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第十四話 村

第十四話 村


サイド クロノ


 街の中はお祭り騒ぎだ。魔獣の進行を食い止めたことで助かったのだと、喜びを分かち合っている。

 街道を家族連れが歩いて、子供に屋台で何かの串焼きを買っている。酒場では兵士達が酒を浴びるほど飲み、己の武勇伝を語っている。どこからか、吟遊詩人が歌う声も聞こえてきた。


「五人の賢者が杖掲げ~呪文をつむぐは世界の理~生み出された地獄の業火は見事おぞましき竜を~」


 宿で一休みしていたらこの有様だ。街中が浮かれている。

 宿を出て、真っすぐと冒険者ギルドに向かう。ここも酒を出しているからだろう、街の人間と思しき男達が酒を飲んでいる。

 何人か声をかけてきたが全て無視する。カウンターにたどり着き、店主を見やる。


「ずいぶんと、繁盛していますね」

「そうだな」


 いつもの不愛想で店主が応える。近くを普段は雇っていないウェイターが駆けていく。


「昼間のあれは、どういうことですか」

「あれってのは」

「冒険者達を騙して囮にしたことです」


 その問いに、店主が鼻をならす。


「何を言うかと思えば、そんなことか。冒険者の扱いなんてそんなもんだろう」

「そんなもの、ですか」

「ああ。たまにお前みたいに分不相応な夢をもって冒険者になる世間知らずがいる。吟遊詩人の話でも真に受けたのかな。だが、現実はこうだ」


 たしかに、自分は冒険者という職業がどういうものか、真剣に考えた事はなかった。前世のイメージと村に来た商人の話ししか知らない。

 だが、これはあまりに歪だ。


「人道的な面からも、言いたいことはあります」

「はっ、人道的ね」

「はい。ですが、今は損得についてお聞きします」

「ガキがなに言っていやがる」

「冒険者がいなくても、周囲の村は、この街はやっていけるのですか?人手はあるのですか?」

「………獣も魔獣も、兵士がいれば事足りる。調子にのるなよ、小僧」

「では、この街に冒険者は必要ないと」

「そうだ。俺は昔兵士だった。その中でも十人隊長だったからわかる。冒険者がいなくても、どうとでもなる」

「そうですか」


 目を閉じて、小さくため息をつく。


「失礼しました。では別の事を聞かせていただきます」

「注文は」

「ミルクを一杯」


 代金を払って、出されたミルクを飲む。相変わらずぬるいし、えぐみがある。


「あれだけの規模の魔獣、なぜもっと早く接近に気づけなかったのですか?」

「……おそらく、隣のキッケン男爵が悪い。うちの領に喧嘩を吹っ掛けて、そっちに人手がいっていた」

「では、今回の魔獣が通ったルートを出来るだけ教えてもらいませんか」

「あ?なんでそんなもん聞きたがる」

「どこか、村に被害が出ていないか知りたいんです」

「ああ、そんなもん『ここから東は全部だよ』」

「っ………!」


 嫌な予感は、していた。

 あれだけの規模。食料を賄うだけでかなりの数がいる。そして、魔獣にとって手軽に狩る事ができて、まとまった数がいるのは、人間の村だ。


「ありがとうございました」

「ふん、こっちは忙しいんだ。お前も近いうち魔獣の狩りに出かけるんだろう。まあ、依頼先の村はなくなっちまったが―――」

「いいえ、確認したいことがあるので、そちらを回ろうと思います」

「あん?」


 店主が眉をひそめる。


「なんだ、出身は東側か。そりゃご愁傷様」


 なんら感情がこもっていない声に、いっそ笑えてくる。


「ええ。その後は、この国を出ようと思います」

「………は?」


 何を言っているのかわからなと、店主は口を開けたまま固まる。


「たしか、ここから西に行けば山にぶつかって、そこを超えたら隣国のマルヴォルン王国につくと聞きました」

「ま、待て。待て待て。お前、この辺の魔獣はどうする気だ?村はなくなっても魔獣はまだいるんだぞ。いや、むしろ村がなくなった分魔獣がこっちに来るかもしれないんだぞ」

「兵士と騎士がれいば十分対処できるんですよね?」


 それは先ほど店主が、元は十人隊長だった人が言った事だ。

 店主はダラダラと汗を流しながら、視線を泳がせる。


「勿論、万全の状態ならどうとでもなる。だが、キッケン男爵が……」

「今回の戦いで、ちゃんと冒険者を戦わせていたら人手も足りていたかもしれませんね」


 もうこの街に冒険者を名乗るのは自分とギルドマスターしかいない。そして、ギルドマスターは戦えるようには見えない。まあ、見た目の話をしたらお互い様だが。


