1.前世の記憶
「母さん私騎士になる」
「マリー!?」
王都から少し離れた田舎、住民全員が顔見知りといったとても小さな村で私は生まれ、優しい母と少し意地悪な兄と3人で暮らしていた。
1ヶ月前私は足を滑らせて川に落ちた。たまたま通りかかった兄さんが私を助けてくれたが、それから1週間高熱にうなされている間に私は前世の記憶を思い出した。
前世で私は日本という国の一般家庭に住んでいた。前世の記憶とは不思議なもので、自分の実体験の映像をテレビで見ているかのような感覚だった。その中で前世の私がやり込んでいた乙女ゲーム『青薔薇学園〜美男の花園〜』というものを思い出した。…うん、作品タイトルについてはあえて何も突っ込まないでおこう。
それは王道な学園にいる美男達との恋愛を楽しむゲームだったが、私がそこで1番入れ込んだキャラは金髪青目の優しい王子様でも、赤髪緑目の頼りになる騎士様でもない…ヒロインのライバルキャラ…悪役令嬢だった。
「ツンデレ最高っ!!…あいたたたた」
1週間寝込んで目覚めた私の第一声に母は本気で心配していた。
その乙女ゲームを思い出した時攻略対象の一人にとても見覚えがあった…私の意地悪な兄はその乙女ゲームの攻略対象だったのだ。確かに昔から兄は老若男女問わずモテモテだった。キラキラの銀髪に深い青い瞳、何故村にこんなイケメンが?と誰しもが口にした。そんな兄は帝国騎士団の副団長という立ち位置だった。
信じがたいが、これはゲームの中の世界らしい。決定打は私だ。私はこの『青薔薇学園〜美男の花園〜』通称青学のヒロインらしかった。学園の衛兵をしている兄の義理妹、それがヒロインという設定だったのだ。そう、ずっと兄妹だと思っていた兄と私は本当の兄弟ではなかった。兄は今は亡き母の実兄の息子…つまりの従兄妹…だったのだ。
私の色素の薄い茶髪と青い瞳もそのヒロインの容姿と一致する。ヒロインは精霊が住むこの世界でとても稀な『精霊の加護』という力を持ち、精霊にとても好かれる。精霊を信仰するこの国で『精霊の加護』を持つ者は国に保護される。そして保護された後、私は青学に通うことになるのだ。
だがしかし、そんな事はどうでもいい。
私は美男よりも…美女が好きなのだ!!
そしてツンデレ萌えな私が前世で一番推していたのが、青学のヒロインのライバル悪役令嬢であるグレイシア・フォックス公爵令嬢である!!
私の推しのいる世界に生まれたのだ何としてもお近づきになりたい。
グレイシアは帝国騎士団長の妹…という設定で、攻略対象である第一王子の婚約者という設定だった。
騎士団長の妹なら、騎士団に入れば会えるかもしれない!!
そんな安直な考えで私は母さんに騎士になることを今、進言している。
「マ、マリー?落ち着いて…あなたこの前からおかしいわ。何より騎士は男の子しかなれないのよ?」
なんだって?
諭すように声をかける母さんの眉はハの字に曲がっている。
「じゃあ私男になる!!」
私はそう言うと、近くにあったハサミを掴んで長かった髪をバッサリと切った。
「マ、マリー!?!?」
母さんはフラフラと座り込んで頭を抱えた。
「ただい…お前何やってんの?」
王都で騎士見習いとして働いている兄さんはたまに村に帰ってくる。そのたまにがちょうど私が川に落ちてしまった時だった。それから私に付きっ切りになっていた母さんを助けるために長期休暇を取って村に残ってくれていたのだ。
「兄さん!!剣を教えて!!」
買い物袋を机に置いた兄に私は駆け寄ったが、兄は眉を寄せて私の切りたての不格好な髪を見る。そして、あろうことかそれ以上近づくなと言わんばかりに私の頭を抑えつけて距離を取る…なんてひどい兄だ。
「はぁ?つか、お前何その頭」
「切った!!…あいたっ!!何すんの!!」
この鬼畜兄…可愛い妹にゲンコツをしやがった!!
青学のゲームの中のヒロインはこんな兄の何処を好きになったんだ!!顔か!!顔しかない!!絶対そうだ!!
私は涙目になりながら兄を睨み見る。
「お前…これ以上母さんに心配をかけるな」
頭を抱えて唸る母さんをソファに座らせながら兄さんは溜息をついた。
「やだ!!私は騎士になるの!!」
「馬鹿かお前!!」
その後、なれるものならなってみろと兄に脅され、血を吐くほどこてんぱんに鍛え上げられた。兄はやはり鬼畜だ。鬼畜兄だ。しかし私は推しに会うため、音を上げることなく5年後の12歳になった年に最年少で帝国騎士団に入団した。