祠の神様
転校した。
今までいたところとは全く違うド田舎に。
「全校生徒七人とかありえないだろ!」
おそらくもう廃校の話とかも出ているのではないかと思うほど校舎も寂れているし、人数がいない。
というか、小中学校が一つになっているのも驚きだし、授業が学年ごとじゃないのも驚きだ。
たぶん俺はここで暮らすうちに学力落ちると思う。塾ないし。
「サッカーできないし!」
人数が七人なのだ。そのうち女子が四人。この際人数が足りないことも男女混合でもいいと思い声をかけてもあっさり断られた。
俺はサッカーが好きだった。全国大会だって出たことある。あのまま都会に住んでいたら、きっといい選手になれたはずなのに!
「スマホの電波も入らないし!」
サッカーボールを蹴りながら、スマホを片手に田舎道を歩く。ド田舎らしく、あぜ道だ。アスファルトの上ばかり歩いていた俺からしたら不便で仕方ない。だって雨が降った後歩くと泥が付くし、水たまりはいっぱいできる。
「コンビニないし、図書館ないし、ファミレスもないし」
不便だ。不便なことばかりだ。
サッカーボールを蹴る。
ずっと、こんな田舎でも電波が入るところがあるのではないかとあてもなく歩いているけど、見つかる気配がない。
気付けばいっぱいあった田んぼを抜けて、山の入り口に来ていた。
「あー」
どうしようかと一瞬逡巡する。
ここは、大人に入るなと言われている山だ。引っ越してきた初日に教えられた。
神様がどうのこうの言っていたから、ああ、田舎によくあるやつだな、と思ったことは覚えている。
でも、ダメだと言われると、入りたくなるのが人というものだ。
「あっ」
ちょうどその時、一瞬電波が入った。
それは決断を下すには十分なことで。
「よっし、行こう!」
俺はサッカーボールを脇にかかえて、山に入った。
入っちゃいけないと言うわりに、山には登山道がある。最近はあまり使われていないようでとても歩き心地は悪いが、少なくとも、昔は人が入っていた証拠だ。
ザクザク草をかき分け進むと、小さな広場のような場所と、祠が現れた。
神様と言っていたから、その神様を祭っているところなのだろう。
俺は他に道がないかと探したが、どうやらここまでのようだ。わざわざ道でもない木と草だらけのところを突っ切って山頂まで行く元気はない。
スマホを取り出す。圏外だ。
「何だよ、まぐれかよ」
俺は腹いせ交じりにサッカーボールを力いっぱい蹴った。木に当てるつもりだったのだ。
ガシャン、という音を立てて、祠が壊れた。
「うっわ、どうしよう!」
木造りの祠と、中に入っていた鏡が粉々だ。
俺は焦りながらそこに近づくも、とても直せそうなものではない。
ただでさえ入るなと言われる場所で、おそらく村のみんなが大事にしているだろう祠を壊してしまい、顔を青くする。
どうしよう。最悪、村八分とかなるかも……。
「——あーあ、やっちゃったね」
突然聞こえた声に、慌てて振り向くと、俺と同い年ぐらいの少年が立っていた。
「……誰?」
「その祠を管理している家のもの、といったところかなあ」
少年は柔らかく微笑んでそう言った。
「た、頼む、言わないでくれ」
俺は少年に縋りつく。バレたら終わりだ。
少年はきょとんとすると、再び笑う。
「いいよ。その代わり、その玉で一緒に遊ぼう」
「え?」
少年が指さしたのは、俺のサッカーボールだ。
「それ、やったことないんだよね」
「それって、サッカーのこと?」
「そうそう、サッカー」
少年はニコニコしている。それだけで黙っていてくれるならこちらとしては文句はない。
「いいよ」
俺はそう答えると、少年に簡単にルールを教える。
二人でやるから簡略式でいい。
俺が軽く蹴ると少年も蹴り返す。何度かラリーを行い、大丈夫そうだと判断してゲームを開始する。
少年は驚くほどに上達が早かった。
こんなに楽しいゲームは久しぶりで、気付けばあっという間に日が暮れ始めていた。
「わっ、もうこんな時間だ!」
俺はサッカーボールを拾い上げて、スマホで時刻を確認する。門限をとっくに過ぎている。これは叱られるな、と帰るのが嫌になった。
「悪い、俺もう帰らないと」
暗くなってきたので、スマホでライトを点ける。でもすぐに消えてしまった。それどころか電源が切れてしまった。
「あ、あれ?」
嘘だろ、壊れたのか?
そりゃ田舎だからほとんどの場所で使えなかったけど、家の中ではWi-Fi使って重宝してたのに!
何とかならないかと電源ボタンを何度も押すも、反応しない。
「なんでだよ、この」
「邪魔だからね」
少年の言葉に、俺は動きを止めた。
「光が邪魔だったから」
辺りはこうして話している間にも薄暗くなってきている。
「僕はね、この時間が一番力が強くなるんだ」
少年は、ただただにこにこと笑っている。
俺はようやくその笑顔がおかしいと気付いた。
「ちから……?」
「逢魔が時ってやつだよ。知ってる?」
最近の子供は知らないのかな。と少年は呟いた。
「昔はこの時間は誰も出歩かなかったものなんだけどね」
今はどうやらいい時代だね、と口にする。
何を、言っているんだ。
まるで、ずっと昔からいるみたいな——
「ねえ」
薄暗い中でも笑っているのがわかった。
「神様がいいやつとは限らないんだよ」
俺は一歩下がった。
「悪いことするモノを、神様として崇め祭る代わりに、何もしないようにさせることもあるんだよ」
少年が一歩近づいた。
「僕も神様として祠に閉じ込められちゃったんだけど、君のおかげで出てこられたよ。ありがとう」
俺はへたり込んだ。なんだ。なんなんだよ。
わけがわからないけど、逃げないと。立たないと。
そう思うも、震える体は言うことを聞かない。
「ところでね、僕、出てきたばっかりで、お腹空いているんだよね」
少年は俺に近づいてくる。
やめろ。来るな。やめろよ!
カタカタ震える俺の目の前でしゃがみ込んだ。
顔を近づけ、舌なめずりをする。
「ああ、いいなあ。そうそう、怯えてくれないと。恐怖と絶望に濡れた人間って、とっても」
——おいしいんだ。
「ふふふふ、それじゃあ」
いただきます、と神様が言った。