05.神様の再召喚、お願いします
「俺の何が不満だ?」
ミカが不満そうに言った。
「いや・・・別に・・・」
エスメラルダは視線を逸らした。不満なところ? あるわけがない。今までだってあったためしがないのに、どう見つけろというのだ。
「顔か? それはあまり見ないことで我慢してくれないか? 仕事が忙しい事か? それならなるべく早く終わらせるし、休憩時間を調整してお前と過ごせるようにする。性格か? 俺は優しくないか? どうしたら優しいんだ? 生まれてこの方、恋人などいたことがなかったから、よくわからないな・・・」
何もかも言ってることがおかしい。
顔を見ないようにするなんてできないし、仕事中だってなかなか覚えられない自分につきっきりだし、びっくりするほど優しいし、恋人がいたことがないなんて絶対嘘だ。
職場での昼休み、中庭のベンチでミカと隣り合わせながら、エスメラルダはため息をついた。
恋愛の神様、クピドを間違えて召喚してしまったエスメラルダは、その場に居合わせたミカとともに、クピドの矢によってお互いを好きになってしまった。両思いカップルである・・・が、エスメラルダは納得していない。その時から一ヶ月間、こうして、昼休みごとに一緒に過ごすようになってからもだ。
仕事中も変わらない。相変わらずエスメラルダは失敗ばかりで、ミカはことあるごとに、つきっきりで指導してくれている。変わったのは周囲の生温かい視線だ。
そう思うと、一日中、ずっと一緒にいるような気がする。
今まで休憩時間は一緒にいなかったから、仕事以外の話などしたことがなかった。今は話す機会が増え、ミカのことも多少はわかるようになった。
と言っても、知ってることは変わらない。ミカは頭もいいし性格もいい。意地悪ではあるが誠実だし優しいし、恋人にしたらさぞかし幸せだろう。
だからこそ、自分のせいでこんなことになってしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「おかしいとか、嫌だとか思わないの?」
「何を?」
「矢を打たれて恋をするなんて、嫌でしょ?」
「俺は構わないよ」
あっさりと言ってのけるミカが憎らしい。
「恋なんてそんなものだろう」
「もっとさぁ、なんていうか、穏やかに、こう、日々育つような恋愛がいいとは思わない?」
「これから育てればいいだろう」
「そうじゃなくて、こう、ゼロから?」
「経験値はゼロだから、同じでは?」
「同じじゃないでしょ」
ミカが経験値ゼロなはずがない!
「でも、嫌いになる矢でなくてよかった。それだったら、メルは俺のことを大嫌いになるだろう? それだけは絶対に嫌だ」
ミカが心底ホッとしたように言ったので、エスメラルダは憮然とした顔でつぶやいた。
「お互いに嫌いになる矢を打ち込まれたのなら、問題なかったのに」
「それ、困るのはメルだけど。上司と部下がいがみ合うことになったら、異動になるのはお前」
「うーん、それは嫌ね・・・」
「それなら大人しくこのままでいることだ」
納得しかけて、エスメラルダは首を横に振った。
「違う、違うんだってば。だから、取り消しできる神様を呼べばいいのよ」
「お前に呼べるのか?」
「だからミカにお願いしてるんじゃない。クピド様もいなくなってしまったし、矢の効果を消す魔法はないし・・・」
「神のご指示だからな」
「私じゃ無理だけど、ミカならできる! だからお願い、神様を召喚して」
エスメラルダは両手を合わせて頭を下げたが、ミカは困ったように首を横に振った。
「いくら俺でも無理だよ。神を呼ぶなら、上に理由を説明して通す必要があるしね」
「でもこないだは」
「あれはちゃんと精霊を呼ぶためなのは確認できたから、お咎めなしだっただけ。俺の管理不行き届きくらいだ」
やっぱりそうだったんだ。エスメラルダは申し訳なくなって俯き、ふと不思議そうに目を向けてきたミカを、上目遣いで見上げた。
「・・・怒られた?」
すると、なぜか、ミカは喉に食べかけのクッキーを詰まらせ、咳き込んだ。
「え、あ、大丈夫?!」
「そんな煽るような顔をするな! 誘ってんのか!」
「何言ってるの? 悪かったわよ、私だって召喚したかったわけじゃないんだから」
しばらくして咳が落ち着いたミカは、息をついてエスメラルダをじっと見て、手のひらをこちらに向けた。