4.手作りのサンドイッチ
「しまった…本音が」
推しに会えた喜びで変なことを口走ってしまっていたらしい。
私は咳払いをすると、彼女に赤チェックの布を折り畳んで渡した。
「ご心配をお掛けしてしまい、申し訳ございません。こちらお返し致しますね」
「っ!?誰も心配などしていないですわ!!自意識が過剰でしてよ!!」
あぁ、可愛い。
赤くなって目を背ける少女に思わず笑みが溢れる。
「…貴方変ですわ!なぜ、ここまで罵倒されているのにそんなに嬉しそうなのですか!」
「貴方だからですよ」
「なっ!?」
「可愛らしい貴方になら何を言われても何をされても私は嬉しくて仕方ありません」
事実、推しになら踏みつけられたいし、推しが望むなら踏みつけたい。何をされても命令されても嬉しいに決まっている。
心の中で私は推しに会えた喜びだけで嬉し涙を流しているのだ。
「へ、変ですわっ」
少し引いて怯えた表情をする彼女も可愛らしい。
もう、愛らしくて可愛らしいくてたまらない。
「そうでしょうか?…そちらのバスケット…アイザック隊長のお昼ですか?」
今は隊長であるアイザックも乙女ゲームが始まる3年後には騎士団を纏める団長となっている。一応攻略対象ではあるが、まだ一度も会ったことはない。出来れば会わずに過ごしたい程だ。
彼女は少し大きなバスケットを片手に持ち、その中には彩り豊かなサンドイッチが入っていた。先程飛んできた布はこの籠にかけてあった物だろう。
「なっ!?貴方には関係のないことでしょう」
ぷいっと顔をそむけてしまった。
口調は怒っているのにそむけている顔はほんのり赤い。
もう昼過ぎだが、彼女の持つバスケットのサンドイッチは手付かずのままだった。
ーぐぅううううううう
「あ」
恥ずかしい…。
美味しそうなサンドイッチを見ていたらお腹が鳴ってしまった。
休息日は朝と夜のご飯は騎士団の食堂で支給されるが、昼は自分達で作るか、食べに行くかをしなくてはならない。今日私は昼食を食べるタイミングを逃してしまっていた。
「…ふふっ」
お腹が鳴ったのが面白かったのだろうか…?グッジョブお腹!!
希少な女神の笑みを見る事ができた!!
これぞ目の保養!!
「貴方時間はお有り?」
「何時間でも!!」
「ふふふっ変な人。このサンドイッチ差し上げるわ。有り難く思いなさい」
「ありがとうございます!!家宝にして大切にします!!」
「いや、今すぐ食べなさいよ?」
「うぐっ…わかりました」
私はそう言うと剣タコだらけの私の手と違って綺麗に整えられた可憐で小さなその手からバスケットを受け取った。
公爵令嬢は爪の先までピカピカなんだな。
私は先程まで寝転がっていた木陰にバスケットを置いて隣に座るとサンドイッチに手を付けた。
「!?おいしい!!ピリッとスパイシーで、肉肉しい感じがとても美味しいです!!」
「当たり前よ。私が作ったんだもの」
「!?」
私は口にサンドイッチを頬張ったまま両目を見開いて彼女を見る。公爵令嬢が料理をするだと?この世界では考えられないし、ゲームの中でも見たことがなかった。もしかして裏設定なのか?
「…ごくんっ。そんな貴重なものを頂いても宜しかったのですか?」
「構わないわ。捨てるつもりだったもの」
「何故!?こんなに美味しいのに」
「そ、そんなに褒めても私は喜ばないわよっ!!」
ぷいっと顔をそむける彼女のちいさな耳は赤く染まっている。
照れると顔をそむけるのが癖なのか…ゲームでは確認できなかった癖だな…私の心の中の嫁ノートに書き込んでおこう。
「…お兄様に持って来たのだけど…いつも渡す勇気が出なくて……」
ポツリ…と小さな声で呟いた。
いつもと言う事は…何度かお昼を持ってきているのか…可愛い過ぎるだろうこの人。
「私が料理を作る事、お母様しか知らないの。お母様は喜んでくれるはずと仰るけど…公爵令嬢が料理だなんてって怒られるかもしれないと思うと渡せないのよ」
彼女の話を聞きながらもぐもぐと口を動かす。
こんなに美味しいのに…もったいない。
「私は毎日でも食べたいと思いましたよ」
私は口についたパンのカスをぺろりと舐めた。
「…まぁ!あれだけの量があったのにもう食べたの?」
いつの間にか空になっているバスケットを見て彼女は目を見開いた。
「美味しくて」
綺麗な中に少し歪な形をしたサンドイッチもあった。香辛料を入れ過ぎたのか辛いのが得意な私でなければ倒れるくらいに辛いサンドイッチも混ざっていた。だけどそれ以上に彼女が一生懸命に作ったことが伺えた。
一生懸命にサンドイッチを作る彼女を想像すると思わず笑みが漏れ、そんな私の表情を見た彼女が顔を真っ赤に染める。
「ちょ、調子に乗らないでくださるかしら」
「えへへ」
「…貴方」
「?」
「貴方名前は何というの?」
!?推しに名前を聞かれた…!!
私は立ち上がり、彼女に体を向けて姿勢を正すと騎士の礼を行った。
「帝国騎士団精霊部隊所属リアム・ネルソンであります。…まだ見習いですが」
「まぁ、精霊部隊の方でしたのね」
彼女はそう言うと、簡単にドレスを整えて淑女の礼を行った。
「リアム様、わたくしはグレイシア・フォックスと申します。貴方わたくしのお友達になりなさい」
「えっ!?」
「嫌とは言わせないわよ」
「そんなっ…光栄です…ぐすん」
「えっちょっと!!なんで泣くのよ!!」
「うぅ…気にしないでください」
今日私は死ぬのか…推しに会えただけではなく手料理まで食べて、更には友達に…?嬉しすぎて涙が止まらない。
「嫌がって泣いているならわかるけど貴方のそれは不思議と嫌がっているようには見えないわ…むしろ泣いて喜んでいるみたい」
「あ、当たり前ですっ!!」
嬉し涙と鼻水で濡れた私の顔を見て彼女は吹き出した。
「もう、貴方本当に変ね。ほら、涙を拭きなさい」
そう言うと彼女はポケットからハンカチを取り出して私の涙と鼻水を拭いてくれた。
「なんだか弟ができたみたい。私の事はクレアと呼んでもらって構わないわ」
「えっ!?良いのですか?」
「ええ、貴方の事はリアムと呼ぶわよ」
「ありがたき幸せ…」
「変な人、また何か作って持ってくるわその時は私の相手をなさい」
「はっ!!」
私はビシッと騎士の敬礼をすると可笑しそうに笑うクレア様の笑顔を心の嫁ノートに複写した。