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6.忠犬






それから私は休息日には必ずクレア様と出会ったあの木陰で昼寝をする事が日課になった。来るとは限らないが、もしかしたら来てくださるかもしれない…そう思うと朝食を食べてすぐに木陰に向かい、夕食の時間まで過ごす。


休息日には必ず騎士寮を出て行く私の行動をルーカスは不思議そうに訪ねてきたが、私の嫁をわざわざ他の男に見せるつもりはない。何かと理由をつけて、付いて来られそうになったときは巻いて逃げた。


そんな生活を続けて2ヶ月が経った頃、いつものように木陰で昼寝をしていると私の上に影ができたのに気付いてぱちりと目を開けた。


「きゃっ…起きていたのね、リアム」


「クレアさま!!!」

私は飛び起きるとその場で正座をする。

2ヶ月振りに会った彼女はやはり優雅で美しかった。今日はワインレッドの髪を後ろの高い位置でポニーテールにして纏めている。それだけで私の心はクレア様の可愛さに悶えていた。


「ふふふ、貴方もしかして休息日に毎回ここに来ていたの?」


「はいっ!!」


「ほんと変、貴方変よ」

クスクスと笑うクレア様はどこか嬉しそうだった。

そう思っているとクレア様はどこか恥ずかしそうに顔を背けて持っていたバスケットを私に差し出した。


「作りすぎたの。食べてくれても構わないわよ」

そういう彼女の頬はほんのり赤く染まっている。


「もちろんです!!」

私はそう言うと籠を受け取って中を覗き見た。

そこには少し形が歪なパンの他にサラダやお肉を香辛料と一緒に焼いたもの、それとプリンらしきものが入れられていた。

私はそれを見て顔を輝かせる。


「プリンだ!!」


「ええ、プリンお好きなの?」


「はいっ!!大好物です!!それとこのパン…クレア様が作ったのですか?」


「かっ!!形が悪くて悪かったわね!!いらないなら返しなさい!!」


「絶対嫌です!!」

私はそう言ってバスケットを隠すと、前回同様木陰に座り込んでパンを掴んで口に入れた。少し粉っぽいがとても美味しい。もしかして、2ヶ月も会えなかったのはこれを作る練習をしていたのかな?そう思うと愛おしくてたまらない。


「貴方辛いものが好きなの?そのチキン結構辛めに味付けしたのだけど」


「好きです!!辛いものは結構得意ですね」

そう答えながらももぐもぐと口を動かす。

食べながら喋るなんて行儀が悪いと叱らないどころかとても嬉しそうにこちらを見つめている。


クレア様はふいに近くの木の幹に腰掛けようとしたので私は慌てて持っていたハンカチを幹にかける。


「ありがとう、貴方も紳士らしく振る舞うことができたのね」


「ヘンリー隊長に叩き込まれましたから…まだまだですけど」

入団して3か月は礼儀作法についての訓練が主だった。平民から騎士になったものの中には貴族になるために騎士団にはいったわけではないと言って辞めていったものも何人かいた。


「貴方どこの家の方?」


「只の平民の出ですよ。産まれは王都から少し離れた小さな村です」

そう話しながら次は丸い形のパンに手を伸ばす。メロンパンかな?上にクッキーのようなものが乗っている。


「そう…歳はいくつ?」


「12です」


「まぁ、もしかして今年最年少で騎士団に入ったというのはリアムの事だったの?」


「ごくん…らしいですね」


「私よりも2歳も下なのに…意外としっかりしているのね」

と言う事はクレア様は14歳…あと1年で社交界デビューをして、あの乙女ゲームの舞台である青学に入学されるのか…。


「なぜ騎士になろうと思ったの?」


「…どうしても会いたい人がいて」

目の前の貴女ですとは口が避けても言えない。

会って間も無いのにずっと貴女に会いたくて騎士になりました!!なんて言ったら流石に駄目だろう。


そう思っていると少し悲しそうにクレア様は笑った。

なぜ、悲しそうなのだろう?


「そう、貴女にはもう飼い主がいたのね…」

ん?飼い主?聞き間違いだろうか?


