第十三話 ドラゴニュート
第十三話 ドラゴニュート
サイド クロノ
奴は足元のラプトルを蹴散らしながら、真っすぐこちらに向かってきた。かなり速い。時速百キロは軽く超えている。
姿を現したその瞬間から『魔力感知』が反応している。こいつも魔獣だ。それも桁外れの魔力量と『魔力循環』をしている。
何故ここまで接近されるまで分からなかったのが不思議なほどだ。もしかして、ステルス能力まで持っているのか。
現実逃避に近い考えは捨てる。今はこのドラゴニュートをどうにかしなければ。
奴の喉に魔力が集まる。あの炎がくると判断して、回避行動に移る。放出される炎に地面が焦がされていく。ドラゴニュートはそのまま首を横に振り、こちらを追尾してきた。
完全に自分を狙っている。もしかしなくとも、魔力の多い奴を狙っているのだろう。
十秒ほどブレスは続き、収まった頃には周囲は焼け野原となっていた。
遠くから冒険者達の悲鳴が聞こえている。壁の上にいた兵士達も混乱しているらしく、目に見えて攻撃している奴が減っている。指揮官のがなり声がここまで響いてきた。
自分とドラゴニュートを囲むように、ラプトル達が円を作る。こちらに吠えている様はまるで闘技場だ。
ドラゴニュートと目が合う。これは、逃げようと背を向けた瞬間に噛み殺される。
やるしかない。剣を構えなおし、重心を少しだけ低くする。いつでも攻撃を凌げるよう呼吸を整える。
睨み合って数秒、『危機察知』と『魔力感知』が反応する。放たれるブレス。それに対して、あえて懐に飛び込む。
思った通り、熱で背中は焼かれそうになったが、それでも奴の足元には炎はこない。
まず足を潰す。そう考えて左足に剣を叩き込む。硬い。一撃で腱を斬るのは無理だ。何度も斬りつける必要がある。
ドラゴニュートが嫌そうな声を上げながらこちらを踏みつけに来る。それを躱して少し距離をとる。
勝てない相手じゃない。まず左足に攻撃を集中して立っていられなくすれば―――。
目を疑った。先ほど斬りつけた足が、もう再生している。流れていた血は止まり、削れた肉は盛り上がって補われる。数秒の間に、鱗まで元通りになってしまった。
嘘だろう。確かに『魔力循環』には自己治癒力を高める力がある。だからといってあそこまで再生力を高めるものなのか。
ドラゴニュートがこちらを睨みつける。どうやら先の攻撃は致命傷には程遠くても、怒らせるには十分だったらしい。
そこから地獄の鬼ごっこが始まる。
振り回される尻尾は掠っただけで地面をまくり上げ、通り過ぎる巨大な顎は轟音を上げて打ち合わされる。時折放たれるブレスは空気を焼き、周りの気温を急激に上昇させる。
周囲を囲っていたラプトル達はとっく死ぬか逃げた。だが自分は逃げられない。その暇がない。
息が荒い。足が重い。魔力が半分を切った。このままでは死ぬ。
こんな所で死ぬのか。何もなせず、何者にもなれず、無様に丸焼きにされて食われるのが自分の最期か。
そんなのは嫌だ。お断りだ。
吐きそうになるのを軋むほど歯を食いしばって押さえつけ、魔力を強く流し込んで足を動かす。
まだやれる。逃げれないのならこいつを殺す。
吐き出された炎を横に走り続けて避け、ブレスの終わりと共に急旋回。左手でもう一本の剣を引き抜きながら突撃する。
狙うは左足。右の剣を全力で斬りつけ、すぐさま左の剣を振り下ろす。
「GYEEEEッ!」
不快そうにドラゴニュートは鳴きながら踏みつけに来る。それを避けながら、距離をとる。だが今度は息をつく間も与えない。再度突撃して足を斬りつける。そのまま足の間を走り抜け、方向転換してまた強襲。
「GYEEEEEEEEEEEE―――!」
ドラゴニュートが雄叫びを上げて尻尾を横薙ぎに振るう。それを地面に体を投げ出すように避けて、そのまま前転。一切減速せずに突っ込む。
数秒で傷が治るのなら、数秒以内に傷を増やす。再生が追い付かない速さで足の肉を削りきる。
ようやくこちらを『獲物』から『脅威』に認識を改めたのか、ドラゴニュートの攻撃が激しくなる。
振るわれた尻尾や噛みつきを回避しても、飛び散った石礫が体に打ち付けられる。だが、無視だ。止まれば死ぬ。
手足が軋む。両手の剣は今にも折れそうだ。全身が痛い。無事な個所を探す方が難しい。なのに動ける。脳内麻薬がドバドバと出ているのが自分でもわかる。
「あああああああああ!」
もはや言語など忘れた。声にならない音を喉からあふれさせ、剣を振るい続ける。
やがて、骨が露出するほど肉を削った。ついにドラゴニュートが転倒する。
好機。ここを逃せばもう自分に余力はない。喉元めがけて走る。
だが、『危機察知』が強烈に反応する。遅れて『魔力感知』が喉元に膨大な魔力を感知。ブレスがくる。
こいつ、一際きつい一撃を撃つためにため込んでいやがった!
