第十二話 魔獣の行進
第十二話 魔獣の行進
サイド クロノ
『レッサードラゴニュート。どう見てもラプトル。群れで行動し、見張りなどの役割があることから高い知能が予測される。魔力で肉体を強化しており、群れで行動すれば熊の成体でも安定して狩ることができるだろう』
『ゴブリン。どう見てもゴブリンじゃない。群れというか集団で行動する。魔力で強化された熊を明らかに上回る身体能力に、弓矢まで使う知能。非常に危険な魔獣。だが、その危険度に反して売れる素材がないので割に合わない。ちなみに分かりづらいけどメスもいる。村娘や女騎士が薄い本展開になる事はないらしい』
『ブラックスネーク。黒くてでかい蛇。毒は持っていないが顎の力が強いらしく、人の頭蓋くらいなら余裕で砕けることが予想される。これといって群れで活動することはなく、単体で狩りをする』
購入した紙の束に絵と一緒に今まで戦った魔獣の特徴を書いていく。日本語でだ。ついでにこの街の周りの地図と魔獣の分布。あと薬草はどういうのが採れるかも書いておく。
わざわざそんな事をしている理由は二つ。たまには使わないと忘れてしまいそうなのが一つ。二つ目の理由はなんとなく誰も読めない字で記録するってかっこよかったから。
魔獣を狩って依頼の報酬ではなく素材で儲けようと思ってからもう三カ月が経つ。その間達成した依頼の数は五十以上。どれも魔獣がらみだった。
おかげでかなりの額がたまった。というか、ラプトルがやたら出てくる。二位のゴブリンにダブルスコアつけての出現率だ。
正直、いつ森から魔獣が溢れてこないか心配ではある。早めに力をつけておかなくては。
幸い、現在の所持金は金貨六枚に大銅貨七枚。それ以下がたくさんといった感じだ。しばらく遊んで暮らせるのでは?
というかこれだけ買い取っているのにあのギルドはむしろ羽振りが良くなっている。店主の服が少し上等になったし、店も綺麗になった。まあ店の方は冒険者のせいですぐ汚れるのだが。
よほどあの店主が素材を売るのがうまいのか、それとも実は買取金額が誤魔化されているのか。たとえ後者でも、他に売り先が今のところない。
まあ、今はこれだけ金があれば十分だから無理に動いて敵を増やしたくはない。多少ちょろまかされているとしてもいいとしよう。無論、他の売り込み先を見つけたら事情は変わってくるが。
椅子から立ち上がって軽く伸びをする。
とりあえず今日は店主にそろそろ魔獣狩りはやめにして、中央区の剣術道場とやらに通ってみる事を報告しておこう。
依頼を受けるわけではないが、冒険者ギルドなので荒事があるかもしれない。念のためいつもの装備を身に着けて宿をでる。
今日はいい天気だ。ここ三日ほどは大雨だったから晴れてよかった。おかげでその間街の外に出れなかったほどだ。あまり雨が降ると作物に悪い。また食料が値上がりしてしまう。
街の外で狩りをして食い扶持をどうにかするのも手だが、流石に森へ勝手に入って日常的に狩りをするのはダメだろう。
なにより今は小金持ち。争いごとはしなくていいのだ。
そうこうしているうちにギルドに到着し、中に入る。
「おい、魔獣狩りだ……」
「この前もゴブリンを百体まとめて切り殺したってよ……」
「俺はレッサードラゴニュートを生きたまま食い殺したって聞いたぜ」
最初の頃から打って変わって、冒険者達はこちらを怯えた目で見てくる。特に彼らへ攻撃する理由はないのだが、まあ舐められるよりはマシか。
この三カ月間魔獣を狩っていると、依頼をしてくれた村を通った商人たちが自分の噂を流してくれたようだ。
今では『魔獣狩り』の二つ名で呼ばれるほどになっている。
それはそれとしてゴブリンを百体殺したとかは累計でいえばそれぐらい行くとはいえ、ラプトルを食い殺したはデマだ。食べられないか死体を焼いてみたに過ぎない。結果は臭いし硬いしで無理だった。
カウンターに到着し、店主に話しかけようとしたところで、店のドアが勢いよく開かれる。
「おい!ギルドマスターはいるか!」
仕立てのいい服を着た男が入ってくる。あれ、この流れデジャヴを感じる。ゴブリンの時を思い出す。
だが、その後の流れはかなり違う。店主は拭いていたコップを置いて珍しく愛想笑いを浮かべる。
「へえ、二階におりやす」
「すぐに案内しろ!」
店主の案内のもと男は奥に向かう。階段はそっちにあったのか。
「おい、なんだと思う」
「裏金でもバレたんじゃね?」
「んなのどこでもやってるだろ」
「馬鹿だな。そういうのを正義面して巻き上げるのが儲かるんだよ」
冒険者達は思い思いに予想を口にしていく。一番有力なのは弱みを握って金をゆする類だが、どうにも男の様子からして違う気がする。
というのも、似ているのだ。ゴブリンに村が襲われると焦っていた少年の雰囲気に。
どうにも嫌な予感がする。出来れば関わりたくないが、どうしたものか。いっそこの街を出るか?
