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第十五話 山越え

第十五話 山越え


サイド クロノ


「ギエエエ!?」


 最後のゴブリンの首を刎ねて、一息つく。これでいったい何度目の襲撃なのやら。

 マルヴォルン王国に向かうため、国境近くにある山脈を超える必要がある。その山を今越えているのだが、魔獣の多い事多い事。

 あまりここにいるとまた魔獣の襲撃がある。ここの魔獣は血の匂いに引き寄せられるのか、戦闘後に襲ってくることが多いのだ。

 剣についた血と油をゴブリンの腰みので拭い、鞘に納める。そろそろ野宿する場所を用意しなければ。あと川も探さないと、水がそろそろ心もとない。

 バフで盛った身体能力と『空間把握』を使って川の位置を探る。見つけた。三メートルほどの崖になっているが、沿って歩いていけばそのうち低い所に出るだろう。最悪、流れもゆったりとしているしロープと鍋を組み合わせればくみ上げられるはずだ。

 川沿いを歩いていると、急に天気が悪くなってきた。運が悪い、川に近づいた直後にとは。雨が降ってくる前に川から離れる。どれぐらい増水するかわからない。

 雨が降るならそれで水を補給しよう。川から離れた場所で、ある程度開けた場所に出たので、そこを今日の寝床にする。

 木に登って葉のついた枝を集めて、縄で縛ってテント型にする。この山の木はでかいので、枝で作ったテントも結構大きくなった。設置する場所は特に大きな木の陰にしておこう。木とテントで二重に雨を凌げる………といいなぁ。

 テントの周りに石で溝を掘っていく。ある程度掘れたところで、雨がポツポツと降ってきた。

 慌てて枯れ枝を集める。乾いたのだけでは足りなそうだったので、少し濡れてしまったのも集める。

 テントの中で火おこしをする。持っていた炭を使うが、それはそれとして火打石は使わない。


「『ファイア』」


 そう、魔法である。この前覚えた。

 というのも、ドラゴニュート率いるラプトルとの戦いはスキルポイントぐらいしか得られる物はなかったとスキルツリーを思い浮かべていたら、なんと『赤魔法』が解放されていたのだ。

 おそらく、魔法使い達が『赤魔法』を使う瞬間『魔力感知』で魔力の流れを観測していたからだろう。

 早速習得し、使ってみたのだが………使いどころに非常に困る。

 まず、炎を使って攻撃すると、獲物が当然焼ける。そうなると毛皮はダメになるし肉も硬くなるしで、いい事がない。

 次に、火事が怖い。山でも森でも、周りの木に引火したら大変だ。魔法の火が普通の炎と一緒かはわからないが、ドラゴニュート戦を見るに酸素を消費するなど物理法則も中途半端に通用しそうなので、十中八九引火する。というか、引火しなかったら今火種として使えないのだが。

 使うとしたら、獲物から剥ぎ取りは断念するか、ドラゴニュートぐらい頑丈な奴に酸欠狙いでやるかだ。そして、場所は周りに燃え移る物がない状況のみ。

 うん。使いどころが面倒くさい。バフ盛って斬りかかった方が速くない?

 だが、便利なのも事実。火力も魔力量で調整可能。これはもう戦闘より調理用と思った方がいい。

 枯れ枝を中心にくみ上げて燃やし、その周りに濡れた枝をかぶせる。これで濡れ枝が乾くし、その後はそれが燃料になって火が燃え続ける。

 雨が強くなってきた。外に置いておいた鍋と樹皮鍋を回収する。たっぷりと雨水が溜まっていた。

 このまま飲んでも『状態異常耐性』と『魔力循環』があるから、そう酷い事にはならないだろう。だが、精神的にいやだ。

 なので出来るだけ清潔な布と砂、集めておいた小石を木筒に詰め、端の布を押さえて簡易的な濾過をする。その後、火で煮沸をする。これでだいぶマシになっただろう。

 煮沸した水を使って、干し肉と薬草を煮る。それとめちゃくちゃ硬いクッキーが今日の食事だ。

 干し肉の塩味と炭水化物であるクッキーがあるだけありがたい。それでもアルパスの街で食べていたちょっとお高めの食事に慣れてしまった舌には少しつらい。

 だが、あの街を出た事に後悔はない。開拓村も壊滅してしまったし、街の冒険者も全滅だ。今後どうなるかわかったものではない。

 だから国ごと出る。というのは極端かもしれない。マルヴォルン王国なら冒険者の扱いがマシになるなんて思えるほど自分は楽観的ではない。


 国を変えようと思ったのは、アルパスの街があの国のスタンダードの可能性がある事が一つ。他の街について知らないが、冒険者が集まる街であれなのだ。他の街での扱いは察せられる。


