2.最年少騎士
鍛え上げられた筋肉をこれでもかと晒す男ばかりの中で場違いな程に華奢な少年が髪から滴る汗をシャツの袖口で拭っていた。
ミルクを多めに入れたミルクティー色の柔らかそうな髪にブルーサファイアのような深く澄んだ青色の瞳、少女にも見える顔の整った少年に周りの男達はチラチラと視線を向けていた。
「リアム・ネルソン!!」
そう呼ばれた少年は青い瞳を見開いた後、訪れた人に対して騎士の礼をする。
「キャンベル大臣、お久しぶりです」
私はそう言うと目の前のふくよかな男性に向かって笑顔を向けた。まぁ、綺麗に言ってみたが要するに太り過ぎて滲み出た脂で額をギラギラに輝かせている中年のおっさんだ。
「そう固くなるな!今月の模擬戦も上位に入ったそうだな」
ぎゃあっその何を触ったか分からない汗ばんだ手を肩に乗せるな!!なんだか湿ってきたぞ!!
私は泣きそうになりながら笑顔を保つ。
「優しい先輩方のおかげです。もちろんキャンベル大臣も」
優しい先輩方…訓練後に複数人対私1人で稽古をしてくださったり、私が使う剣に“わざわざ”ヒビを入れて折れやすくしてくださる“親切な”先輩方だ。全く思い出しただけでも首筋に氷を入れてやりたい。
「惜しいな、お前を逃がすのは惜しい。すぐにでも私の元で働かないか」
薄い顎髭を雑に伸ばした顎を撫でる。髭のある男がカッコいいとでも思っているのだろうか?この大臣のそれは不衛生さしか感じられない。この人の元で働くなら全裸で王都を一周した方がマシだ。
「光栄なお誘いですが、私はまだ騎士見習い故…」
そう、私は入団してまだ半年の見習い騎士だ。
普通このような貴族から声がかかるのは一人前となり、ある程度実践を積んでからだがどうやらこの大臣は私に気に入ったらしい。考えるだけで毎日寒気がする。
「そうか、気が向いたらいつでも声をかけてくれ。いつでも大歓迎だ」
「ありがとうございます」
気が向く事はないだろうが、私は騎士としての仮面を貼り付けて稽古場を後にする大臣に笑顔を向ける。
「ショタコンの変態め」
「こら、聞こえるぞ」
大臣が去って私は真顔に戻ると隣に同期の背の高い黒髪、黒目の男が近付いてきた。私に注意しているような口振りだが、その口はにやにやとニヤけている。絶対に面白がっているなこいつ。
「ルーカス…」
私は心底嫌そうな顔をするとルーカスはがはがはと笑いながら私の肩に毎日の稽古で太くなった日焼けた腕を乗せる。
「なんだ?さっきまでの貴公子様はどこへ行った」
「あれは外用」
「本当にお前は面白いな!!」
そう言ったルーカスは私の背中をバシバシと叩きながら大笑いする。
「叩くなよ!!」
私は30センチは身長差のある男を睨みつける。私だって年齢の割には高く160センチはるが、異国の血が入っているこの男の背の高さは異常だ。話す時見上げないといけないから首が痛い。
私は半年前、帝国騎士団に入団した。
いよいよ、グレイシアに会える!!と、意気込んでいたが半年経った今でも会うことができていない。
「くっそ…そろそろ嫁不足で暴れそうだ」
「何言ってるんだお前」
不思議そうな顔をするルーカスを無視する。
だって5年だぞ!!5年間推しに会えると思って兄さんに虐められながら剣の練習をして…やっと会えると思っていたのに影さえ見る事ができないなんて…!!私がぐぬぬと唸っていると誰かが近付いて来た。顔を見るといつも私と“仲良く”してくれている“親切な”先輩方だ。
「早く大臣の所で可愛がってもらえよな。最年少騎士君」