「た、戦わせただろう」

「あれは囮にしたっていうんですよ。店主もわかっていたんでしょう。ああなるって」


 店主がカウンターを殴りつける。


「ぐちぐち言わずにお前は魔獣を狩っていろ!なんだ、金か?この業突く張りめ、買取金額を上げろと言いたいのか」

「いいえ、お金は十分溜まりました。元々、剣術道場に通うだけのお金が溜まるまでという約束です」

「ちゅ、中央街のだろう?」

「どこの、とは言っていません」


 話は終わりだ。残ったミルクを一気飲みし、踵を返す。


「ま、待て。待ってくれ。取引先にブラックスネークの革を納品すると言ってしまったんだ。せ、せめてそれだけでも」


 勝利を祝う酔っ払い達の声で店主の声が聞こえない。自分には関係のない事だ。ドアをくぐり、大通りを進んだ。


*    *     *


 保存食、調味料、片手剣、その他もろもろ。普段より少し高かったが、構わず購入する。宿も解約したし、荷物も準備できた。夜のうちに街を出る。

 酒を飲んで騒いでいる門番達をよそに街を出て、冒険者達の死体にもう一度手を合わせる。彼らにいい感情はないが、こんな最期を迎えたのだ。どうか来世では幸福になってほしい。

 その後、バフを盛って走り出す。向かう先はまずウィルソン村だ。あの村がどうなったのか気になる。

 きっともう、手遅れなのだとしても。


*    *     *


 八つ目の村にたどり着く。どこも人っ子一人いない。残っているのは『食べ残し』だけだ。

 もはや吐き気すらわかない。見つかった部位だけでも集めて、強化した肉体で落ちていたい農具を使って穴を掘る。

 そこに埋葬した後、大き目の石を置いて一輪だけ花を添える。

 街を出て三日が経つ。時折魔獣と遭遇するが、魔力で威嚇だけして追い払う。今は戦う気分になれない。

 ここまで通った村は全て全滅。ウィルソン村も、ガメル村も、ザメル村も、全てなくなっていた。

 救った気になっていた。魔獣を倒して、それで終わり。そんなわけないのに。自分は借り物の力で思い上がっているだけだった。

 だが、自分を責めて生きるつもりはない。負い目も全てそれぞれの墓に置いていく。

 おそらく、次であの村にたどり着く。自分が拾われた、あの村に。


*    *     *


 村は当然の様に朽ち果てていた。様子からして、ドラゴニュートによる進撃が起きる前だ。とっくの昔にこの村はなくなっていた。

 当然誰も残ってなどいない。教会に向かうと、扉は壊されて内側には錆色になった血痕がある。


 教会の近くにある自分の住んでいた納屋に向かう。崩れて残骸だけが転がっていた。


 自分が世話をしていた畑に向かう。雑草に覆われて畑だった事すらわからない。


 森の中の秘密基地に向かってみる。当然壊されていた。おそらく、あの晩自分を追ってきていた村人だろう。


 最後に、あの人の墓に向かう。


 自分を一歳まで育ててくれた老婆、キャサリンの墓。墓地だけは、雑草があちこちに生えているだけでこれといった破損はなかった。

 キャサリンの墓の周囲に生えている雑草をナイフで刈っていき、井戸から汲んだ水で墓石を洗う。


「キャサリンさん、すみません。僕は貴女に何もしてあげられなかった」


 自分がまともに歩ける頃には死んでいた彼女。恩返しなど一つも出来なかった。

 その後も、彼女が暮らしていたこの村に何かしてあげようとはしなかったし、今も思わない。

 だが、彼女にだけは感謝している。キャサリンがいなければ、自分は間違いなく死んでいた。


「貴女のおかげで、僕は生きています。本当にありがとうございます」


 墓の前にしゃがんで、手を合わせる。この世界の故人に対する祈りをよく知らない。


「たぶん、もうここに来ることはないと思います。だから、さようなら」


 その時、一度だけ風が吹いた気がした。

 彼女が送り出してくれていると考えるのは、あまりに都合が良すぎるだろうか。

 立ち上がって、村を出ていく、ゆっくりと地面を踏みしめながら、一度も振り返らずに。目指すはマルヴォルン王国。


 さて、どんなところなのやら。





読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] とりあえずクロノが倒した数十のラプトルとボス格のラプトルの取り分は男爵側に要求したいところですね。 そして断れば皆殺しにwww
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