第八話 追撃と弔い
第八話 追撃と弔い
サイド クロノ
夜の森の中、村から距離を取ろうとするゴブリン達を眺める。敗走だというのに、はぐれることなく固まって動いているのはさすがだと思う。
「『筋力増強』『精密稼働』『鷹の目』」
バフをもり、『夜目』との合わせ技で遠くから投擲する。投げるのは村で回収した矢だ。
ゴブリン達も周囲を警戒しながら進んでいたが、夜の森で全方位に意識を割くのは無理だ。
放たれた矢はゴブリンの耳に突き刺さり、そのまま脳へ。
その個体が倒れるのを周りのゴブリンが気づくよりも先に、もう一本を投擲する。それがもう一匹仕留めたところで、他のゴブリンが声を上げた。
「ギエッ!」
すぐさま盾を構えて互いに背中合わせでかばい合う。まるで軍隊を相手にしている気分になってきた。
だが、これはもはや『狩り』である。たとえ傲慢ととられようと、純然たる事実だ。
先ほどの位置から移動しながら、頭を狙って矢を投げる。当然、それは盾に阻まれた。だから、次は足に向かって投げた。
「ギャッ!?」
バランスを崩すゴブリンを、すぐさま二投目で仕留める。
ゴブリン達はわめきながら盾を構えるが、今の要領で次々仕留めていく。回収した矢はまだまだある。
そのうち盾を捨てて逃げようとした個体がいたが、逆に狙いやすかったのでそいつは一投で仕留めた。
やがて、最後の一体になる。そいつは武器も盾も捨てて頭を抱え、仲間の死体に隠れるように蹲っている。
「ギェェェ……!」
その個体に『気配遮断』を使って音もなく近づき、背中を踏みつけながら首と後頭部の隙間に剣を突き立て、断末魔をあげる間もなく仕留める。
こうして、ゴブリン退治は幕を下ろした。
* * *
村に戻ると、村人たちが死んだものの埋葬と、怪我人の治療を行っているところだった。
「あ、あんたは……」
森の方を監視していた村人と目が合う。
「ただいま戻りました。ゴブリンは全滅させましたよ」
「え、ほ、本当か?いや、疑うわけじゃないんだが……」
「お気持ちはわかります。なので、これが証拠です」
そういって、紐にとおして持ってきた『ゴブリンの右耳』を見せる。数もちゃんと十四ある。
「ひっ」
村人が一歩さがる。いや、気持ちはわかるけどひくのはやめて欲しい。
自分でもサイコパスっぽくない?とは思ったのだが、村人がちゃんと倒したと証明しないと安心できないとも思ったのだ。だが全身持ってくるのは無理なので、耳で妥協した。正直切り取りながらメンタルに地味にダメージを負った。
「わ、わかった。とにかく村長のところに」
「はい」
そのまま怪我人の手当てを手伝っていた村長のところに向かい、ゴブリンの耳を見せる。
「ありがとうございます……ありがとうございます……」
村長は泣きながら感謝の言葉を口にしていた。命が助かったからか、それとも逆に助けられない命があったからか。
なんにせよ、一応依頼は終わったのだが………。
軽く見ただけでも、腕を骨折してしまっている人や、足が原型をとどめないほど潰れてしまっている子供、鼻が抉れている少女など、怪我人が多くいる。
「手伝います」
そういって、足が潰れている子供のもとに向かう。
「そ、その子供はもう……」
力なく制止する村人を手で制し、子供の傍ですすり泣く両親とは反対側にしゃがむ。
「『中位回復』」
呪文を唱えて患部に手をかざすと、緑色の光が子供をつつみこむ。
「こ、これは」
「足が!?」
原型をとどめていなかった足が、光が収まる頃にはうっすら跡が残っている程度まで回復していた。跡も一週間もすれば消えるだろう。
「かあ、ちゃん……?」
意識のなかった子供がうっすら目を開けて母親を呼ぶ。
「失った血を戻したわけではありません。栄養を取らせ、ゆっくり休ませてください」
「あ、ありがとうございます!」
「なんとお礼を言っていいか!」
両親は子供を抱きしめながら頭を下げる。それを微笑んで済ませ、他の怪我人に向かう。
さて、次は呆けた顔でこちらを見ている鼻が抉れた少女だが、亡くした部分を復元するのは今の自分には難しい。
しょうがないので、『白魔法』の熟練度に先ほどのゴブリン狩りのスキルポイントを半分ほど割り振る。これで千切れた手足でも生やせるだろう。
それからしばらく、ひたすら怪我人の治療に当たった。
* * *
怪我人を治療し終え、死んだ者の埋葬も済んだ。
依頼は完全に終わったと判断し、村長に向き直る。
「これで、依頼は達成されたと判断していいでしょうか?」
「はい、もちろんです。むしろそれ以上の事をしていただきました」
「それで、報酬の件なのですが……」
切り出しづらいが、言っておかなくては。
村長は申し訳なさそうな顔をして、静かに頷く。
「はい、お支払いします。孫に街へ行かせたとき、金貨三枚なら払えると言っておいたはずです」
あの少年が孫だったのか。
それにしても金貨三枚。十分に大金だ。普段の様子を知らないが、今のこの村に払える能力があるだろうか。
いや、もし払えたとしても、その後この村はやっていけるのか。
「な、なあ、冒険者様」
村長の孫である少年が話しかけてくる。その顔は怯えたような、申し訳なさそうな、そんな顔だ。
