5.ご令嬢の帰り
グレイシア目線です。
宜しくお願いします。
騎士団からの帰りの馬車の中でグレイシアは流れ行く景色をぼーっと眺めていた。
「お嬢様ようやく昼食をお持ちできたのですね」
向かいに座る侍女は空になったバスケットを持って嬉しそうに微笑む。
「いいえ、今回も駄目だったわ」
公爵令嬢である私が使用人のような事をする事にお兄様は激怒するかもしれない。そう思うと、お兄様のいる部屋に向かう途中でいつも引き返してしまう。
「そうなのですか…?ですが、お嬢様なんだか楽しそうですね」
「…そんなことないわよ」
そう言うとなんだか恥ずかしくなって侍女から顔を背ける。
これで5度目。
もうそろそろ諦めようかと思っていたら彼に会った。
作ったサンドイッチを捨てよう、そしてもう二度と料理を作るのを辞めようと思って歩いているとふいに強い風が吹いてバスケットにかけてあった布が飛ばされてしまった。
その布を拾ってくれたのは、騎士団に似合わない線の細いまだ幼さの残る少年だった。風に吹かれるサラサラの薄いミルクティー色の髪、私を見つめて目を見開く青く綺麗な瞳。中性的な少女にも見える少年はとても綺麗だと思った。
そして私が話しかけると突然膝をついて倒れて、具合が悪いのかと聞いたら私の犬になりたいなどと言ってきて…
「ふふっ」
「お嬢様?」
「なんでもないわ」
犬ね、確かに犬っぽい少年だった。
お腹を好かせていたみたいだから捨てるつもりだったサンドイッチをあげるとぺろりと全部食べてしまって、私の悪癖になってしまっている罵倒でさえ全力で見えない尻尾を振っているようだった。
誰に食べさせるでもなく、捨てるだけだった私の手料理を美味しいと笑いながら言ってくれた。
私は気付かないうちに口に笑みを浮かべていた。
それを見た侍女が嬉しそうに私を見ていた事にも気付かずに…。
彼の為に…又料理を作っても良いだろうか…。
料理を作って喜んでくれる人がいるなら…作りたい。
公爵家の令嬢らしくないかもしれない。
でもあんなに細くて騎士らしくないリアムは騎士団の花形と言われ、更に実力社会の精霊騎士だと言っていた。リアムは何故、騎士になりたいと思ったのだろうか…。
そうなるとリアムが普段どのような稽古をしているのか見てみたいわ…。私が急に行ったらあの子驚くかしら…。
友達になってと言ったら泣いて喜んだ子だ。
変な子ではあるが、私を嫌悪していないのはわかった。
私の罵倒を受けても友達になりたいと言ってくれたのは彼が初めてだった。
私が驚くくらい涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら喜ぶ彼を少し放っておけない弟のようだとも思いつつ私は彼の涙を拭いた。
リアムは実際、歳はいくつなのかしら?
好きな食べ物や嫌いな食べ物はあるのかしら?
今日会ったばかりで知らないことばかり…でも不思議と彼の嬉しそうな笑顔はしっかりの瞼に焼き付いていた。
…そういえば私が名乗る前からお兄様の妹だと知っていたのはなぜかしら?
まぁ、同じ騎士団に所属しているから知る機会があったのでしょう。
私はそう思い至ると、私の料理を美味しそうに食べるリアムを想像して次は何を作ろうかと胸を踊らせながら家に帰った。