8.ボンレスハム大臣
精霊騎士は入隊後2年間基礎訓練を行い、精霊の力に耐えられる体が出来上がってから3年目に精霊召喚を行って上手く精霊を呼べたものだけが契約を行い、その後1年間精霊の使役方法学び正式に精霊騎士となる…というのが流れだったらしい。
しかし、入隊してから1年も経たずに精霊と契約した私を見てヘンリー隊長はとうとう3日寝込んでしまった。
一週間の謹慎明け、精霊の使役方法を教えてもらい、私は見習い騎士でありながら精霊持ちとなった。
そして3年間ヘンリー隊長直々に鍛え上げられた私はそのまま見習いが外れて正式な騎士となり、15歳の歳となった。
そして、あの乱闘騒ぎ以降、クレア様に会うことはなかった。
「リアム!!」
「…ルーカス…煩い」
「お前…なんか兄貴に似てきたな」
クレア様と最後に会った木の上で昼寝していた私はルーカスを睨みつけた。
鬼畜兄に似てきただって?
やめてほしい。
「ほら、その顔そっくりだぞ」
「ふん」
兄、ルークは私が見習いとして入隊した時には既に本隊の副隊長をしていた。しかし、それから3年経った今ではこの帝国騎士団の副団長だ。
同じくクレア様の兄のアイザック様は団長となった。これはヒロインが15歳で学園に入学する時の二人の役職だ。しかし、15歳を迎えた私は学園に入学する事なく騎士団にいて、正式な帝国精霊騎士となった。
実際私が使役する精霊は風と水の高位精霊と火の中位精霊の3体で、普通精霊を使役するのは人生において一体、多くても二体それも普通の精霊がほとんどだ。中位精霊を使役する者も国に数えるほどしか居ないらしい。
私はヒロインの特徴だった『精霊の加護』という力を発揮してはいるものの、騎士団にいるのでわざわざ国が保護して学園に通わせるよりも精霊について実践的に学ぶ事ができ、安全な場所にいると言える。
それに私はヘンリー隊長に叩き込まれた精霊の力と、騎士団で鍛え上げた騎士としての力もあり『精霊の加護』を欲しがる者達に怯える心配もあまりない。ある程度なら一人でも解決ができる。
完全なる青学のシナリオを無視している。
「お前あまり一人で出歩くなよ。又襲われるぞ」
「別に私一人でもどうにかなる」
今は『精霊の加護』よりも少し厄介なのが同じ場所で寝起きする騎士達の私に対する視線だ。女という事は気付かれていないが、ある程度男としての体が出来上がった彼らはどうも、男にしては華奢な私をそういう対象として見始めたらしい。
これも男だらけでむさ苦しい騎士団にいるから仕方のない事かもしれないが…。
実際に最近何度か告白のようなものをされたり、物陰に連れ込まれたりしたが難なく逃げてきた。
「リアムさん!!」
名前を呼ばれて振り向くと、騎士見習いで私に懐いてくれているリヴィが駆け寄ってきた。くすんだ金髪は寝癖がぴょこんと付いている。
「リヴィどうした」
「ヘンリー隊長がお呼びです!!…えっと…キャンベル大臣が…」
「…又か…」
見習いの時から私を気に入っていたキャンベル大臣は見習いが外れて正式な騎士となった私をどうにかして自分の下で働かせたいらしく、何度も上司であるヘンリー隊長の元に来ているのだ。
正式な騎士となった者を貴族達は自分の家の護衛に引き入れる事がたまにある。高位精霊を使役している私の元には既に何人かの貴族達から声が掛かってはいるが、その中でもキャンベル大臣はしつこい類の者だった。
騎士団側も高位精霊騎士である私を並の貴族のもとで働かすことは避けたいらしい。
「今行く…」
「俺も行こうか?」
「ややこしくなるからいい」
「気をつけろよ」
そう言うルーカスを置いて私はリヴィに付いてヘンリー隊長の執務室へと向かった。
「ですからリアムをお渡しする事は…」
「何故だ!!この私がこれだけの金を出すと言っているだろう!!」
扉を開ける前から嫌になる。
リヴィにバレないように溜息をつくと重い扉に手を掛けた。
「キャンベル大臣どうかされましたか?」
「おお!!リアムじゃないか!!」
私が笑顔で部屋に足を踏み入れると、キャンベル大臣は3年前よりもふくよかになった体をゆっさゆっさと揺らしながら私に歩み寄ってきた。これはあれだな、歩くボンレスハムだ。
「ヘンリーがお前を家で働かせることに反対するんだ。お前も早く私のもとへ来たいだろうに…」
キャンベル大臣はハァハァと鼻息を荒くしながら指毛の生えた肉付きの良い手を私の頬へと伸ばす。
…帰ったら…すぐにお風呂に入ろう。そう思いながらも固まった笑顔をキャンベル大臣に向ける。
「キャンベル大臣、何度も言いますがリアムの能力は貴重です。いくら侯爵である貴方であっても連れて行かれるのは困ります。そもそも高位精霊使いの彼を雇うには騎士団だけではなく国の許可も必要なのです」
ヘンリー隊長はここ数日で何度目か分からない説明をキャンベル大臣にする。ヘンリー隊長ここ数日でどっとやつれたな…。
「何を言うか!!リアムだってこんなにも行きたそうにしているではないか!!」
いや、してない。全く行きたいと思っていない。
「ですが…」
「まだ言うか!!」
顔を真っ赤にして怒るキャンベル大臣に呆れながら私は口を開いた。
「キャンベル大臣…」
私は少し目線を落としてキャンベル大臣の服の裾を持つ。
食べこぼしたのかソースが付いているが本体に触れるよりかはマシだ。
「ん?どうしたリアム?」
嬉しそうに振り返るキャンベル大臣に上目遣いを向けた。
「実は…私…まだ見習いを終えたばかりで自信が持てないのです…自信が持てるようになるまでは騎士団にいたい…駄目でしょうか…?」
少し目を潤ませながらキャンベル大臣を見るとその顔はどんどん朱色に染まり、これでもかと言うくらい鼻息を荒くした。
「そ、そうだよな!!無理に連れ出そうとして悪かった。リアムだって早く私のもとに来たいだろうに我慢しているんだよな!!1人前になるまでは不安も多いだろう…!!わかった、何か辛い事があればいつでも言うんだぞ」
「っ!!はい!!ありがとうございます!!キャンベル様!!」
にっこりと笑う私にキャンベル大臣は満足するとルンルンで執務室を後にした。
「自信がないなど…主席が良く言うよ」
ヘンリー隊長は乾いた笑みを浮かべながら椅子に腰掛けた。
私は見習い卒業の試験を主席で合格した。まぁ、高位精霊が付いているのだから当たり前ではあるが…。
「目上の人に対する接し方を教えてくれたのはヘンリー隊長ですよ」
私はポケットからハンカチを取り出すとキャンベル大臣に触れられた顔や手を念入りに拭く。
「教え方を間違えたか…」
キャンベル大臣がリアムに入れ込むのには彼の前でのリアムの振る舞いも影響しているのだろう。ああいう肩書と金だけの貴族は自分に逆らわない者を好むのだ。
ヘンリーはそう考えながらも眉間のシワを指でほぐした。
「でも、しつこいですね。また来ますよあれ」
「あぁ、いっその事キャンベル大臣よりも上位貴族がお前を支持してくれたらいいのだが…連れて行かれるのは困る」
「貴族って面倒臭いですね…」
平民出の私からすれば予想もできないがやはり大変なのだろう。
そういった私は早く風呂に入りたくて執務室を後にした。