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第十七話 アズバルク

第十七話 アズバルグ


サイド クロノ


 街に近づくと、大きな壁が見えてきた。


「でかっ……」


 アルパスの街よりも高く重厚な壁が街を覆っている。あれは自力でこっそり跳び越えるのは無理そうだ。

 門の所にある列に並び、自分の順番を待ちながら周囲を見回す。

 パッと見ただけで商人が多い気がする。荷馬車にのった中年が多い。護衛と思しき冒険者風の男達もいる。

 だが、冒険者の雰囲気がだいぶ違う。なんというか、アルパスの冒険者は本当にただのチンピラといった感じなのに対し、こちらはガチものというか、堅気に見えない。


「次、前に出ろ」

「あ、はい」


 気づけば列の最前列に出ていた。


「ん?お前一人か?」

「はい。この街には剣術を習いに来ました」

「そうか。通行証は」

「……これは使えますか?」

「ん?……共通語だが、これはどこの街で発行したものだ?」

「ダンブルグのアルパスです」

「ああ、隣国か。ダメだな。この国で発行した物でないと使えん」

「そうでしたか。では通行料などれぐらいでしょうか?」

「大鉄貨二枚だ」

「はい」

「……よし、本物だな。通って良し」

「ありがとうございます」


 街の中に入ると、人の波に遭遇した。


「え?え?」


 足早に行きかう人々を躱しながら、近くの店に逃げ込む。


「らっしゃい。串焼き一本大鉄貨一枚だよ」

「あ、一本下さい」

「あいよ!」

「あの、今日はお祭りか、それとも市をやっているのですか?」


 アルパスの街では月に一度市をやっていた。普段は店を出さない商人たちが露店を開いて商品を売るのだ。


「あん?市なら週一でやってるから珍しくも……ははあ、お前さん田舎の出かい?」

「少なくともここよりは田舎だと凄く実感しています」

「だろうな!ここはマルヴォルンでも三番目に栄えている都市だ。穀倉地帯が近いからな!」

「なるほど……普段からこれぐらいの人がいるんですか?」

「あたぼうよ。ここはいつもこうさ。祭りの時はもっと多いけどな!」


 なんというか、この世界に転生してこれだけの人ごみを味わう日がこようとは。流石に渋谷とかに比べれば少ないのだが、それでもびっくりした。


「あ、すみません。スルネイスという方がやっている道場に行きたいのですが、どこか知りませんか?」

「んー……ああ、中央街のとこだな。だけど嬢ちゃん金はあるのかい?女ってだけで入りづらそうだが、あそこは大商人の次男や三男が通うとこだぜ」

「けっこう貯めて来ました。あと、僕は男です」

「マジか!?そりゃ失敬。こいつは詫びだ。持って行きな」


 二本の串焼きをわたされた。香ばしいいい匂いが香る。


「え、あ、ありがとうございます!」

「いいってことよ!中央街はこの道を真っすぐ行って突き当りを左に、んでその後すぐ右に行けばつくぜ!」

「はい。ご馳走さまでした」

「ごち……?まあいいや、気をつけてな!」


 店を出て、人の波に乗りながら道を歩く。美味しい。アルパスの店で食べた物より柔らかいし、味もいい。というか、醤油?いや、少し違う。もしかして魚醤?