 次に、マルヴォルン王国はダンブルグと比べて豊かだと聞く。海と隣接し、食料が豊富だとか。金がある所なら成り上がれた後いい思いができるかもしれない。それに、豊かな国でも魔獣はいるだろう。この山脈とほぼ隣接しているのだ。十中八九魔獣被害が出ている。そこに売り込めるかもしれない。


 第三の理由は、恥ずかしながら勢いである。あの店主やギルドマスター、兵士達にむかついたのだ。もう顔も見たくないと思って、つい国を出ると言ってしまった。あそこまで見栄を切ったので、もう後には引けない。実はこの理由が半分ぐらいを占めていたりする。


 まあ、とにかく明日にはこの山を越えられるだろう。三つ山を越えてきてようやくだ。一週間もかかってしまった。

 普通、マルヴォルン王国に行こうと思ったら唯一ある大きな道を通る。だが、そこに行くまでにかなりの数の関所があるらしい。貴族の紹介がないと金がいくらあっても足りないぐらいかかるらしく、自分には無理だ。

 山を越えたらちゃんとマルヴォルン王国の関所によるつもりだが、そこだけだ。急遽予定変更するかもしれないが。

 腹も満たしたし、今日はもう休もう。焚火を処理した後、布にくるまって眠りにつく。武装は外さない。いつ襲撃があるかわからない。


*    *     *


「ふぁっ……」


 欠伸をしながら山を下る。案の定昨夜は眠った後ラプトルに襲撃された。『危機察知』で接近に気づいて起きたので不意打ちは喰らわなかったが、ちょっとだけ寝不足だ。ただでさえ山越えで疲れているのに勘弁してほしい。まあ皮と牙は邪魔にならない範囲で採らせてもらったが。


「おっ」


 山の下に平地が見えてきた。ついに山を突破したのだ。


「もう少しでマルヴォルン王国か……」


 程よく平和で、それでいていい感じに成り上がれる環境だと嬉しんだが、そう都合よくはいかないだろうなぁ……。


*    *    *


「さあ、どこからでもかかってきなさい!」


 ど お し て こ う な っ た ! ?


 通貨の両替も必要だし、密入国だと冒険者として後で面倒になりそうだと思って、国境近くの関所によったのだ。


「どうした、嬢ちゃん。迷子か」


 人のよさそうな兵士が対応してくれたのだが、やはり性別を間違えられていた。まあ、警戒されるよりはいいのだが。


「いえ、ダンブルグ王国からやってきました、冒険者です。性別は男です」

「え?」


 兵士は頭のてっぺんから足元まで見た後、微妙な顔をする。


「えっと……それが本当だとして、どうやってここまで来たのかな?」

「あの山脈を超えてきました」

「んんんんん!?」


 困惑する兵士に、他の兵士が寄ってくる。


「どうした?」

「その嬢ちゃん何かあったのか」

「いや、それが……」


 兵士たちが小声で話し合う。まあ、見るからに子供があの魔獣だらけの山脈を突破できるとは思い難いか。

 それにしても、ここの兵士はどの人もガタイがいいな。栄養がちゃんと取れているのだろう。マルヴォルン王国が豊かというのは本当らしい。


「取り合えず、規定に沿って身体検査と荷物の確認をしていいかな?」

「あ、はい。大丈夫です」


 断る理由もないので、素直に検査を受ける。武装と荷物を預け、ボディチェックを受ける。テキパキとした動きで検査をする。凄い、アルパスの門番なら絶対にいやらしい手付きになるのに。


