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5 南天


 階段の上に座って、僕は空子ちゃんの方をみた。


 真っ白いワンピースが汚れないように、ハンカチを下に引いて空子ちゃんも隣に座っている。例のごとく、学校帰り、空子ちゃんはいつものように華道教室の帰り。


「明後日、今度の土曜、空子ちゃん時間ある?」

「なぜですか」

「うん、近くの神社で土曜の夜に夏祭りやるんだけど、一緒に行かない?」


 夏祭りには早い。何の祭りなのか、何の神社なのかちょっとわからないけれど。祭り、という単語に空子ちゃんの目が少し揺れた。


「お祭りですか」


 考え込むように眉を寄せて、空子ちゃんは顔を下げる。空子ちゃんは騒がしいのがあまり好きじゃないから、お祭りは嫌いかもしれない。


「では六時に農協前のバス停で待ち合わせをしましょう」


 ぽん、と手を叩いて空子ちゃんは言った。僕は一瞬驚いて目を見開く。え、いいの? どういう風の吹き回しだろうかと自分で誘っておいて戸惑っていた。


「お祭りといえばクジ紐ですね。真辺さんはお祭りでは何を最初にしますか」

「え、そうだなぁ、とりあえずは焼き鳥とビールを買うよ」

「いけませんよ。最初は屋台を回って楽しむものです」

「ひょっとして、お祭りは好きなの?」


 やけに乗り気だ。空子ちゃんは聞こえていないのか、いつもの質問に答えない手段を使っているのか分からないが、自分の持論を続ける。


「杏飴をスモモの方を杏だと思っている方が多くいますね。確かに見た目も色合いもスモモ飴のほうが「らしい」ですが、なら看板も『杏飴』ではなく『スモモ飴』にしたほうが誤解がなくていいと思うんです」

「え、あれって赤い方が杏じゃないの?」

「バカですね」


 いつものように言われて僕は笑う。照れたように頭を掻いて、ジーパンの裾を引っ張った。


「あー、そうなんだ。うん、確かに杏ってオレンジだもんねぇ。空子ちゃんは金魚すくいは好き?」

「ダイゴさんは好きですか」

「ちょっと考えちゃうんだよね。どの金魚を救おうって」


 会話は漢字で表せないから伝わるかなと不安に思った。けれど伝わったようで空子ちゃんは不思議そうに首を傾げる。


「掬うじゃなくて、救うですか」

「ほら、ちょっとした偽善者気分でしょう。それで、飼っても大抵一週間くらいで死んじゃうんだけど」

「そうなんですか」

「そうなんだよ。屋台の金魚ってさ、妙に長生きするか、すぐに死んじゃうかしかないんだ。で、僕はいっつもはずれを引くんだよ」

「魚は好きです」


空子ちゃんは言った。


「泳いでいる姿をじぃっとずっと眺めているのは好きですね。でも狭い水槽ではあまり面白そうではないので、好きではありません」


 それは分かるかもしれない。と僕は頷いた。小学校のときに、家で母がグッピーを飼っていた。温度調節とか、中に入れる種類とか、海藻とか、中々大変らしくて僕は触らせてもらえなかったけれどいつも思っていた。小さな四角い世界が彼らの全て。


 それでいいのだろうか、と。僕は母さんがなぜグッピーを飼うのか理解できなかった。犬や猫と違ってグッピーは鳴かないし、触れない。懐くわけでもないし、一緒に遊べるわけでもないのに。


 僕は顔を上げて空子ちゃんに笑いかけた。観賞用、という言葉を知らなかった僕だけれど、今は少し分かるかもしれないと思いながら。


「今度水族館にでもいかない?江ノ島にある大きな水族館。いるかとか、亀とかもいるんだよ」


 江ノ島水族館と自分で言って少し後悔する。僕は今まで付き合った彼女と江ノ島でデートするたびに別れた。恋人の丘とか鍾乳洞とか、中々デートスポットは多いのに。


「そうですね、それも、いいかもしれません」


 空子ちゃんは頷いて、小さく笑った。僕は、なんだか絶対に空子ちゃんと水族館に行かなければならないような義務感に襲われる。


 江ノ島は僕にとっては鬼門だったけれど、空子ちゃんと行こうと思った。


 約束通り、土曜日に夏祭りに行った。


 空子ちゃんは白に雛菊の浴衣を着てきた。長い黒髪をおしろい花の簪で上に結わいている。僕も浴衣だったらよかったのだけど、浴衣なんて小学校のとき以来着ていない。


 二人で、空子ちゃんのオススメコース通りに屋台を周り、少しお腹が空いたら休んで焼きそばや焼き鳥を食べた。テキ屋のお兄さんたちに必ず「仲のいい兄妹だねぇ」と言われたのがショックだったけれど、仕方ないのかもしれない。


 そう言われるたびに空子ちゃんは笑っていた。嬉しいのか、社交辞令なのか僕にはいまいちよくわからない。


 その所為か、帰り道で空子ちゃんに好きだって、告白しようとしたけれどできなかった。自分は根性なしなのか、と落ち込みながら空子ちゃんと別れてとぼとぼと自宅へ戻る。


 隣の住民が痴話げんかをしているらしく、男が追い出されていた。普段であればなんとも情けないと感じていたけれど、実際自分も似たようなものなんじゃないか、と思いついてさらに気分が下がる。ベッドにそのまま倒れて、明日のことは明日の朝考えよう、と目を閉じた。



頑張れ青年

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