「凄い所だな、アズバルグ……」


 串焼き一つとってもアルパスとの違いがわかる。ここはいいところだ。


*    *     *


 言われた通りの道を行くと、木剣を撃ち合う音が聞こえてきた。どうやら近いらしい。視線を巡らせると、大きな平屋建てに行きつく。

 ここが道場なのだろうか。イメージと違うが、よく考えていたら自分のイメージは日本のそれだ。違うのは当たり前だろう。

 扉をノックすると、少しして一人の若い男が出てきた。


「はい、どなたですか?」

「お忙しい中すみません。クロノと申します」


 男はこちらを見て少し目を見開いた後、柔和な笑みを浮かべる。


「えっと、門下生の妹さんかな。今稽古中でね、名前を教えてくれたら言伝でもしておくけど」

「あ、いえ。入門希望者です。あと、僕は男です」

「えっ」


 驚いた様子で男はもう一度こちらを頭のてっぺんからつま先まで眺める。いい加減このリアクションにも慣れた。


「それは失敬。けど、君の体格だとまだ早いんじゃないかな?もう少し大きくなってからの方がいいよ」

「一応、紹介状をもらったのですが……」

「紹介状?見てもいい?」

「はい。これです」


 マリックさんからの紹介状を差し出す。それを読んだ男が首を傾げる。


「マリック……ううん、俺が入る前に出た人なのかな……ちょっと師範代に見せてくるから、待っててもらっていいかな」

「はい。大丈夫です。こちらこそ事前の連絡もなくすみません」


 紹介状を持って男が奥に行ってから数分後、厳つい顔の大柄な男性がやってくる。

 見るからに強そうだ。マリックさんほどではないが、プレッシャーを感じる。


「この子が、その紹介状を持ってきたのか……?」

「はい。確かに」


 困惑した様子の男に、厳つい男、おそらく師範代が問いかける。

 師範代は顎のひげを撫でた後、腰をかがめて視線を合わせてきた。


「坊主……でいいのか?」

「はい」

「この手紙に書いてあることは本当か?あのマリック相手に一本取ったというのは」

「はい。運よく、でしたが」

「運が良くてもあれに勝てる奴はそうはおらん」


 背筋を伸ばした師範が、顎で奥を示す。


「俺はここで師範代をしている。スルネイス先生は奥だ、ついてこい」

「はい。失礼します」


 門をくぐる前に一礼した後、師範代の後に続く。敷居を超えたあたりで靴を脱ぎそうになったがこらえた。

 なんというか、前世も剣術道場になんて通った事はないのだが、厳かな雰囲気が建物自体にある。

 本当に土足で入っていいのだろうかと心配になってしまう。


「先生、連れてきました」


 広い中庭で木剣を使った稽古をしている男達の中に、初老の男性が立っていた。


「む、来たか」


 初老の男性、この人がスルネイス先生だろう。立ち姿がどこかマリックさんに似ている気がする。


「その子がそうかね」

「はい。見た目はまともに剣を振るえるとは思えんのですが……」


 師範代は困惑した様子でこちらを見てくる。まあ、無理もない。この見てくれだ。というか、あのマリックさんがこの国の平均的兵士とは考えたくないので、あの人に勝ったというのはかなりの意味があるのかもしれない。


「……少年、入門希望だったか」

「はい。ここで剣を学ばせて頂こうと考えています」

「何故剣術を選んだ。戦場なら剣より槍や弓矢の方が武功をたてやすいだろう。殺し合いなら、メイスの方が向いておる」


 スルネイス先生の問いに、少しだけ考えて正直に話すことにした。


「体格の問題です」

「ほう」

「私は今九歳なのですが、大きい武器は扱えそうにありません。重量のある武器だと腕力はどうにかなっても、体重の問題で体が流されてしまいます。弓は、大型の物だと身長が足りません。かといって、小型の物では大した威力は発揮できないからです」


 アルパスの街にいた頃、剣から別の武器に変えようかと思った時期がある。剣よりリーチのある武器の方が安全だし、重量のある武器の方が威力が高い。

 だが、どれもこの体では無理という結果になった。体格の問題から片手剣が一番向いていた。


「では、体が大きくなったらどうする。まだ九歳なら、成長期も後から来るだろう」


 これにも正直に答えるか迷う。言ってしまっていいのだろうか。ここは剣術道場なのに。

 だが、スルネイス先生の目を見ていると嘘は簡単に見ぬかれてしまう気がする。なら、いっその事本音を言った方がいいかもしれない。

 これで怒って斬りかかられるようだったら、入門は諦めよう。


「身長が大きくなれば、それに合った武器を探すかもしれません。ただ、剣は携帯性に優れた武器です。剣術を身に着けておく事は無駄にならないと思いました」


 言ってしまった。要は、自分にとって剣は道具でしかないと言っている様なものだ。これは、剣を真剣に志す人には怒られるかもしれない。

 だが、スルネイス先生も隣の師範代も普通の顔をしていた。


「うむ。それならよかろう」


 まさかのいいらしい。てっきり良くて説教、悪くて斬りかかってくるかと思ったのだが。


「たまに、剣を魂だの誇りだなどと勘違いして門を叩いてくる者もおる。だが、剣は所詮道具にすぎん。まあ、商売道具だ。大切にするのは間違っておらん」


 どうやら、この道場のスタンスとして剣は道具というものらしい。よかった。


「それはそれとして、一応入門前に少年の実力を見ておきたい。いいかな」

「は、はい」

「では、マイケル」

「はい!」


 近くで稽古していた青年を先生が呼びつける。


「この少年と手合わせしなさい。他の者も一度手を止め、二人の戦いをよく見ておくように」

「「「はい!」」」


 稽古していた男達が木剣を下ろし、端によって場所をあける。


「このマイケルは入門して一年だ。お互い怪我のないように立ち回りなさい」

「「はい」」


 師範代から木剣をわたされて構える。

 マイケルの様子をうかがう。自分よりはしっかりとした構えだが、それでもマリックさんと比べると隙が多すぎる。たぶんザックより弱い。


「いくぞ!」


 声と共にマイケルが突っ込んでくる。それを躱して裏腿に軽く木剣を当てる。


「くっ!?」


 一瞬怯んだ所に背中を打つ。これで勝負はあったと思うが……。

 片目だけ視線で先生と師範代をうかがう。二人とも頷いている。


「そこまで、マイケルの負けだ」

「くっそぉー……」


 負けたわりにそこまで悔しそうじゃないマイケルにちょっと疑問をもつ。普通こんな子供に負けたら悔しがりそうなものだが。


「木剣で叩かれたのにあんなに痛くないってことは、だいぶ手加減してくれたんだな」


 そう言ってマイケルがこちらを振り返る。


「その、別に手を抜いたわけでは」

「ああ、怒っているわけじゃないんだ。ただ、君は強いんだなと思っただけだ」

「まあマイケルがまだ弱いというのもあるがな」


 師範代の言葉に、周囲に小さく笑いが漏れる。嘲っている感じはしない。マイケルも冗談めかして『そりゃないですよ~』と言っている。


「今の動きで少なくとも身体能力は十分以上だという事はわかった。あの動きなら少なくともマリックの一撃を躱すのは不可能ではない」


 先生が頷きながら歩みよってくる。

 どうでもいいけど、マリックさんってこの道場でどういう位置にいた人なんだ。なんとなく比較対象としておかしい気がするのだが。


「では、入門を認めるとしてだ」


 じろりと先生に見つめられる。プレッシャーが増した。いったい何がくる。


「月謝の話に移るから部屋に来なさい」


 あ、本当に剣は商売道具なんだなって実感した。





読んでいただきありがとうございます。

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