02.上司はなぜかお怒りです
初めて見た、こんなミカ。
思わず、エスメラルダは後ずさりをした。それを見て、さらにミカは怒った。
「何も言わずに逃げるのか」
え、何、すごい怖い。
「・・・私の口からは言えないよ」
いくら親友でも、ルルの気持ちをここで言うのは申し訳ないし、お相手のアチェロだってミカの知り合いだ。あまり快く思わないだろう。
「反則だ」
「何が」
「精霊はまだしも、クピド様は恋の神だぞ。勝手にそのお力を使うなんて、相手にも悪いと思わないのか」
「そりゃそうよ。だから私は精霊を呼んだんだもの。気持ちのわからない相手ならお断りするところだったけど、考え直したの。両想いなのはわかってるし、あと一歩の役目をしてくれるなら、クピド様にお願いしても変わらないかと思って」
「両想いなのか?」
それくらいなら言っても構わないだろう。
「ええ、そう思うけど」
どちらの側からも直接聞いたことがあるから、間違えるはずもない。
「そ・・・そうか・・・」
蒼白な顔をして、ミカはうつむいた。
エスメラルダの良心が痛んだ。確かに倫理的には難しい問題だ。特にミカは厳しいところのある人だ。がっかりさせてしまったのだろう。班を追い出されるかもしれない。
「私を追い出す? それとも始末書?」
「え?」
「神を呼んで願いを叶えてもらうなんて、してはならない事よね。だって、古の神々がご判断なさることじゃなくて、私がお願いするんだもの」
「いや、そんなことはしないさ。悪事を働いているわけでもない」
「でも、こういうことが度々起こってはいけないでしょう?」
「それはそうだが、そもそも、そのために呼んだわけではないよな? 魔法陣にだってその形跡は残るんだし、お前が嘘をつくとは思えない。クピド様を使って、例えば、国政を変えようとしてるわけでもないし・・・冷静に判断すれば、特に問題はないはずだ」
「そう? ならよかった。でも・・・ミカの倫理観には問題ない?」
すると、ミカはちらりと私を見て、また視線を戻した。
「俺個人のことはどうでもいいだろう。個人的感情でお前の仕事をどうこうしようとは思わないよ」
やっぱり怒ってる・・・
「・・・でも、その、命令してるわけじゃないから! むしろクピド様がやりたいっていうから、仕方なくなのよ、両想いだからいいかな、って」
「もうその話は聞きたくない」
「う・・・ごめんなさい」
ミカは必死で自分を押さえつけるように、自分の腕を掴んでいる。なんとも言えない悲痛な表情で、エスメラルダの罪悪感をえぐってくる。エスメラルダはすっかり意気消沈してしまった。
ミカにこんな顔をさせてしまうなんて。やっぱりやめたほうがいいかも知れない・・・
「エ・ス・メ・ラ・ル・ダァー」
「はい!」
振り向くと、クピドがニコニコと笑っていた。
「で、僕はどこの誰と誰のところへ行けばいいの?」
「え? ええーっと、・・・ルル・ウリペと、アチェロ・ソリータです。旧市街を抜ければ」
「ああ、名前だけでわかるよ。君の大事な友達だね。声に優しさがこもってる。任せて、僕が必ず二人の気持ちを叶えてあげる。・・・君もね」
最後の言葉は、エスメラルダに向けられたものではなかった。ミカに向けられていたが、エスメラルダは目の前のことで手一杯で、せっかく黙っていた名前がミカに知られてしまったことも気づかなかった。
「・・・え?」
ミカがぽかんとしている。エスメラルダはそれに気づかず、クピドに抗議を続けた。
「本当ですか? 勝手にここにきたみたいに、お相手間違えちゃいません?」
「しないよ、これでも僕、優秀なんだ」
「それなのに怒られたんですか? 天界を追放されそうなんですか?」
「だってもめるのって楽しいじゃない?」
「人でなし」
「うん、神だから」
く・・・
エスメラルダが言葉に窮していると、クピドはにっこりと笑って話題を変えた。
「そういえば、エスメラルダ、君は言ったよね。君を好きならいいって」
エスメラルダは眉をしかめた。相手は神だが、無礼はすでにしてしまった。今更だ。
「なんですか、それ? そんなこと言ってないですよ。そもそも私を好きな人なんていませんし、言いましたよね、二人の場合は両想いだからいいんです。ギリギリオッケーだと思う範囲です。でも私に関しては好きな人なんていないし好かれてもいないし、そんな状態であなたの力を勝手に使われるわけにはいきません。召喚した以上、それなりの権利はありますよね? 別の、両想いが確実な人にしてください」
すると、軽い口調でクピドが言った。
「でも僕言ったじゃない、二組必要なんだ」
「ノルマなんて知りません!」
「えー、僕、神様なんだけど?」
そんなの知るか。
「私が呼んだのは、ささやかなお願い事を楽しんで聞いてくれる精霊です!」
神様なんて呼んでない!