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「いやあ、ほんとたすかったわぁ」
バクバクと尻尾で器用にフォークを持って焼けたタレ漬け熊肉を食べる。
たしかに短い手よりも尻尾の方が便利そうだ。
「なんか変な奴に狙われてて、うかうかご飯も食べられなかったのよね」
「変な奴?」
「それにしてもこのお肉美味しいわぁ。やっぱり魔女は料理上手よね」
「そりゃどうも」
「素材に魔力がよく馴染んでる。こればっかりは魔女じゃないとできないことよね」
なんだかその褒め方。
魔力が味に関係する? そんなの聞いたことないけど。
「あら知らないの? 魔女といえば昔はお料理番として神族に仕えていたのよ」
「なにそれ初耳」
「知らないの? だから魔女の料理は美味しいの」
「ふうん」
魔女で食べ物を売りにしてるのってポルルのお菓子ぐらいじゃないかな?
あれ? 私は普通に魔女の鍋で料理してたけど、他の魔女ってどうだろう。サンドラはしてたっけ?
「なるほどね~興味深い」
「あの、それも気になるけど……」
と、アンリシアが困った顔で声をかけてくる。
「レイン、目的があるでしょ」
「ああ、そうだった」
「なになに? なにかアタシに用? こんなの御馳走になっちゃったから、できることならしてあげるわよ」
「涙ちょうだい」
「涙?」
「そ、ちょっと薬作るのに要るのよね」
「涙ね~悪いけど、アタシって泣かない女なのよね。涙を見せるのは負けだと思っているの」
「大丈夫。眼球引っこ抜けば涙腺も付いてくると思うの」
「……まぁ待ちなさい」
気取った風にそう言った赤竜女帝だけど、私の気楽な返しに赤い鱗の表面からだらだらと汗を流し出した。
鱗の上から。
器用な竜だね。
「心配しなくても、慣れてるからスパッといけるよ」
「それ、ぜんぜん大丈夫じゃないわよ~。どうしたら竜の眼球を抜くのに慣れられるのよ。怖すぎるわよ」
「そりゃあ、竜の料理もいろいろやったことあるし」
「竜の料理なんていまどきどこでたくさん作れるっていうの!」
「え? 私の修業場」
「修業場? ……ちょっと待って、それってどこよ?」
「え~」
私は村の名前を言ってみた。
でもさすがに竜が人間の国の村の名前まで覚えてるわけもなく、山の場所なんかで言い合っていく。
その内、赤竜女帝の顔が青ざめた。赤いくせに。
「あんたもしかして、時間保管庫に入ったんじゃないでしょうね?」
「なんぞそれ?」
「とんでもなく強い連中がいるところよ」
「うーん……まぁ……そこかな?」
時間保管庫なんて名前は初めて聞いた。
そういえばあそこって何て名前だっけ?
ゲームしてるときは隠しダンジョンと隠し工房って勝手に名付けてたから正式名称覚えてないのよね。
私の曖昧な反応に赤竜女帝は落ち着かない様子になっている。
「ね、ねぇあなた……まさかその迷宮、一番奥まで行ったりとかしてないわよね?」
「ええ……さらに隠しがあるとかじゃないなら、奥まで行ったんじゃないかな?」
「ありえない。なんなのよあなた」
「魔女だよ」
「そんなの知ってるわよ。ああ……いいわよもう。あんた相手に冗談なんかやってたら命が幾つあっても足りないってのはわかったわ。でも、アタシの涙はそう簡単に出ないの。だから手伝って」
「抜くの?」
「抜かないわよ! そうじゃなくて、これ」
と、赤竜女帝がお腹を撫でる。
「もうすぐお産なの。そのときにはアタシだって涙が出るから、それを持っていけばいいじゃない」
「ウミガメ?」
「え? ウミガメ? なに?」
「なんでもない」
お産の時に涙って、ウミガメのイメージなんだけど、違う?
「お願いよ。なんだか今回は難産の予感がするのよ。魔女が産婆をしてくれるならこれほど心強いことはないわ。ちゃんとお礼もするから」
「なんで難産だってわかるわけ?」
「ずっと誰かに付け回されてるのよ。それで気分が滅入っちゃって……」
「そういえば、最初にそんなこと言ってたっけ」
「ねぇ、お願いよ」
「レイン、助けてあげましょう」
まどろっこしいなぁと渋っているとアンリシアが声をかけてきた。
「困っているなら助けてあげないと」
「そうなんだけどね」
それに、一度食事を振る舞っているからね。こういうことをすると情が湧くよね。
「でも、アンリはなにか別の思惑がありそう?」
「だって赤ちゃんよ! わたし、竜の赤ちゃんが見たいわ!」
「ああ……そっちですか」
ううん……でも竜って確か……。
まぁいいか。
そんなわけで、私たちは赤竜女帝のお産を手伝うことになった。
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