようやく、自分の時間が取れる。
現在、習得しているスキルは『魔力循環』『魔力感知』『時空耐性』『我慢強さ』『軽業』『夜目』『危機察知』『工作』『薬草学』『強化魔法』『白魔法』『状態異常耐性』の十二個だ。
ほぼ文字通りの効果をもつ。『我慢強さ』『軽業』『危機察知』はクソガキどもから逃げているうちに解放条件をクリアしていた。ちなみに『我慢強さ』は痛いのや苦しいのに我慢強くなるだけで、それ以外の効果はない。だが、村での生活を考えると取らざるをえなかった。
『状態異常耐性』は、風邪をひいたり食あたりをしたりしたのを『魔力循環』で早めに治したら条件が解放された。
魔法は、教会に祈っていたらいつの間にか『白魔法』のロックが外れていた。『強化魔法』も日々『魔力循環』を使っていたら覚えられるようになった。
ちなみに、自分が初めて『白魔法』で治療したのはその神父にかけられた熱湯の火傷後だ。
くそが。
閑話休題。
納屋を出て教会でお祈りをする。異世界転生があったのだ、神様が実在するかもしれないので、念のため毎晩祈っている。その後、井戸によってから森に向かう。『夜目』のおかげで月明りすらほとんどない今日のような夜でも昼間の様に歩ける。
村を囲っている柵を『軽業』と『魔力循環』による身体能力であっさりとよじ登り、村の外へ。
この村の見張りを真剣にやっているやつはいない。正直そのうちこの村は滅ぶと思う。
森に入ったら、あらかじめつけておいた目印を頼りに秘密基地に向かう。そう秘密基地だ。名前だけで心が躍る。
といっても、木の枝と木の皮で隠した小さなテントもどきなのだが。
その中には『工作』スキルで作った樹皮の鍋、樹皮を水につけては叩いてを繰り返して作ったタオルもどき、一メートルほどの木の枝を削って作った槍もどき、石のナイフ等がある。
そして、樹皮をあんで作った小さなケースの中にはなんと石鹸がある。珍しく前世の知識が役に立った逸品だ。偶然作り方を知っていてよかった。
まあ、石鹸と言っても固形とも液状とも言えないぬるぬるとしたものだが。あと使った油が動物の物なので臭う。
ちなみにこの世界にも石鹸は存在するが、一部の貴族が製法を独占しており、勝手に作って販売すると捕まる。なのであくまでこっそり使わなければ。
持ってきた水を一部樹皮鍋に移し、別の樹皮で作った籠から灰に沈めていた炭をだして天と中央のかまどにいれて火をおこす。
その火で水を熱してお湯にすると、タオルもどきをつけて、石鹸も使って体を洗う。シャンプーなんてないから頭を洗うのも石鹸だ。
お湯も石鹸も少ないし、さっさと済ませる。こんなおおざっぱに洗うだけでも、村長一家以外では村でかなり清潔だ。
体も洗ったことだし、今日も狩りをしようと思う。
夜だけ飲める味のしないスープ(という名の残飯)では足りないのだ。なら、自力で手に入れなければ。
この村にも狩人はいるが、こっち側はめったに行かないようだし、申し訳ないが前世猟補とは無縁だった自分から見ても腕前が低いのでバレた事はない。本当に大丈夫かこの村。どうか自分が出ていくまではもってほしい。
そう、自分が出ていくまでだ。
こんな村、出来ることなら今すぐにでも出ていきたい。だが、身よりもなければ無一文な子供が生きていけるほど甘い世界だとも思えない。だからここまで我慢したのだ。
我ながら生への執念が凄いと思う。一回死んだのだ、二度と死んでたまるか。
槍もどきを持って木に登り、枝から枝へできるだけ音を出さずに移動する。『軽業』のスキルがなければできない芸当だ。
目を凝らし、『夜目』で獲物を探す。普段は鳥やウサギを一羽とって済ませる。
だが、今日は大物が来てしまったらしい。『危機察知』と『魔力感知』が反応した。
気配を隠す様子もなく、無造作に進む巨体。その様に小動物は我先にと逃げていく。狩りをしに来たのではないのか、それともまだ狩りが下手な個体か。
姿を現したのは、あんのじょう熊だ。見ただけで性別や年齢はわからない。もしかしたら独り立ちしたばかりの雄熊かもしれない。
もっとも、大きさは二メートル以上ある。『前に狩った熊』もこれぐらいだった。
熊を狩るのは二度目だ。今日の様に狩りをしていると見つけてしまった。あの時は放置すれば村に行ってしまうと、どうしようか迷っている間にむこうにも見つけられてしまったのだ。
前世の知識で威嚇するさいに懐に飛び込んで心臓を刺し、倒れる力を利用して殺すと聞いたので槍もどきを構えていたが、威嚇なしで突っ込んできてかなり焦った。
だが、今回はこちらが一方的に察知しているだけだ。楽に終わる。
「『筋力増強』『精密稼働』『武器強化』」
『強化魔法』で自分と槍もどきを強化する。そして、熊が自分の下を通るのを待つ。
あと三歩、二歩、今。
そ お い !