よし、出よう。そうしよう。なんか僕の『危機察知』が微弱とはいえ反応している気がする。
そう思って踵を返したところで、ドタドタと大きな音を立てて店主が降りてきた。
「クロノは!魔獣狩りはいるか!?」
ギルド中の視線がこっちに向く。こっち見んな。
「その子供が噂の魔獣狩りだと?」
店主の後ろからあの男と見慣れない老人が降りてくる。老人の方は首から金で縁取られた銀のプレートを首から下げている。きっとギルドマスターだろう。
「まあいい。聞け、冒険者たちよ!」
老人が大声を出しながらギルドにいた冒険者を見回す。
「これより街は緊急事態令を出す。街の外に出ることは一切禁止だ。門も既に閉められている」
マジか。こっそり『気配遮断』で抜け出そうかと思っていたが、流石に無理か。いや、夜ならいけるか?
「今すぐ装備を整え、東門に向かえ。これはギルドからの命令だ。拒否する者は冒険者ギルドを追放する。いいな!」
ギルドにいた冒険者達はザワザワと小声で話し合う。
「おい、何が起きてるんだ」
「知らねえよ」
「これやばいんじゃないか?」
中々動こうとしない冒険者達に、男が前に出る。
「冒険者どもよ。これより行う作戦において武功を上げた者には金貨三枚をとらせる。いいか、金貨三枚だ」
これまたとんでもない金額が出てきた。だが、それがかえって不安をよぶ。
「そ、その作戦ってなんだ?」
冒険者の一人が声を上げる。それをジロリと男は睨んだ後、咳ばらいをしてから胸をはって告げる。
「作戦の内容は現場にて説明しよう。今は急いで装備を整えるんだ」
露骨に誤魔化した男に冒険者達が先程以上に不安を覚えたのが伝わってくる。だが、それを意に介した様子もなく老人が声を上げる。
「もとより貴様らに拒否権はないぞ!それとも冒険者をやめて食っていける道があるのか!」
その言葉に、ようやくしぶしぶといった様子で冒険者達が動き出す。
自分はどうしたものか。金は溜まった。暫くは生活に困らないだろう。就職先も最悪以前依頼で向かった村のどこかに自分を売り込めば狩人なり薬師なりいけるだろう。
だが、その選択肢はすぐに捨てる。
自分は成り上がりたい。せっかくチートをもって転生したのだ。普通に暮らす事は出来ない。
そもそも、『普通に生きる』の基準がこの世界と日本人で違い過ぎるのだ。日本での生活を知っている奴が、この世界の普通に耐えるのは苦痛以外の何ものでもない。
それに、自分の方を見て店主とギルドマスターがこそこそと話している。我ながら今生の見た目はかなり整っている。人相書きなんて簡単に広まるだろう。
ため息をついて、自分も東門に向かう。いったい何がこの街に起きるというのか。
* * *
東門について早々、街の外に出されて石集めをさせられる。
なんでこの人数で石を集めているのか考える。十中八九『投げる』ためだろう。何に対して?敵国でも攻めてくるのか、盗賊か。
敵国はありえない。この国の地図は知らないが、この街が国境近くとは聞いていない。
盗賊の可能性は低い。盗賊は街ほどの規模をもった集団に察知された段階で、攻めてくることはないだろう。少なくとも盗賊相手に戦うのを隠す必要もない。
となると考えられるのは一つ。魔獣だ。それも恐らくかなりの数の。
ただの獣なら壁に籠って戦えば容易に追い払えるし、そもそも街を襲うとは思えない。村とは違うのだ。
だが魔獣の集団は違う。ゴブリンやラプトルが浮かぶが、ゴブリンの方なら門を突破する事もありえなくはない。攻城兵器までは持っていないだろうが、素の身体能力で危険だ。
まあ、壁の上から石を投げるという条件なら、門に取りつかれる前に三十体はやれるはずだ。
他の冒険者や兵士も石とか矢で足止めするだろうし、問題なく勝てるだろう。
* * *
考えが甘かった。敵ではなく味方側への考えが。
「おい、なんで門が閉まってんだ!」
「開けろよ!どういうつもりだ!」
「俺達を生贄にする気かよ!?」
いつの間にか兵士は引き上げて門の外には冒険者だけ。これは、冒険者を肉壁として門を守るつもりなのだろう。
「冒険者達よ!その場にて石をなげ、己の武器で門を守るのだ!」
指揮官らしき男が壁の上から大声で呼びかける。
「ふざけんな!」
一人の冒険者が石をその指揮官めがけて投げる。だが届かない。壁が高いのもあるし、普通に壁にも柵がある。