そう言いながら5人の先輩達は私に見下したような目線を向ける。いつもなら無視するところだが、嫁不足の私はすこぶる機嫌が悪い。
私は満面の笑みを先輩方に向ける。すると、全員頬を赤く染めて少し身を引いた。
「その前に、先輩方が私の相手をしてくれますか?」
そういった私は止めに入ったルーカスをも吹っ飛ばして先輩達に拳を突きつけた。
「リアム・ネルソン!!」
「はっ!!」
私は名前を呼ばれ、体に染み付いた敬礼を目の前の男性に向けた。敬礼した時さっき先輩に引っかかれた頬の傷が少し痛んだ。
「これで何度目だ?」
「えーっと…3…いや、4?」
いや…5回目だったかな?騎士団にバレているのは…。騎士同士であれこれがあったのは10回やそこらではない。今回は稽古後の休憩時間に暴れてしまったので当たり前に上官にバレた。
「6度目だ!!入団半年でここまで乱闘騒ぎの多い見習いは初めてだ」
そう言って溜息をつくのは私が所属する精霊騎士隊、隊長のヘンリー隊長だ。緑色の髪に金色の瞳隊長は土と水精霊と契約していて、植物創造魔法を得意とする。ルーカスに普段温厚なヘンリー隊長をここまで怒らせるのは凄いことだと言われたことがある。
「申し訳ありません!!」
私は思ってもないが、謝罪を口にする。
「まぁ、ルーカスや、周りの証言もある。先に声を掛けたのはジェット達かもしれんが、先に手を出したのはお前だそうだな?」
「はっ!!」
まぁ、それは間違いでもない。昔兄に相手が手を出すまで手を出すなと口煩く教えられたが、暴言も立派な暴力だ。喧嘩を売られたら買ってやるまでだ。
「はぁ…ウチは少し前まで騎士団一、温和な隊と言われていたのに…今ではお前のせいで凶暴なゴリラの巣だとか言われているんだぞ」
「ゴリラは…強そうですね」
この世界にもゴリラって居たのか。
見たことないけど。
「そーいう事を言っているのではない。そろそろ本気で本隊のルークにお前を鍛え直してもらうぞ」
「ぎゃっ!!お、脅そうたってそうはいきませんよ!!別隊を巻き込むのは良くない!!…と、思います」
口調が崩れた私をギロリと睨んだのは他でもないヘンリー隊長だ。大臣の前であれだけ丁寧に接する事が出来るようになったのはヘンリー隊長徹底指導のおかげだ。ヘンリー隊長は普段何事に対しても寛大だが、目上に対する言葉遣いや態度についてはとても厳しい人だった。
「私もあまり乗り気ではないが、お前の素行があまりにも悪いと行動に移す」
本隊のルーク…つまりはヘンリー隊長はあの鬼畜兄に私の更生をさせようとしているのだ。それだけはどうしても避けたい。
何処から手に入れた情報なのか、ヘンリー隊長は私があの鬼畜兄に弱いことを知っているらしい。
「か、改心します」
「はぁ、その言葉も何度目かな…今回の処罰は3日間の夕食抜きと稽古場の草むしりだ」
「えっ!?夕飯抜きですか!?」
「馬鹿か、戦場では3日どころでなく1週間食事を取れない事もあるんだぞ。反省文を無くしただけありがたく思え」
「反省文でも大丈夫ですけど…」
「お前の反省文は反省文じゃないからな!!ごめんなさいと一文添えただけの紙を出してきたり、原稿10枚書けと言えば全てのマスにすみませんとだけ書いて提出したり…!!」
「す、すみません」
血走った目で怒るヘンリー隊長は少し怖かった。
ちょっとふざけ過ぎたかも…ごめんなさいと心の中で再度謝っておく。
「お前と話すと疲れる…次何かやらかしたら本気で処罰するからな!!」
「はっ!!」
私はそう言って敬礼して一礼すると、ヘンリー隊長の執務室を後にした。