06.恋愛成就とは
さて困った。もしかしたら、今度は食べるもの全てがショウガ味になる魔法をかけられるかもしれない・・・
しかしミカは何もせず、その手を静かに下げた。
「・・・ルルとアチェロはどうだった?」
エスメラルダはホッとして頷いた。大丈夫そうだ。
「ああ。バッチリよ! ルルもアチェロも幸せそうだわ。それがね、クピド様は矢を射ったのではなくて、お言葉をくださったんですって」
エスメラルダは浮かれ気味に手を胸の前で握ると、目を閉じた。
「ルルはね、突然現れたクピド様から聞かれたそうなの、『僕が、君の好きな相手を矢で射って、君を好きにさせることはできるけど、君が勇気を出す矢を、君に渡してあげることもできる。どっちがいい?』って。それで、ルルは矢を手にいただいて、そのままアチェロに告白しに行ったそうなの。そうしたら、アチェロもそうだったんだって!」
言うと、エスメラルダは思い切りミカの背中を叩いた。ミカがぐふぅと喉を鳴らす。
「すごいわよね! 矢を射って力を借りなくても愛は通じるのよ、ほんのちょっとの力添えで。ねぇ、ロマンチックよね、その方が!」
エスメラルダは興奮して言ったが、ミカはニコニコと頷いただけだった。
もう少し感動してくれてもいいと思うんだけど・・・エスメラルダがムッとしていると、ミカがクッキーをエスメラルダの口に押し込んだ。
「もご、もごご」
「あれから調べたんだけど」
ミカがおもむろに話し始めた。クッキーは美味しい。クッキーに罪はない。
「クピド様の恋愛成就の条件はたくさんあるけど、本人同士以外にも、周囲が祝福してくれる条件を満たしている、もしくは大多数がそれを望んでいる時などにも、良しとされるらしいよ」
「祝福・・・」
ルルとアチェロは祝福されている。そもそも、エスメラルダ本人が希望していたことだ。でも、エスメラルダとミカに関しては・・・
「されてるだろ」
見透かしたように言ったミカの言葉に、エスメラルダは反論できなかった。
誰もが大反対すると思ったのに、ミカの上司も友人も同僚も、ミカに憧れていた女性たちでさえ、みんな祝福してくれたのだ。クピドがそれすらも変えてしまったかのように。
だいたい、周囲の反応があっさりしすぎている。
「へー。よかったな、お二人さん」
ほとんどそんな感じだ。
みんな、何をどう思っているのか、さっぱりわからない。
クピドは、エスメラルダと、彼女がお願いした友人のルルの恋愛成就以外にも、いくつか成就させたようだったが、案外ソフトで、本人たちの意思を汲んだものだった。
違っていたのは自分たちだけ。
それなのに、周囲は何の関心も示してくれなかったばかりか、感謝されたくらいだった。
「だから、いいじゃないか。それとも、そんなに俺が嫌か?」
「そうじゃ・・・ないけど・・・」
どうしてこんなに平気な顔をしているんだろう、ミカは?
エスメラルダは困惑していた。もともと自分はミカを好きだったことはわかっている。
もしかしたら、あの矢にはなんの意味もなかったんじゃないかと思うくらい、気持ちは変わっていなかった。ただ隠せなくなってしまっただけで。隠す必要がなくなっただけで。
でも、ミカは違う。そんな風に、矢の威力を簡単に受け入れてしまうような、自分で満足してしまうような、そんな人じゃないんだと、エスメラルダは考えていた。
「ミカこそ、嫌じゃないの?」
困ったようなエスメラルダの質問に、ミカは心の中で悪態をついた。
嫌なものか。むしろ自分のずるさにヘドが出る。
ミカはエスメラルダの質問に答えず、再びエスメラルダの口にクッキーを押し込む。
もごもごと言いながらも嫌がらず、リスのように口を動かすエスメラルダが可愛くて仕方がない。
矢など刺さっていなかった。
ミカは自分でわかっていた。
エスメラルダに庇われた時、自分は知っていたのだ。
クピドが自分ではなくエスメラルダに矢を放とうとしたことを。それを自分が心のどこかで歓迎していたことを。