指揮官が手を上げると、兵士が三人弓を冒険者に向ける。まさか。
「撃て」
放たれた矢が石を投げた冒険者に突き刺さる。二本は胸に、一本は頭にあたる。恐らく即死だ。
「抵抗する者、逃げようとする者は矢をくれてやる!わかったらそこで戦え野良犬ども!」
その声がどこか遠く感じる。心臓の音がうるさい。人間が殺されるところを初めて見た。
獣も魔獣もたくさん殺してきた。人に近い骨格をしているゴブリンも殺してきた。なのに、今更人の死を見ただけで呆然としてしまう。
自分の中で、驚くほど明確に線引きがされていたのだ。人と獣で、命の価値に貴賤をつけていた。
それは悪い事なのか?生物として、同族を死なせないよう考えるのは正しいはずだ。種の保存につながり、群れを成すことで自己の生存につながる。
いや、今はそれを考えている場合ではない。頭が混乱する。息が荒い。
「っ!?」
騒ぐ冒険者達をよそに、『危機察知』と『魔力感知』が反応する。街に一番近い森の方だ。
その方向に振り返り、目をこらす。十、二十、どんどん増える。とんでもない数だ。
「全員僕の前に立つな!」
集団を抜け出て積み上げた石の近くに立つ。それと同時に、森から魔獣が大挙として現れた。ラプトルだ。
「『筋力増強』『精密稼働』『鷹の目』『魔力装甲』」
瞬時にバフを盛り、石を投擲する。大して狙いを定めなくても当たる。それだけの数だ。明らかに百はいっている。
「く、くるなぁ!」
「畜生、三時間後って言ってたじゃねえか!」
「お、俺は逃げるぞ!」
ギルドで言っていた時間よりも早い。あの時には既に捨て駒にする気だったのか。
とにかく石を投げる。十秒で十五匹を倒した。だが、もう距離がない。
「『武器強化』!」
バフを『鷹の目』から『武器強化』に切り替える。『強化魔法』は熟練度の問題で同時に三つしかかけられない。
一番近いラプトルの首を刎ねる。横に首ごと斬り飛ばされるその個体をよそに、後続が突っ込んでくる。
ラプトルの波を避けながら斬りつけていくが、回避に意識がいく分仕留めきれないのも出てくる。
「ええいっ!」
苛立って上に跳びあがり、ラプトルの背に着地しながら首を斬りつける。そのまま次々とラプトルの背に飛び移りながら、頭や首を斬りつけていく。
地面にいてラプトルの波にのまれるのなら、いっそ地上にいなければいい。『軽業』スキルとバフによる身体能力のごり押しで義経じみた荒業を成し遂げる。
接敵から五分、既に打倒したラプトルの数は五十近い。だというのにまだラプトルが押し寄せる。おそらく、総数は百どころか二百を超えている。
自分の後方では、逃げる冒険者達をラプトル達が追い立てて嚙み殺している。捕食はしていない?殺す事を優先しているようで、食べる事に集中している個体は少ない。
いくらラプトルが頭のいい魔獣だからといって、こうはなるだろうか?そもそもなんの為にここまで来た。犠牲をいとわず前進し続けるのもおかしい。
自分が斬ったもの以外にも、壁の上から放たれた矢でハリネズミにされているラプトルは少なくない。
もしかして、何かに命令されて―――。
その時、『危機察知』のスキルが悲鳴を上げた。なにも考えることなく、ラプトルの背から飛び退いて地面を転がる。本来なら自殺行為だ。いかに『魔力装甲』があるとはいえ、この状況で地面に寝転がれば踏み殺されるか噛み殺されるかのどちらかだ。
だが、そうはならなかった。
先ほどまで自分が乗っていたラプトルも、その周囲にいたのも巻き込んで、炎の壁が丸ごと飲み込んだ。
「GYEEEEEEEEEEEE―――――!!!」
腹の底から響くような『咆哮』を聞きながら立ち上がって剣を構える。周囲のラプトルも、逃げていた冒険者達も、壁の上から矢と石で攻撃していた兵士達も動きを止める。
森の木々をへし折りながら現れる、巨大な体躯。所々に黄色い模様の入った深緑の鱗で全身を覆い、金色の目で小さき命を睥睨する。丸太よりも太い後ろ足で二足歩行し、退化した前足は短い。
何より特徴的なのは、頭部。巨体に見合った大きく強靭な顎に、鋭く並んだ牙。一対の角が後ろに延び、口の端から小さく炎が漏れている。
「ど、ドラゴニュートだぁぁぁあああ!」
誰かが悲鳴を上げる。それに応えるように、ドラゴニュートも雄叫びを上げた。
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