「まぁそうなるな」を序盤に持ち、「なんでや」を終盤に持つ話
「今回の戦闘結果は空母撃沈3、敵中破確認12、内訳空母3、巡洋艦3、駆逐艦6、戦闘機撃墜120。当方の損害は空母撃沈1、中破15、内訳空母5、戦艦1、巡洋艦3、駆逐艦6、小破7、内訳戦艦2、巡洋艦2、駆逐艦3、戦闘機撃墜133です。上陸部隊は六割が上陸に成功、物資は予定量の半分の揚陸に留まっています」
「まぁ、そうなるな」
無機質な自動音声による戦闘シミュレータの分析結果を聞きながら、思わず独り言つ。
昨今流行りのMMO海戦RTSの画面を眺め、戦況分析を試みる。
「ちょっと戦闘機の撃墜が多いな、中破艦の修繕と、撃沈された空母の代艦の検討が必要か?」
俺の問いかけを皮切りに、ヘッドセットから自クランの仲間の声が次々と聞こえてくる。
「我々海軍としてはそれで構わないだろうが、揚陸物資が少なすぎる。せめて七割は揚陸したかったが……」
揚陸の失敗に歯噛みしているのは、この海戦ゲーム随一の陸軍好き、ナオトだ。こんなゲームをやるぐらいだから提督やら将校やらから名前をとったのかと思えば、本名の下の名前そのままだそうだ。実名をそのままネット空間にさらすあたりにジェネレーションギャップを感じざるを得ないが、戦略を提案する能力は不足なく、そのことが実際の年齢を不明にしている。
「陸軍としては海軍の意見に反対である、か……」
メンバーの一人――ハンドルネームは「イソハチ」だったか――が、古のSLGゲームの有名なセリフを引用して自嘲的に鼻を鳴らす。
どうしてそんな細かいところまで再現したんだ、と運営に悪態でも吐きたくなるが、それよりも今やらなければいけないことは、戦果報告をもとに次の行動を決め、敵方のクランに降伏させるための「詰将棋」を解くことだ。
一瞬の沈黙を、俺がともかく、と打ち破り、そして言葉を続ける。
「幸いなのは、今回の戦闘でこちらの将校クラスに死亡者が出なかった一方、向こうではあの『寝る村』が死亡扱いになったことか……」
戦況によって死者、もといゲームオーバーになる将校が出るのも、このゲームの特徴である。そして、艦隊長クラス敵方の有名プレイヤーが、今回の戦闘で「ゲームオーバー」になったことに、海軍大本営、もとい「制服組プレイヤー」は安堵のため息を漏らす。
「それもそうだが、今考えなければいけないのは南方の戦線・兵站の維持、その橋頭保となるナ島の奪還・継続的な占領の手段だ。陸軍がナ島をしっかりと抑え、完全にこちら側に持ってきてくれてこそ、我々の勝利が近づく、というものだろう」
「まるで本当の二次大戦を見ている気分だよ、ミッドウェーに辛くも勝利した日本軍は、どこまで戦線を広げ、どのタイミングでの講和に持ち込むのか、僕としては非常に面白い展開になっている、と思うよ」
ナオトの言葉に答えるのは、カイル。ナルシシズムを地で行くような発言を繰り返すが、本人曰く「そういうキャラクターを、ペルソナを演じてるだけさ」とのこと。
「そんなことはいいじゃないの。私たちが当時の日本軍と、いいえ、当時の軍隊と違うのは、補給の重要性を理解していることなのだから」
最後に口をはさんだのは、このクランの紅一点、通称「委員長」だ。本人のハンドルネームは『♪しほ♪』とかいう戦争ゲームには似ても似つかないかわいらしいものなのだが、「しほさん」なんて呼ぼう日には、血の雨が降る。
「輜重輸卒が兵隊ならば、蝶々蜻蛉も鳥のうち、なんてのは、今日日流行らんからな。海軍としてもナ島を橋頭保にすれば、長距離爆撃機で敵艦隊への牽制、あわよくば本土爆撃も可能になる」
「そうね。北方戦線は最低限の潜水艦による妨害程度にとどめ、ほぼ主力戦力を集中させ、ナ島奪還を行うのが直近の目標ね」
イソハチの言葉に、委員長が答える。
「賛成するよ。僕から見ても、それ以外の方策は見えないからね」
「賛成だ」
「これは、陸軍としては海軍の判断に賛成である、とでも答えておかないといけないか?」
「じゃあ、決定でよさそうだな。北方海域に展開中の第三部隊は南方へ転戦、損傷艦は状態が判明次第再検討、というところが落としどこ……ん?」
会議がまとまりかけたところで、ゲーム内音声のサイレンに会話を中断させられる。
「ふぁっ!? なんでや!?」
カイルの声が聞こえてくる。完全にキャラクターが崩壊した発言だったが、誰も気に留めるものはいなかった。
「は? 空襲警報? 前線からじゃ長距離爆撃機でも届かないだろ!? バグじゃねーのか!?」
ナオトの声が心なし震えている。
「……ここは運河じゃないんだがな、あとは死なないように祈るしかないか」
対照的に、イソハチの声は諦観からか落ち着いて聞こえる。
俺も「シェルターに退避」コマンドを実行はしてみるが、正直いってコマンドが成功するビジョンが見えない。
そして数瞬後、ゲーム内音声の轟音とともに、「GAME OVER」の文字が画面に浮かぶ。
「……はぁ、マジか」
ヘッドセットを取り外しながら、呟きを漏らす。ゲームオーバーになる直前の、イソハチ氏の言葉がすべての答えだった。
つまり、われわれは最初からはめられていたのだ。ナ島近海作戦は最初から茶番で、本命は潜水艦隊から発進した特攻の爆撃部隊。今回も我々は歴史に学ぶことなく、敗北を喫したのだ。ただ、実際にやられてしまうと、「は、なんでや」と言いたくなる気持ちも、残念ながら大いにわかってしまう、というものだ。
この後は軍服組が頑張ってくれるのかもしれないが、それでどこまで戦えるやら。
ヴァルハラの身としては、もう何も言えることなどないのであった。