「くそぉぉおお!」
すぐさま真上に跳び上がるのと、奴がブレスを吐くのが同時。こちらを追うように首をドラゴニュートが動かしていく。
空中で身をひねるが、それでも左足に炎が届くのはすぐだった。
「があああああああああ!」
絶叫をあげる。だが、同時に右手で剣を投擲していた。狙いたがわず奴の右目に突き刺さり、ブレスが止まってドラゴニュートが絶叫する。
まともに着地も出来ずに地面に墜落する。左足が動かない。皮膚は炭化し、剥がれ落ちてその下の肉がむき出しになっている。
痛い、熱い、『我慢強さ』のスキルがなければ転げまわっていた。
「『中位回復』」
焼け焦げた肉も皮膚もまとめて再生する。動かすのに支障はない。だが、これで魔力は三割を切った。
対して、ドラゴニュートも立ち上がっている。救いなのは、先のブレスが奴にとっての乾坤一擲。魔力の大半が失われている。足の再生も遅い。
左手に持った剣を右手に持ち直し、奴とにらみ合う。どうする、もう一度左足を潰しに行くか。だが、先ほどまでの速度を自分に出せるかどうか。いや、出せたとしても、今度は剣がもたない。
一瞬だけ視線を剣に向ける。刃こぼれが酷く、ヒビも入っている。魔法による強化がなければ今すぐにでも砕けそうだ。
周囲のラプトルがこちらに狙いをつけているのがわかる。今の状態でもラプトルの十体程度始末できる。だが、ドラゴニュートを前にそんな隙を与えて生き残れるか。
頬を伝って汗が地面に落ちる。その時、『危機察知』が反応した。ドラゴニュートでもラプトルでもない。壁の上からだ。
「なっ」
慌てて『魔力感知』をそちらに向ける。ドラゴニュートの一挙手一投足に意識を裂き過ぎて気づかなかった。
壁の上で五人ほどの老人が杖を構えている。ローブ姿も相まってどこから見てもファンタジーの魔法使いだ。というか、今まさに魔法を撃とうとしている。
「やばっ」
ドラゴニュートに背を向けて走り出す。奴は頭に血が上りきっているのか、壁の方は無視してこちらを噛みつきに来た。
その横っ面に、巨大な火球がぶち当たる。
「GYEEEEEEEEEEEE―――!!!???」
絶叫を上げてドラゴニュートがのたうち回る。炎は消えることなくその巨体を包み込んで燃え続ける。
暴れるドラゴニュートに周りにいたラプトルが逃げ出す。何体かこちらに突っ込んできたので首に剣を叩き込んでいく。
炎が収まる頃にはドラゴニュートは動かなくなり、地面に倒れ伏していた。鱗に目立った焦げ跡はない。恐らく酸素が足りなくて死んだのだろう。
倒れて動かないドラゴニュートに壁の上から歓声が響く。魔法使いらしい老人達は見えないが、『魔力感知』からしてどうやら倒れたのを兵士達が支えているらしい。
周囲を見回す。
ボスがやられて森へと逃げていくラプトル達。喜びの声をあげる兵士達。そして、死屍累々とかした冒険者達。
剣をしまい、一番近くに倒れていた冒険者に駆け寄る。
「大丈夫ですか………っ」
首を噛まれている。おそらく骨までいっているだろう。今の魔力では助けられない。
「え、ザックさん……?」
その冒険者はザックだった。ザックはこちらを見ているのか見ていないのか、焦点の合わない目をさまよわせる。
震えながら右手を伸ばしてきたので、咄嗟に握りしめた。
「あ………うあ……」
何を言っているのか、わからない。空気が喉の傷から漏れ出ている。
「………おやすみなさい」
ほどなくして息を引き取ったザックを横たえ、目を閉じさせる。
決して仲のいい相手ではなかった。お世辞にもいい人だったと言える関係でもない。だが、こんなふうに死んでしまえと思う程ではなかった。
壁の上を見上げる。倒れ伏す冒険者達を助けようとする様子すらなく、勝利を称え合っている兵士達。
これがこの国の現実なのか。
勝手に前世のイメージで冒険者というものを考えていた。この世界の冒険者は決して褒められる様な職業ではないのに。
きっと、このままこの街に住んでいたら、遠くないうちに使いつぶされてボロ雑巾のように捨てられる。
ちょうど、倒れている冒険者達の様に。
* * *
あの後、冒険者達の死体は一カ所に集められて、埋葬されることもなく燃やされて放置された。
近くの兵士に尋ねる。彼らはこの後どう埋葬されるのだろうか。
「は?燃やし終わったら誰かが森にでも捨てに行くだろう。そういうのはお前ら冒険者の仕事だろ」
愕然とした。それは人の最期への扱いとして正しいのか?いや、この世界の常識を知らない自分がとやかく言う権利はない。墓だって、ただで建てられるわけではない。そもそもこの人数だ。
だが、森に捨てる?これだけの魔獣による被害があった後に、森に死体をまくのか。それは、かなり危険ではないのか。
「なあ、それよりお前かわいい顔してるじゃないか。どうだ、俺の部屋に今夜」
何かほざいている兵士を無視して、街の中にもどる。ラプトルの死体は全て兵士達が管理している。剥ぎ取りも彼らがやるようで、こちらへの取り分はない。
なら、ここにいる意味もない。燃やされる死体に一度だけ立ち止まり手を合わせた後、門をくぐった。
確かめなければならないことがある。
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