7.鬼畜兄
本隊の騎士寮、私は見習い騎士である私の部屋よりも綺麗で少し豪華な部屋のベットに、腰掛けた。
黙る私に兄さんは何も言ってこない。
カチャカチャと音がすると思ったら兄さんが湯気が出ているマグカップを手渡してきた。
「ほら飲め」
「…いらない」
「飲め」
「あっつ!?の、飲みます飲みます!!」
鬼畜兄め…騎士団に入る前に会ったきりで、1年近く会わなかったのにやはり兄は兄だった。
熱々の飲み物が入って熱されたマグカップを私の頬に押し付けてきた。信じられない…。
「…おいしい」
マグカップの中身は昔から何かあると兄さんが作ってくれたホットレモンだった。兄さんの事は嫌いだけど兄さんの作るホットレモンは私の大好物だった…。
「…兄さん」
「なんだ」
「クレア…様と…もう会えないのかな」
クレア様を泣かせてしまった。
それ以上に怖がらせてしまった…。
もう、仲良くしてくれないのかな…そう想うと何かが込み上げてきた。
私は落とさないうちに近くの棚にマグカップを置いた。
兄さんも自分が飲んでいたカップを机に置く。
それを見た瞬間私は兄さんの胸に飛び込んだ。
「ぐすっ…ぐすん…」
「…馬鹿。不細工がもっと不細工になるぞ」
兄さんはいつも通り意地悪を言ってくるが、ため息を付きながらもその手は私の頭を優しく撫でていた。
「うぅ…うっ、煩い」
「鼻水付けるなよ」
「ぐすんっ…」
私は兄のシャツに顔をグリグリと擦り付けた。
「あっ!!おまっ!!…信じられねぇ」
鼻水と涙で濡れたシャツを兄さんは諦めたかのように窓の外に視線を向けていた。
「落ち着いたか?」
「…うん」
「何か言うことは?」
「…ごめんなさい」
兄さんは私の鼻水だらけになったシャツを脱いで下に着ていたTシャツ姿になる。
「…お前の行動についてはヘンリー隊長から聞いている。あまりあの人を困らせるなよ」
ヘンリー隊長…兄さんにチクってたのか…。
むすっとする私の頭に兄さんのゲンコツが落ちる。
「いったぁい!!」
私は涙目になりながら兄さんを睨む。
兄さんは伸びた銀色前髪の間から青い瞳を私に向けている。
「今までの行動はまぁ、子供の喧嘩程度だったかもしれないが今回のはやり過ぎだ」
「…わかってる。でも、あいつら…私の悪口だけじゃなくてクレア様の悪口まで言った…それに、私のために作ってくれたプリンを蹴ったんだ」
思い出しただけでも腹が立ってくる。
あの汚い手でクレア様に触れようとした事も許しがたい。
「あのままお前があの騎士見習いを殺していたら今後一生グレイシア嬢には会えなかっただろうな」
「っ!?…に、兄さん…」
私は又泣きそうになる。
そんな私を見た兄さんはため息をついた。
「だから馬鹿だと言ったんだ。もう少しやり方を考えろ」
「ごめんなさい…」
「まぁ、あのタイミングでお前が精霊と契約したのは予想外だった。精霊の力は強大だ。あんな騎士見習いなど、姿が残らないくらいに消す事は簡単だっただろうな」
『当たり前じゃないっ』
突然現れた精霊に兄さんは目を見開いた。
「…お前…契約者以外と話せるのか…?」
『そうよ、だって私高位精霊だもの』
「…余計お前を止めれて良かったよ」
兄さんは頭が痛いのか頭を抱えた。
『私は良くないわっ!!リアムを虐める奴なんて竜巻で巻き上げて切り刻んでやるんだから!!』
「…ウィンディもういいんだよ」
『まぁ、主がそう言うなら構わないけど…』
ウィンディはそう言うとヒラヒラと飛んで私の肩に腰掛けた。
「はぁ…しっかりヘンリー隊長に精霊の使役方法を教えて貰うんだぞ…」
「…わかった」
兄さんはそう言うと私を騎士見習いの寮にまで連れて行ってくれた。
ーコンコン
「…はい」
俺は騒動の後なんとかして部屋に戻って落ち込んでいた。
まさか、あの女…アイザック隊長の妹、グレイシア公爵令嬢だったなんて…。アイザック隊長は時期騎士団長候補筆頭だ、騎士になって出世し、貴族になる夢は今日途絶えたと言っても良いだろう…。
部屋に響いたノック音にゲイン達か?と思って扉を開けると、目の前にいる人を見て固まった。
俺よりも10センチは高い180以上の高身長。銀色の髪は癖がなくサラサラで少し長めの前髪の奥には深い青色の瞳整い過ぎた顔は美しさを通り越して怖くも感じる。
18歳にして本隊の副隊長となっているルーク・ネルソンは俺に刺殺しそうな視線を向けていた。
「お前がジェットか」
「あっ…えっ…その…」
俺は目を泳がせながら目の前のルークの射殺すような視線から逃げる場所を探していた。
「お前も本当に馬鹿な男だ。大人しくしていれば良いものを…よりにもウチのに手を出すとは」
このルーク副隊長の弟があのリアムだという事は知っていた。
だが、なぜ彼がここまで来たんだ?ルーク副隊長とリアムが不仲だと言う噂を聞いていた俺はなんの為に彼が来たのかわからないでいた。
「あれを泣かせたお前を私は許さない」
「えっ…」
「あれを泣かして良いのは私だけだ」
ルーク副隊長はそう言うと、妖美に笑い俺の肩にポンッと手を置いた。
「次、リアムに何かしたら…」
耳元で囁かれたその後の言葉を聞いて俺は顔を真っ青にしてその場に座り込んだ。
それを見てニヤリと笑ったルーク副隊長は一瞬にしてその笑みを消すと俺の部屋から出て行った。
「お前のブラコンは分かりにくい」
「…アイザック」
ジェットの部屋を出て本隊がある中央棟に戻ろうとしていた俺に声をかけたのは上司であり、同期であり、友であるアイザックだった。
「グレイシア嬢は…?」
「少し気が動転していたようだがちゃんと家に帰らせたよ」
「そうか…」
「まぁ、クレアもお前の弟の事心配していたから大丈夫だろう。前のように頻繁に騎士団には来れなくなるかもしれんがな。しかし、流石はお前の弟だな…意外と喧嘩っ早い所とか昔のお前そっくりだ」
「煩い」
「あー怖い」
アイザックはふざけた様に笑うと私の隣に立って同じく中央棟へと足を進める。
「そういえば、お前の弟はなんであんなにプリンに怒ってたんだ?好物だったのか?」
「それもあるが…グレイシア嬢の手作りだとかなんとか言っていたな」
「なんだって!?クレアの手作り!?俺も食べたことないぞそんなもの!!羨ましい!!なるほどな…確かに殺意が湧いてくるのはわかる」
アイザックがそう言ったのと同時に部屋で固まったままだったジェットは突然の悪寒に身震いをした。
「お前のシスコンも大概だぞ」
「まぁ、俺はクレアが世界一だと思っているからな」
ニヤリと笑うアイザックにこっちが恥ずかしくなって目線を外に向けると日が沈みかけのオレンジに紫が混じった空が広がっていた。