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沈黙は 雄弁は 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 うーん、関西の人を見てると、感心するところが多いなあ。

 なにに感心するかって? いろいろあるけど、僕にとってはマシンガントークかな。

 偏見かもしんないけどさ、関東の人より関西の人の方が、舌が回ってるような気がしない? 少なくとも、僕の周りにいる人は。


 あそこまで盛大にまくしたてるの、舌だけじゃなくて頭の回転もよくないと、うまくいかない。連歌とかも、引き出しの多さと、とっさにつなげる判断力がものをいうからね。それらが生まれた、古来の上方文化の遺伝子が、受け継がれてるんじゃないかと思うのよ。

 関東はその点、武士政権だし? 口八丁より実力で黙らせるのを美徳としている節があるような気がする。

 関東はがり勉、関西は瀟洒というか……あくまで、偏見だぞ? どちらかを貶める意図はないぞ?

 雄弁か沈黙か。はるか前より格付けがされているものだが、果たしてそれは現代の俺たちの解釈で正しいのか?

 そう疑うきっかけになった話があるんだ。聞いてみないか?

 

 

「寿限無」の演目、君も知っているよな?

 子供に良い名前をつけようと、縁起の良いものを片っ端からくっつけてしまい、とてつもなく長い名前になってしまった。その名前の長さがもとで、様々な騒動が起こり……というのがお約束の流れだ。

 僕の友達の学校だと、小学校1年生から6年生まで、この名前をそらんじることが課題のひとつとして出される。定期的に確認がされて、もしどこかで間違えたりすると、居残りも辞さない厳しさだとか。

 しかしそこは、子供ゆえの協力と記憶力のおかげか、ミスする子はほとんどいなかったそうだ。低学年くらいだと、覚えたことを繰り返すことが面白いらしく、登下校中にも一緒に帰る友達と「どれだけ早く言えるか」「それっぽい、めでたい言葉を付け足して、ちゃんと話すことができるか」などを競っている。


 だが高学年になると、その手のはばかりないおしゃべりを敬遠しがちだ。特に男に多いかな。登下校でのバカ騒ぎというのは、よっぽど面白いネタをつかんだときくらいじゃないと、そうそうするもんじゃない。

 ボロが出るのを恐れる。10年も生きてくると、人の目が少しずつ気になってくるもの。

 下手なことを口走る、あるいはただ大声で話して歩くだけでも、誰がどのように自分を見てくるか分からない。

 沈黙は金だ。黙っていれば評価こそ上がらないが、下がりもしない。掘られる可能性のあった墓穴は埋まり、あとはその地面に金のチリを積もらせ、山としていけばいい。


「じゅげむじゅげむ、ごこうのすりきれ、かいじゃりすいぎょの……」


 その日の友達は、自由登校期間に入ったこともあり、ひとりで下校していた。

 学校を出てしばらくは聞こえていた、低学年の「寿限無」。それから自然と遠ざかり、一本のトンネルに友達は差し掛かる。

 別におかしなことはない。自動車専用道路として、地域を横断するように渡されている高架。その下の一カ所を通るだけの話だ。

 大型車もすれ違い可能なほど幅広く、通学路にも指定されているポイント。友達だって、いつも通っている道だ。

 

 ざり……。

 それは一歩、トンネルへ踏み入った友達の足元と、少し離れた背後でほぼ同時に立った二つの音。

 友達は振り返る。時季外れの長袖、長ズボンを身に着けた、大学生前後と思われる背の高い男性が、ほんの数メートル後ろにいた。

 こちらに背中を向けており、顔は分からない。友達もこの時は、たいして問題にせずトンネルへ向き直ったのだけど。

 

 ざり……。

 数歩歩いて、またも背後からの足音が続いた。

 歩くのをやめる。落書きだらけのトンネルの壁に、反響する音はきれいになくなった。だが、なお耳を澄ませてみると、繰り返し小さく地面を蹴っている音がする。

 振り返った。明かりのないトンネルは、いまは出入口より入ってくる光を頼りに、中を見通すよりない。けれどもその輪郭は、光に頼らなくてもはっきり見えた。

 トンネル前ですぐ後ろにいた、大学生くらいの男性。それがまた、自分のそばで背を向けて歩いていたのだから。



 ぐっと、のどへこみ上げてくるものに、耐える友達。

 つけられているか、それとももっとやばい奴なのか……。

 動かないまま、友達はその男を見つめ続ける。視線を外したら、まずいと思ったんだ。

 相変わらず、男は向こうへ去る素振りを見せる……いや、本当に見せているだけ。

 男は足を動かしながら、その場から一歩も遠ざかっていない。足元の石を靴底でこすりながら、足踏みするばかり。

 十秒、二十秒だろうが、ずっとずっと、だ。


 汗が頬を伝うとともに、思わず吐きかける息をどうにか、喉奥へ引っ込める。

 目を彼から離さないまま、友達はじりっと後ずさった。彼は動く様子を見せない。

 もう一歩、もう二歩。あえて大きな足音も出してやったが、相手は足踏みをやめる様子はなかった。

 すでにトンネルは半分以上過ぎている。このまま視線を向け続ければ……。



 ざり……。

 新しい音が背後でして、友達は一気に鳥肌が立つ。


 ――複数犯!


 完全に不覚をとった。

 あの男はおとり。ぴったり自分をマークして、注意を引くのが目的。本命は、トンネルの出口側で待っていた……。

 とん、と何かが背中にぶつかるや、たちまち上へ下へ沸き立つ鳥肌。そして両頬にもぴたりと、凍り付くような冷たい手が触れてきて……。



「じゅげむじゅげむ、ごこうのすりきれ、かいじゃりすいぎょの……」


 トンネル前方から、かすかに聞こえてくる「寿限無」の名前。

 とたん、目の前にいた男も、背後から触れてきた寒気も、ぱたっと消え去った。代わりに、友達の鼻腔をくすぐるのは、理科でも嗅いだアンモニアの香り。無防備にひと吸いしてしまったのとほぼ同じで、ついうずくまって鼻の痛みをしばらくこらえなくてはいけなくなったとか。

 その友達の横を、小学校の低学年と思しき子たちが、けげんそうな顔をして通り過ぎていったらしいんだよ。


 雄弁は銀。されどもそれは必ずしも二番手という意味合いにあらず。

 毒をはかり、暴くのは銀の持つ特性。そして古来、伝わる言霊、呪文、おまじないはいずれも口から出すもの。

 多くしゃべることは、ときに毒をあらかじめ暴き、遠ざける力があるのかもしれないと、友達は話してくれたのさ。

 


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