そんなことを考えながら楽しみにしていたプリンに手を伸ばそうとした時、プリンの入ったバスケットは宙を舞った。


「きゃっ!?」

クレア様は驚いて肩を震わせた。


「…」

私は飛ばされて中身がぐしゃりと出てしまったプリンを見つめたまま固まっていた。





「こんな所で女と食事だなんて…良いご身分だな、最年少騎士様は」

そう言うのは前も私に突っかかってきた先輩、ジェットとその取り巻き4人だった。


「貴女!!何をしますの!?無礼でしてよ!!」

立ち上がってそう叫ぶクレア様の瞳は恐怖で少し揺れていた。

それを見たジェットは眉を寄せて私を睨みつける。

私の視線はまだ落とされたプリンに向けられていた。


「女に守ってもらうとは…お前、実はあの変態大臣達に体を売って騎士団に入団したんじゃないのか?」


「まぁ、なんて事を!!リアムはそんな子じゃないわ!!口を慎みなさい!!」


「令嬢風情がピーピーうるせぇな」

社交界デビュー前であまり人前に出ないクレア様がアイザック隊長の妹だとは思ってもいないのだろう。


「なんだ女、お前もこいつを買ってるのか?」

にやにやと笑うその顔は下品極まりない。

意味を理解したのか顔を真っ赤に染めて口をパクパクを動かすクレア様にジェットが手を伸ばそうとした所で私は立ち上がってその手を掴んだ。


「いっ!?何しやがる!!」

爪を立てて力の限り彼の手を掴むと彼は顔を歪めた。


「……」

推しの手料理を粗末にしただけじゃなく推しをも侮辱するなんて…許さない。


「はぁ?なんだって!?」


「…殺してやる」

雰囲気が変わったリアムにクレアとジェット達は肩を震わせた。

リアムの顔は長めの前髪で隠れていて見る事はできない。


私はそう言うと、ジェットの首を掴んで壁に抑えつけた。

ジェットの口から苦しそうなうめき声が漏れる。

それを見た周りの者達は今までとは全く違うリアムの狂気的な空気に足が動かずじっとジェットが首を絞められる様子を見ているしかなかった。


「リアムっリアム…そのくらいに…!!」

ようやく声を絞り出したクレアに一瞬目を向けたリアムだったが、その目が放つ鋭さにクレアは肩を震わせて崩れそうになる足を必死に立たせていた。


「かっ!!ゲホッゲホッ!!」

クレアの言葉通り、リアムは乱暴に手を離した。

咳き込むジェットの顔を足で踏みつける。


「…」


『貴方の望み叶えましょうか?』

そう言って私の目の前をヒラヒラと飛んだ生き物は面白そうに口に手を当てていた。


『我が名はウィンディ名前を呼んでください』


「ウィンディ…」

そう言うと私の体がかすかに熱を持ち、胸元に光が走った。


『はい、なんでしょう?主様』




「こいつを殺ー」




「そこまで」


“こいつを殺して”と命じようとした口は大きなゴツゴツとした手で抑えられる。


「…お、お兄様」

クレア様が私とジェットの間に入り込んだ男に向けてそう呼んだ事にジェット達は目を見開いて同時に顔を蒼白に染めた。


「騒ぎが本隊まで聞こえてきていた。クレアすまない。来るのが遅くなった」


「お、お兄様ぁ…」

そう言ったクレアはポロポロと大粒の涙を流しながらクレアと同じくワインレッドの髪に少し濃い緑色の瞳をした美男で攻略対象であるアイザックに抱き着いた。


「お前達の行動は騎士団長に報告する。処罰は追って伝える」


「「「「はっ!!申し訳ありません!!」」」」

腰を抜かしたジェットを掴み上げた取り巻きたちはそう言うと一目散に逃げていった。

私はアイザックの胸で泣くクレア様をぼーっと眺めていた。


「リアム・ネルソンお前は頭を冷やせ。ルーク連れてってやれ」


「…わかった」

私の口を抑えていた鬼畜兄、ルークはそう言うと私の腕を取ってその場を後にした。









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