07.精霊に願いたいこと
エスメラルダに矢が刺さっていないと思い、ミカはとっさに自分に刺さったと言ってしまった。
でもそれを否定して、エスメラルダは自分に刺さったと泣きながら告げた。そんなに嫌なのかとショックを受けたと同時に、エスメラルダのあまりの可愛らしさに胸が震えた。
自分がずっと好きだったと知ったら、エスメラルダは困るのではないか。ミカがあえてそうしたのだと疑うのではないか。
だから嘘をついた。同じ条件なら、諦めてくれるだろうと思って。
ミカはそもそも、自分の気持ちなど、その時まで知らなかった。
エスメラルダが誰かに想いを伝えようと思っていると聞いた時、その相手と両想いだと聞いた時だ。それは誤解だったが、ミカにとっては青天の霹靂だった。
それまでエスメラルダは自分にとって、目につく仕事のできない部下だった。
それなりに頑張ってはいるものの、平均的な仕事量しかこなせない。自分がつきっきりで見てあげることで、劣等生ではないが、優等生でもないレベルには上がった。それでも、他の同僚よりずっと気になっていたのは、ただ仕事ができないからだと思っていた。
だから、ことあるごとに仕事を見てやっているのだと。
でも、エスメラルダが誰か自分以外の男と過ごすことを想像したら、とてつもなく不快だった。それ以上に、信じられなかった。
自分がエスメラルダの変化を見逃すなんて。自分以外の誰かを好きになっているなんて。自分がこんなにそばにいるのに。
それで気がついたのだ。
自分はエスメラルダに恋しているのだと。
そして、エスメラルダには誰もいないのだとわかった時、逃したくないと思った。
今ここで好きと言ったなら? 拒否するだろうか、彼女は。きっとするだろう。そんなこと考えたことがないと言って。
そう思うと怖くて何も言えなかった。
クピドにはきっとバレていた。
だから、かの方はこう言ったのだ。
『強くって真面目でいい子って、僕、キラーイ』
そう。
ミカは神にすら嘘をついた。だから、ミカが一番嫌がることで、喜ぶことをしたのだ。神は本当に、容赦がない。
が、矢が刺さってからのエスメラルダの変化は筆舌に尽くしがたい。
自分をうっとりと見る瞳、悔しそうにやきもちを焼く姿、自分を見つけた時の輝く笑顔、誰より信頼してくれる眼差し。
あまりにも愛おしくて、今すぐにでも自分のものにしたいくらいに。
でもさすがにそれはできなかった。だから、エスメラルダが矢によってミカを好きになったことを諦めてくれるまで、手を出さないことに決めた。それが自分にできるただ一つの誠意だ。
自分も矢によってエスメラルダを好きになったと言えば、諦めてくれるかと思ったが、無駄だった。
エスメラルダ本人が、自分自身の気持ちに納得していないのだから、当たり前だ。
ほんの少しと言ったって、嫌いではない、くらいのものだろう。
俺の何が不満だ、そう聞いても彼女は答えてくれない。
全てが不満なのだ、そんなのわかりきっている。
だから待つしかない。
そう、待つのには慣れている。
これまでずっとエスメラルダのそばにいて、誰にも寄らせなかったのだから。
学園で同じクラスになった時から、ずっと。
「それなら、精霊にお願いするか?」
ミカが言うと、エスメラルダは疑うことなく、隣で不思議そうに首を傾げた。たまらず抱きしめたくなるのを、ミカはかろうじて堪えた。
「何を?」
もちろん、エスメラルダが精霊を呼ぼうと思った時のように、この気持ちを伝えてもらうことを、だ。
矢の力ではなくただ好きなのだと、ほんのささやかな愛の言葉を。
今のミカは、それを言える勇気が欲しかった。
・・・・・
しかし、調べたのにも関わらず、ミカは知らなかった。
そもそもエスメラルダに刺さった矢に、なんの効果もないことを。
ほんの少しの勇気、ほんの少しの愛。
それは、クピドの後押しの言葉であり、見守りだった。
クピドが持つ、様々な種類の矢の中でも、なんの効力もない矢が、エスメラルダに解き放たれたのだった。