「ん?おい、これ……」


 荷物をチェックしていた兵士が声を上げる。何かまずい物でもあっただろうか。


「君、このお金はどうしたんだ」


 そう言って示されたのは自分の財布だ。


「え、どうもこうも、冒険者稼業で稼いだお金ですけど」

「いや、君は鉄の三級だろう?こんなに稼げるのはおかしい」


 確かに自分の冒険者ランクは最低だ。だが、事実なのでどう説明したらいいのやら。

 早く山からおさらばしたい一心で、こういったトラブルを失念していた。よく考えたら、自分の所持金は一冒険者が持ち歩くには多すぎる。


「わかったましたぞ、貴女の正体が」


 一人の兵士がキメ顔で喋り始める。


「まず、その子供はあの山を突破したにしては身なりが綺麗すぎます」

「「「た、確かに」」」


 それは間所に行く前に一晩休んで石鹸で体を清め、服も軽く洗ったからだ。


「次に、この喋り方。冒険者どころか平民でもこの年頃にしてはしっかりし過ぎています。確かな教育を受けた証拠だ」

「「「おおっ」」」


 言葉を学んだのが聖書ベースだったのと、前世の価値観的に目上の人にはこうなっているだけなのだが。


「そして、この所持金の多さ。盗んだのならもう少し隠すはず。なのにこの堂々とした態度。これはこの金額を持っている事になんら疑問に思っていない証拠!」

「「「と、となると!?」」」


 いや、堂々と持っているのは確かに自分で稼いだお金だからだ。隠す発想は疲れていたせいで抜け落ちていいただけで。


「つまり、その少女は良家の出に間違いない!お嬢様が外への憧れを捨てきれず家出して冒険者の身分を偽っているのです!」

「「「な、なんだってぇ!?」」」

「違いますけど?」


 否定の声を上げるのだが、迷推理をした兵士は聞き分けのない子供を見るような顔で首を振る。


「ご理解ください、レディ。貴女の冒険はここまでです。しばらくここに留まってもらい、家出した少女がいないか調べます。残念ながらすぐに身元がはっきりするでしょう」


 ドヤ顔がちょっと腹立つ。


「流石マリックだ。一番学があるだけはある」

「ああ、王都の学院に一年間通っていただけはあるぜ」

「たしか酔っぱらって学長の銅像に落書きして退学になったんだっけ?」

「ふ、それほどでもないですとも!」


 大丈夫だろうか、この国。


「あの、まず僕は男です」

「なるほど、さては家出の理由は……婚約話、ですね?」

「違いますけど?」


 本当に何を言っているんだこの人。


「そのお金は本当に冒険者として稼いだものです。稼ぎ方は――」


 依頼では対して儲からないので、魔獣を狩ってその素材を売り儲けたのを説明する。


「お嬢さん……夢を壊すようで申し訳ないが、貴女の様な可憐な方が倒せる魔獣はいないのです」


 その嘘は無理があるわ~、とでも言いたげな兵士たちの反応。

 こうなったら、少々野蛮な方法だが、少しだけ実演するしかない。


「では、貴方を持ち上げられたら力はあると信じてもらえますか?」

「はっはっ。私は今軽装とはいえ防具と武器を身につけているのですよ?まあ出来るものなら、とだけ言っておき」

「はい」

「のおお!?」

「「「マリック!?」」」


 兵士の腰を抱えて持ち上げる。防具や武器ありとは言え、それでもゴブリンよりは軽い。バフもかければ片手でも余裕だろう。


「これでわかっていただけましたか?……というか、荷物の中に魔獣の一部もあったと思うのですが」

「ふ、ふふふ」


 マリックと呼ばれた兵士が笑い出す。え、なに怖い。


「語るに落ちましたな、お嬢さん」

「男です」

「今私を持ち上げた膂力、『魔力循環』ですね?」


 驚きに目を見開く。それを言い当てた人はこの兵士が初めてだ。

 他の兵士達が疑問符を浮かべる。


「『魔力循環』ってなんだ?」

「『魔力循環』とは、騎士の家に伝わるとされる魔法とは違う魔力の活用法。それを極めれば単独でドラゴンとも打ち合えるほどの怪力を身に着けられると言われています」


 そうだったのか。


「ですが、そもそも習得には魔力を知覚する必要があるのと、専門の環境が必要とされています」

「な、なるほど、それを使ったこの子供は」

「ええ、貴族、騎士階級の子女である事が確定しました」

「違いますけど?」


 出来るなら孤児じゃなくて貴族の家に産まれたかったわ。いやそれはそれで前世の家族と比べそうで嫌だな。


「あ、けど持っていた魔獣の皮と牙はどう説明するんだ?」

「ふ、きっとおそらく家出する時に家から持ち出したのですよたぶん。獲物からの戦利品を持っていれば信じてもらえると思ってね」


 今この人「きっと、おそらく、たぶん」って言ってたぞ。それ根拠ゼロじゃねえか。


「あの、どうしたら魔獣を倒せる実力があると信じてもらえますか?」

「ふ、まだ言いますか……では、私と一騎打ちをしましょう」

「は?」


 意味が分からない。いや、もしかして『自分に勝てる実力者なら魔獣も倒せる』とか言い出すつもりか。


「私に勝てる実力者なら魔獣も倒せるはずです」


 本当に言ったよこいつ。


「え、戦うのか、この子と」

「たしかマリックって学園で三番目に強かったって言ってなかったけ?」

「ああ、そこで空気を読まずに貴族の子弟に勝ちまくったからこんな国境沿いに送られたって話だぜ」

「ふ、私の強さはわかってくださりましたかな?」

「は、はい」


 なんというか……なんとリアクションするのが正解なのだろう。





読んでいただきありがとうございます。

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[一言] こういう世界観で日本国がやって来るのか。何か善意で村落を占拠しちゃいそうだw
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