「報酬を、ちょっとだけ待ってくれないか」
「これ、いったいなにを」
「けどよじいちゃん。今金貨三枚も払ったら、この村は」
周りの村人も難しい顔でこちらの話を聞いている。
やはり、この村に報酬を今すぐ払う余裕はないか。
「お願いします。俺にできることならなんでもします。だから、少しだけ、少しだけでいいんです。支払いを待ってくれませんか」
少年が深く頭を下げる。そのつむじを見ながら、考える。
冒険者として正しい判断は、今すぐ報酬を受け取ることだ。たとえそれが力づくになったとしても。
支払いを待ってあげる義理はないし、そもそも待つと言ってもどれぐらい待てばいいのかという話になる。
だが、人として、この村にあった惨状を見たうえで、その決断ができるか。
「申し訳ありません、冒険者様。そこの孫が言った事はどうぞお忘れください」
「じいちゃん!」
「黙れ馬鹿者。この方にわしらの都合を押し付けていい理由はない」
村長が少年を一睨みで黙らせる。
「けどこの村は……」
「食料も他の村から買わないと……」
「だけど、文句なんて言って殺されたら……」
周りの村人達も小声で相談しあうが、誰もこちらにはやってこない。うっすら怖がられている気がする。
考える。考える。考えた結果、自分でも驚くぐらい大きなため息が出た。
「村長の言う通り、契約は契約。報酬はすぐに一括で払っていただきます」
「はい。明日までに用意させて頂きます」
「ですが、かなり疲れたのでしばらくこの村にお世話になります」
「は、はい。それはもう」
「その宿泊費に、報酬を当てさせていただきます」
「え?」
村長と少年、周りの村人たちが驚きの声を上げる。
「だから、金貨三枚分、できる範囲でもてなしてください。それでちゃらです」
自分でもかなり馬鹿な選択をしたと思っている。だが、良心を失いたくはないのだ。
前世から持ち越せたのは記憶と人格、それに伴う価値観のみ。その価値観からして、この村を干上がらせてでも報酬を頂くのは良心に反する。
決してこの村の為ではない。
「よ、よろしいのですか!?」
「よろしいもよろしくないも、疲れたのは事実です。それでいいにしましょう」
「あ、ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
村長とその孫が頭を下げ、村人たちが安堵の息を吐く。
さてはて、よく考えたらもてなされるって何をされるのだろう。今生で経験がないから、ちょっとだけ楽しみではある。
* * *
「みなのもの!村は救われた。ささやかではあるが感謝の宴だ!大いに騒げ!」
「「「おー!」」」
いやもてなせとは言ったが、宴まで開けと要求したつもりはなかったのだが。
大きな焚火を中心に、村中から少しずつもちよった食べ物や酒で村人たちが宴を開いていると、気づいたことがあった。
笑っているが、泣いている。泣きながら笑っているのだ。
「こんな時にって思うかもしれませんけど、これは必要な事なんです」
少年がこちらに歩いてくる。
「村に凶事が起きた時、宴を開いて騒がないと、悪霊が死体に乗り移って悪さをするって言われているんです」
「悪霊ですか」
それは獣が血の匂いに引き寄せられてやってくるのを防ぐためなのか、それともガチで悪霊対策なのか。魔法のある異世界なので判断に困る。
「それに、生きている者は死んだやつの分まで生きる義務があります。だから、どれだけ悲しくても笑わなきゃいけないんです」
「生きる義務、ですか………」
今まで森で多くの命を奪い、それを食べて生きながらえてきた。だからこそ、自分も生きていかなければならないのかもしれない。
まあ元々自分の場合生きる気満々だが。
「なんて、じいちゃんからの受け売りですけどね!」
少年が照れくさそうに笑う。
「いいえ。貴方はその言葉を理解し、実践できている。なら、それはもう貴方の言葉です。恥じらう必要はありません」
そう言って笑いかけると、何故か少年が頬を染めて目をそらす。
「そ、それにしても、その年で凄い強さですね!」
「まあ、はい。誇れる力でもありませんが」
なんせチートなので。
「そんな事はないですよ!しかも、び、美少女なのにそれだけ強いんだから、やっぱ付き合っている人とかいるんですかね!?」
「付き合っている人は残念ながらいません。というか、美少女ではありませんが」
「そ、そうなんですか!あと、めちゃくちゃ美人なんだから、そんな謙遜」
「いや、そうではなく、僕は男です」
「えっ」
「え」
どうやら女と勘違いされていたらしい。まあ今生の見た目は見た目少女のようなのでわかりづらいだろう。
だが、そこで先ほどまでの少年の様子を思い出す。そこに、女と勘違いしていた事実を照らし合わせる。
「あっ」
とんでもない事実に気づいてしまった。いや、まだただの自意識過剰という可能性もある。そうに違いない。
少年の様子をうかがうと、未だ硬直したままだった。
「お、俺……」
「はい」
「じいちゃんみたいに男でもいけるよう頑張ります!」
「頑張らないでください。マジで」
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