第91話 入学試験③
4356、4360、4361、4365、4373………。
何度見返しても、瞬きをしても、俺の受験番号である、4362は一向に現れることはなかった。
「……」
───やっぱりか。
こうなることは何となく予想はしていた。
だが、ミルザが通っていた学園だ。
完全実力主義という大義名分もある。
必ず、天職だけでなく、全ステータスを考慮して、合否の判断をすると思い込んでいた。
だが、そんなことは普通に考えれば、不可能だ。
昨日の今日で、合否の発表をしているのだ。
たった1日で、約1万人もの受験者のステータスの隅から隅まで目を通して、合否の判断材料にすることなど、到底出来るはずもない。
この早さで結果を出すことが出来たのは、一番最初に目に入る『天職』でほとんどを判断していたからだろう
分かっていたはずだ。
『無職』が、簡単に理解されないことくらい。
仮にステータス全体に目を通していたとしても、俺の場合、天職と別の能力値のバランスが明らかにズレている。
最悪の場合、偽造の疑いをかけられていても何らおかしくはないだろう。
それでも、信じてみたかった。
ミルザやサイオス、ラフィーにエルフィアたちのように、俺のことを認めてくれるやつが他にもいるんじゃないのかって。
期待があった、希望があった。
それでも結局は、こうしてあっさりと裏切られる。
そう思って、溜息が出そうになった、その時───。
「こんなのおかしい! 審査員の目は節穴なの!?」
「そうですよ! こんなの、気にしてやる価値もありません!」
ラフィーとエルフィアは、俺の番号がないことを確認すると、顔を真っ赤にして、そう叫びあげていた。
「なんで、俺より二人の方が怒ってるんだよ?」
「当たり前よ! ユウがどんなに凄い人なのか、ここの連中は全然分かってない」
「逆にマスターはなんで、怒らないんですか!」
「え、えっと、まあ、何となく分かってたことだしさ。 もう慣れてるんだよ」
2人の威圧に気後れしながら、俺はそう応えた。
事実、こんな風に馬鹿にされることは、あっちの世界にいた頃から、何ひとつとして変わっていないのだから、さすがに慣れてしまうというものだ。
まあ、あまり慣れて良いことでもないのだろうが。
「むー、マスターは優しすぎますよ。 でも……そこがまた魅力的なんですけど……」
ラフィーはぷっくりと頬を膨らませて、不満そうに言った。
後半部分は、何故か急に声が小さくなって、上手く聞き取れなかったが。
「……ユウが入らないなら、私も絶対にこの学園には入学なんてしないから」
エルフィアはそう強く宣言する。
「はは、二人ともありがとう。 でも、大丈夫だ。 考えはあるから」
俺は、未だ不服そうにする2人を宥めるように、彼女らの頭の上にそっと手を置き、ゆっくりと撫でるように動かし、感謝の言葉を口にする。
すると2人は心地良さ気に目を細めていた。
こんなにも、俺のために怒ってくれたことが、本当に心の底から嬉しかったのだ。
ついつい頬が緩んでしまうのも致し方ないことだろう。
確かに落胆はあった。 悔しくないと言えば嘘になる。
だけど、まあ、別にいいか。
なぜなら今は、少数ながらも、俺の事を理解してくれている存在がいるということを知っているから。
「まあ、過ぎたことだ。 ひとまず今日は帰ろう?」
俺は2人の頭から手を離し、微笑みかけて、そう提案した。
まだ2人は納得しきれていなさそうだったが、なんとか今は頷いてくれた。
そうして、合格者番号の書かれた発表板を再び眺めて、宿へ足を向けようとした。
「────へぇ、君が噂の『無職』なんだね」
その時、後方から、そんなふうに言う、何者かの声が聞こえてきた。
『無職』という言葉が含まれているあたり、間違いなくその声が、俺に対して向けられたものだと言うことは理解出来た。
しかし、奇妙なことに、そう言い放った声の主は、音もなく、そして気配すら感じさせずに突然、俺達の後方に現れたのだ。
その事に、若干動揺しながら、声が聞こえてきた方向に振り返る。
エルフィアとラフィーも、同じタイミングで振り返った。
すると、視界に映ったのは、恐らくこの学園の制服であろうと思われる服装を装った、1人の少女の姿だった。




