13
万全にも完璧にも程遠いけど全力を尽くした結果、アンリシアに「多すぎます!」と怒られた。
結局、上級回復薬と解毒薬を二本ずつ、それから月銀の指輪しかもらってくれなかった。
「そんな……ヒドラとか出てきたらどうする気なの?」
超再生と嫌になるぐらいの防御力と多種の毒を持つ、めんどくさいランダムエンカウントボスモンスターの代表選手だよ。毒かけられまくりだよ? 解毒薬二本じゃ足りないよ?
「そんなのは出てきません。どこの魔境ですか⁉」
そんな感じでアンリシアは私の言葉を聞いてくれなかった。
「もう、アンリシアはちょっと世間を舐め過ぎだね」
貴族の令嬢だから仕方ないにしても。ランダムエンカウントボスモンスター(以下REBM)が出ないなんて思ってはいけない。
実際、私が王都に来る途中で一度遭遇しているのだ。
ヒドラじゃないけどね。
それよりも低位のオーク戦士長だったけど、それでも遭遇した行商人一家が全滅しそうになっていたのだ。
オーク戦士長(REBMレベル3)が出てくるならヒドラ(REBMレベル10)が出て来てもおかしくないのではなかろうか。いいや、おかしくない。
「むう、こうなったら仕方ない」
アンリシアを影から守るしかない!
そう心に決めた当日。
というわけで先回りして王都の外にでた私は姿隠しの魔法を使ってアンリシアたちが出てくるのを待った。
「おおう……」
やがて現れたそれに、私は思わず声が出てしまい、近くにいたおじさんを驚かせてしまった。
豪華な馬車の列。
しかもただの馬車じゃない。その一つ一つに貴族家の紋章が刻まれている。
馬車の左右にはそれぞれの家の私兵が配置されて不埒者が近づくことを許さない。
「…………」
大名行列ならぬ貴族行列に私はぽかんとして、思わずそのまま見送ってしまいそうになった。
「貴族すげぇ」
我知らず呟いてしまう。
それでも列の中央辺りでバーレント公爵家の紋章を見つけると我に帰れたので追いかける。
その後ろには公爵家よりも立派な馬車がある。
もちろんマウレフィト王家の馬車だ。
きっとあの中にはこの間の王子がいるのだろう。
もちろん、それだけでなく他のキャラクターたちも。
現在の国政に関わる重要人物の子息たちがこの列の中にいるのだから、こんな仰々しい列になったとしても仕方のないことなのかもしれない。
貴族行列は一時間ほどゆるゆると進み、この間とは違う森の前で止まった。
しかし、こんなところまできて何をするのだろうか?
みんなで仲良くレベル上げ?
この大人数で殴ったって経験値の分配は雀の涙以下だろうに。
なんて考えていたら、馬車から降りた子息たちは学園の教師たちがいる場所に集まり、説明を聞いている。
野外活動とか言っていたが、簡単に言えば遠足だ。目的地まで移動して、お弁当を食べて、学校に戻る。それだけのことらしい。
ここでしばらくの自由時間を過ごし、野外でのお食事会を楽しんだら、最後にちょっとしたイベントを鑑賞して帰るのだそうだ。
「これなら、たいした問題も起こらなそうね」
それなら、自分の知らない普段のアンリシアを眺めつつ、他のキャラクター連中のいまを観察するのもいいかもしれない。
そう考えてこっそりとアンリシアの後ろに付く。
ふふふ……私の隠密行動を舐めてはいけない。
レベルがカンストして戦闘の意味がドロップアイテムしかなくなってからは、必要以上の戦闘をしないように姿隠しの魔法で見つからないように移動していたのだ。
この前とは状況が違う。なにか起こらない限り姿を隠し続けられるのだから楽なものだ。
教師の説明が終わり、学園の学生たちが動き出す。
「殿下、ご一緒してもよろしいですか?」
アンリシアはどうするのかと思っていると、当たり前のように二人の女の子が彼女の背後に控え、そのまま王子に声をかけた。
「もちろんだよアンリシア」
そう言ってリヒター王子が笑う。気弱なその笑みにぎょっとした。
誰だこいつ?
いやいや……私が知っている王子としてはこの反応の方が正しいのだけど、ならあの森で見た王子はどうなる?
あれ? どっちがこの人の本性?
その王子の後ろにもアンリシアみたいに何人かが付き従っている。
知っている顔がいる。騎士団長の子供たちウィルビスとセイラ。宰相の息子トニーに、魔女派貴族トップの息子マルダナだ。
『マウレフィト王国編』の攻略対象が勢ぞろいだ。
「殿下、私もご一緒させてください!」
「もちろんだよマリベール」
さらに近づいてきたのは王子の婚約者候補のマリベール。
つまり、アンリシアのライバル。
そんな風にぞろぞろと王子の周りに人が集まり、気が付けば一クラス分くらいの人の輪ができていた。
これらがみんな王子目当てで集まっているのだ。
まちがいなく、ここに王宮相関図の縮小版みたいなのができているに違いない。この輪に集まっていない貴族の子たちはその親もやはり王宮ではこんな風に外側に追いやられているに違いない。
ああ、怖い怖い。
そんな中にいるアンリシアも私と会っている時とは違う顔をしている。
いつもよりも澄ましている顔……ゲームの中のアンリシアに近い。
つまり、私といる時の彼女はかなり油断しているってことよね。
ふふ~ん!