心の中で掛け声を言って、枝から飛び降りる。重力と腕の力を合わせて熊の首に上から槍もどきを刺す。
熊が悲鳴を上げて暴れようとするが、もう遅い。槍もどきをひねりながら引き抜く。そのまま熊から飛び降りて木の陰に身を潜ませる。手負いの獣は恐ろしいから油断できない。一匹目の時は油断して死にかけたのだ。
熊は喉が貫かれているため悲鳴をあげることも出来ず、ひゅーひゅーと音をだしながら、十歩ほど動いてから倒れた。
それでも油断せず熊を警戒しつつ、周囲にも注意を払う。仕留めたと思った時も危ない。『魔力感知』も使って確認する。
十秒ほど経過してから、ゆっくりと熊に近づき槍もどきでつつく。反応はない。どうやら仕留めたらしい。
周囲を警戒しながら、小さくため息をつく。二回目だが、熊相手は緊張する。油断して挑めば命を落としかねない相手だ。
さて、この熊をどうしたものか。
前は、熊を倒した後肉と毛皮を少しずつ頂戴してから、居眠りしていた見張りに石を投げて起こして気づかせたのだ。
これだけ熊が近づいていたのだから気をつけろという意図で起こしたのだが、見張り達はなんと自分達がこの熊を倒したのだと村人たちに主張し始めた。
村人たちも半信半疑だったが、実際に熊は倒れているのだから本当なのだろうと信じてしまった。
その後警戒を強めるならよかったのだが、なんと熊殺しの英雄がいるから大丈夫と楽観視。捨てるところがないと言われるほど熊なので、たまに村による商人に毛皮や内臓を売って酒と調味料に変えてしまった。昨日神父が飲んでいたのもその時の酒だろう。
一匹目から半月とたたずの二匹目だ。これは、森の奥でなにかあったのではなかろうか。商人たちの噂では二つ隣の開拓村が熊に滅ぼされたらしいし。
とりあえず血抜きをする。『魔力循環』と『強化魔法』がなかったらとてもじゃないが一人では無理な重労働だ。
その後肉と毛皮を少し貰って、秘密基地で晩餐をしてから前回のように見張りを起こして様子をうかがる。
今回こそ警戒心を抱いてほしい。なんせ間隔が短すぎるのだ。ぜったい三匹目が近いうちに来る。
まあ、村人だってそこまで馬鹿ではない。流石に警戒もするだろう。
ここの村人馬鹿過ぎだろう。
今回も前回同様見張りの馬鹿どもが『自分達が倒した』とほざき、村人はそれを信じてしまった。
しかも一回目自分が傷つけた部分についてちょっと疑われたので、今回はわざわざ槍でめった刺しにしてから他の村人たちに見せるという浅知恵まで使っているので始末に負えない。
この村はだめだ。あと一週間準備したら村を出よう。
そう決めて、自分を一歳さで育ててくれた老婆、キャサリンの墓に森でとった花をそえて手を合わせた。
* * *
その日の晩に村を出た。後ろから股間を押さえて絶叫している神父の声が聞こえる。じき村じゅうが起きるだろう。
石を投げられたり殴られたりは我慢するが、貞操までくれてやるつもりはない。そもそもそっちの趣味はない。
こうして、僕は予定をかなり前倒しにして村を飛び出した。
読んでくださりありがとうございました。