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03.矢の行方

「ちょっと待て。エスメラルダ、君はなんのために精霊を呼んだんだって?」


二人の言い合いの中へ、急にミカが口を挟んできた。エスメラルダはいつもの仕事の調子で、無意識に答えていた。


「ええ、はい、そうです。ルルとアチェロが自信を持って相手に好きと言えるように精霊にお願いを・・・」


言いながら、エスメラルダは気がついた。言葉遣いも変だし、せっかく黙っていたのに失敗した。怒られる。思わず身をすくめたが、ミカはそれには言及せず、ただ首を傾げた。


「自分のためじゃないのか?」

「私? 自分のためになんて呼んでどうするんですか? 第一、相手がいないし」

「いない・・・お前じゃない、のか・・・」


安堵するようなため息が、ミカから漏れた。随分と色っぽいが、いつものことだ。なるほど、彼の倫理は、エスメラルダが自分のために神を使おうとしたかどうかで随分と違っていたらしい。


「まぁ、そうだよな・・・お前が・・・誰かと両想いだなんて、俺が気づかないわけがない・・・」


班長としての矜持かよ。


エスメラルダはため息をつき、ミカに頭を下げた。


「至らない部下で申し訳ありません、班長。友人のためとはいえ、軽率な行動でした」

「は? え、あ、いや、・・・俺こそ、申し訳なかった。お前がどこかへ行ってしまうなど考えたことがなくて、柄にもなく焦ってしまった」

「友人の恋愛成就を願うからといって、仕事を辞めるつもりはありませんが?」

「あ、ああ・・・」


なんだろう。歯切れが悪いし、随分とミカの顔が赤い。いつものようにエスメラルダを直視せず、視線を彷徨わせている。具合でも悪いのだろうか。以前、食中毒だったか風邪だったか、こんな顔をしていた時があった。


エスメラルダはミカに近づき、顔を覗き込んだ。


「ミカ? 大丈夫? 具合悪い?」


すると、ミカは急に目前に迫った私の顔を見て、一瞬で固まった。


「あれ? おーい、ミカ?」


目の前で手を振ると、ミカはふっと我に返り、さらに耳まで赤くなった。


「・・・エスメラルダ」


私の名前を呼ぶ唇が震えている。ミカの手が私の頬をそっと撫でた。私はその体勢のまま身構えた。


このまま何か忌々しいくだらない魔法でもかけるんじゃないでしょうね? こないだは何を食べても桃の味しかしない魔法をかけられて、一週間、泣きそうだったんだから。


「僕、やっぱり必要だよね?」


クピドが言った。振り返ると、それはミカに向かって言われた言葉だった。


「・・・いいえ、いりません」


ミカが首を横に振った。


「自覚したばかりで気持ちの整理がついていません。それに、エスメラルダは違う」

「ふーん。強くって真面目でいい子って、僕、キラーイ」


言うと、クピドはにっこりと笑ってダーツのような羽を取り出した。


「かるーく、行っちゃおっかな! 君だけね!」


クピドが羽をミカにすっと投げた。


「危ない!」


きっと弓矢ほど強くはなくても、充分に影響のある範囲だろう。それが嫌いでも好きでも、ミカが神に選ばれてしまうのはよくない。ましてや自分のせいで。


エスメラルダがとっさにかばうと、ミカもエスメラルダをかばうように動いた。刺さらなかった、はずなのに。


羽は無情にも、エスメラルダの肩に刺さっていた。


ゾッとしながらその羽を見ていると、それはゆっくりと消えていき、その最後の刹那、クピドが耳元で囁いた。


「最初に目にしたお相手だよ。君はとっても好きになる」


うそ。


誰も見ちゃいけない。でも誰かは必ず視界に入ってしまう。どうやって生きていけばいいの?


「エスメラルダ! 大丈夫か?」


心から心配そうなミカの声に、エスメラルダは思わず振り向いた。


ミカがエスメラルダが怪我をしていないか、キョロキョロと見回っている。エスメラルダはその姿を見るだけでドキドキしてきた。これがクピドの矢の効果か。だめだ。これでは恋をしているみたいだ。まるで初めて大好きでたまらない人を目の前にしたように。


エスメラルダが途方に暮れてミカを眺めていると、ミカはホッとしたようにエスメラルダに笑顔を向けた。


眩しい・・・


だめだ・・・好き。


エスメラルダはそう思った自分が情けなく、申し訳なく、半ば泣きそうになりながらミカの言葉を待った。


「何もないようだけど・・・あの羽は俺に刺さったということでいいのか?」

「なんで? 刺さったのは私よ」

「でも、・・・お前はいつもと変わりないが?」

「ミカだっていつもと同じだけど?」


若干、キラキラして見えるけど。

あまりにもときめき過ぎてめまいがしそうになるけど。


「しかし・・・」


ミカが言い淀んだ。エスメラルダは眉をしかめて、自分の肩を指差した。


「さっき! ここに! 刺さったの! クピド様が! そうおっしゃった!」


もうおしまいだ。

こんな風にミカを好きになるなんて。

不甲斐ない部下で申し訳なかったけど、それでもミカのことは尊敬していた。

仕事仲間に恋するなんて、あんまりだ。


泣けてくる。


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