なんて内心ドヤりつつ、そっとアンリシアの側に位置取る。
と、いきなり彼女がこっちを見た。
「?」
「どうかなさいました、アンリシア様?」
「……いえ、なにも」
背後に控えている女の子たちに聞かれ、アンリシアは首を傾げながらも視線を戻す。
あれ? なにか感付かれた?
指輪に付与した魔法は二つ。毒無効と護衛の魔法。感覚強化はないから私のことに気付くとは思えないんだけど。
でも、なんだかドキドキした。
「見てください。このマント! サンドラの作った守護のマントなのですよ!」
なんて自慢の声が聞こえて来て、彼女の視線が完全にこちらから外れる。
自慢してるのはマルダナだ。魔女派貴族トップであるナルナラ公爵の息子。魔女マニアだ。その立場を利用して魔女の作った物品を集めるのを趣味にしているんだけど、もうこの時点でその性癖は開花していたみたいだ。
それにしてもサンドラ製のマントね……どれどれ?
うん、まぁ……素材は良いね。込められた魔法も無難。
「へぇ、それは凄いね」
「はい!」
王子に褒められて調子に乗ったマルダナがアンリシアに目をやる。
「アンリシア様たちももっと身を守る術には気を付けた方がいいんじゃないかな? 魔女と仲良くして彼女たちの力を身に着けるべきだよ」
「御心配ありがとうございます。マルダナ様。ちゃんと十分な備えはしていますよ」
「ふ~ん? 本当かなぁ?」
魔女派と保守派の代理戦争だ。
見えない火花がバチバチ散っているみたいに見えているかもしれないけれど、主に火花を放っているのはマルダナだけで、アンリシアは静かにやり過ごしているようにも見える。
「君たち、殿下が困っている」
「おっと、失礼しました」
「失礼いたしました、殿下」
「ううん、いいんだよ」
宰相の息子トニーの言葉で二人はすぐに王子に頭を下げる。
苦笑をにじませた弱い笑みでリヒター王子は二人の謝罪を受ける。
「殿下を困らせるマルは死ぬべきだと思う」
「こら、セイラ。いくらマルでも死ぬのはかわいそうだ」
「君たちはいつも失礼だな!」
ウィルビスとセイラの双子兄妹のやりとりで笑いが起きる。
貴族の縮図ではあっても多少は砕けた雰囲気もある……ということなのかな?
「それよりもあの花はなんという名前なのだろう? 誰か知っているかな?」
そしてリヒター王子が無難な会話に落ち着かせる。
もっとぎすぎすしているのかと思ったけどそんなことはなかった。
誰かがアンリシアをイジメていたら懲らしめてやろうと思っていたけどそんなこともない。
なら後はREBMが出てこないか見張るだけだね。
日本の小学生ならひたすら走り回ってそうな草原を、貴族の子女たちはあははうふふと笑いながらうろうろするだけで時間を潰し、さらに食事も侍女たちが持ち寄ったテーブルでお上品に済ませ、なにやら最後のイベントが始まる。
イベント……どうもこれは遠足じゃなくて日帰りバスツアーならぬ馬車ツアーだったらしい。
で、そのイベントは狩りだったようだ。
森の中から追い出された獣やモンスターを待ち構えた猟師や騎士たちが倒す。血なまぐさいイベントだけど貴族って狩りが好きなイメージがあるし、これが普通なのかな? ゲームだとこんなのなかったけど。
追い立て役によって森から飛び出してきた狐みたいな獣は猟師の弓で倒されていく。はぐれのゴブリンがいたみたいでそれが出てきて騎士に倒された時には女性陣からは悲鳴が、男性陣からは歓声があがった。
「……あまり、こういうのは好きではありません」
と、アンリシアが言う。
「女の子には過激すぎるかな?」
マルダナがニヤニヤと突っかかって来る。むう、マルの癖に偉そうだ。
「そういうことではなく、命を弄んでいるみたいで楽しくはない、と言っているのです」
「ふうん」
アンリシアの言葉はひどくまっとうに聞こえるのだけど、マルダナには負け惜しみに聞こえるみたいだ。まったく、マルはバカだなぁ。
「そんなことではいざというときに殿下のお役に立つことはできないかもしれないよ。やはり、僕のようにいざというときのために力を身に着けておかなくてはね!」
なんて、マルダナが偉そうに断言したときだ。
ドバン!
そんな感じの音が響く。
「え?」
驚いたマルダナ……だけでなくみながそちらを見る。
とうてい森にいたとは思えないような巨大なサイが木と騎士を吹き飛ばしながら森から出てきた。
REBMレベル8のライノロードだ。
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