第90話 入学試験②
「それでは初めに、ステータスの提示をお願いします」
そう言って、試験官は、俺に魔版を出すように促してくる。
魔版は、一見ただのカードにしか見えない代物だが、所持者が『開示許可』と念じれば、他人にも閲覧できるように、ステータスが光の画面になって、空中に浮かび上がるような仕組みになっている。
ただし【固有スキル】だけは表示されない。
その見た目から、基本は、ステータスカード、と呼ばれるのが一般的だそうだ。
よってステータスを確認するには『鑑定眼』を使用するか、本人の同意の上で、ステータスを開示させる必要がある。
この学園の一次選考では、ステータスを開示させて、それを紙に写し取って、選考の対象とするようだ。
「分かりました」
俺は、試験官に言われた通りに、ステータスカードを取り出して「開示許可」と頭の中で呟いた。
すると、ステータスカードから、俺の視界に表示されているものと同じような青っぽい画面が浮かび上る。
「えっと、ユウ・クラウスさん、で間違いありませんね」
試験官は浮かび上がったステータスの画面上部に表示されている名前の部分を見て、そう、本人確認取ってきた。
俺が「はい」と応えると、試験官は次の欄に視線を移す。
「天職は……」
それを見た途端、試験官は目を丸くして絶句していた。
やはり、天職が空欄となっていることには、さすがの試験官でも動揺を隠せないらしい。
ここまで大規模な試験の試験官を務める者ともなれば、当然、今までに何万という数のステータスを拝見してきているはずだ。
その中には、一般的に多いとされる普通職から、滅多に見られない希少職まで、選り取りみどりというわけになる。
ならば、試験官は、ある程度、どんな天職やスキルを見ても、大体が1度は見たことがある、ということになり、そこまで驚いたりはしない。
そもそも、試験中に、試験官がステータスを見て驚いたりしているようだと、周りの者に個人情報が流出するという可能性もある。
だからこそ彼らは、どんなステータスを拝見したとしても、冷静に、そしてスムーズに仕事をこなすことが出来る。
言ってみれば、プロフェッショナルなのだ。
そんなプロフェッショナルな試験官が、唖然呆然とするほど、俺の天職は奇天烈なものだと言える。
それはそうだろう。 世界に2人しかいないんだから。
「───! も、申し訳ありません。 かなりひど、い、いえ、珍しいモノを目にしたものですから」
固まってから数秒後、試験官は、はっと我に返って、そう言った。
今、絶対に酷いって言おうとしただろ!
内心で文句を垂れる。
でも、まあ、慣れてるし、仕方の無いことだともう割り切っている。
大抵の奴らは、これを見たら、大笑いするか、嘲笑の目で俺の事を見てくる。
しかし、それに比べてこの試験官は動揺はしているものの、そんなことはしたりしない。
やはりプロだ。 個人情報保護に細心の注意を払っていることが窺える点、まだ好印象だ。
試験官は、その後、あたふたしたりしながらも、何とか固有スキル以外の全てのステータスを確認し終え、用紙のような物に手際よく書き写していった。
「そ、それでは、これで一次選考試験を終了します。 こちらが、ユウ・クラウスさんの受験番号になります。 結果発表は明日になりますので、お忘れないように」
試験官はそう言って、番号の書かれた紙切れを渡してきた。
4362、そう記された紙を見下ろすと「ありがとうございます」と素っ気なく礼を言う。
こうして、第一次試験は無事終了した。
あとは明日、もう一度ここに来て結果をみるだけだ。
そう考えながら、試験官の前を後にした。
「あ、ユウ、今終わったのね」
その時、人混みの脇の方でぽつり立っていたエルフィアが、声をかけてきた。
どうやら、俺よりも先に終わっていたようで、受験生達がずらりと並ぶ列の道脇で待ってくれていたみたいだ。
妙にエルフィアの方に視線が集まっている気がするが。
「ああ、待っててくれたんだな」
「うん。 まぁ20秒くらいだからあんまり待ってたとはいえないけど」
俺がそう言って、エルフィアの元へ向かうと、彼女は可愛らしく苦笑いした。
「それでもありがとう」
例え短い間でも、俺の事を待っていてくれたというのは正直とても嬉しかったことだ。
「ん」
俺が素直に感謝すると、何故かエルフィアは目を見開き、唇をきゅっと噤むと、俯いて、頬を染めながら、コクリと小さく頷いた。
その時、周りから「ちっ」と舌打ちが聞こえたような気がしたのは、きっと俺の聞き間違いだろう。
「それじゃ、帰るか」
そして、俺達は王都での拠点である宿屋に帰った。
エルフィアは結構レアなスキルをいくつか持っていたし、天職は『上級魔術師』だったから、よっぽどのことが無い限り一次試験は合格出来るはずだ。
ただ、問題は俺の方だ。
ただでさえ、無職というだけで悪印象だと言うのに、スキルまで1つもない。
おまけに、頼みの綱である固有スキルは一次試験の審査対象にはならないときた。
果たしてこの状態で、俺の方が合格出来るかどうかがどうしても心配でならなかった。
まあ、一応、不合格だった時の対応にも考えはあるのだが。
とにかく今は、2人で無事に合格していること祈るばかりだ。
そして、そんな不安を抱きながらも、運命の合格発表日である翌日を迎え、俺達は再び、ミシェド学園の『学校舎エリア』高等科棟に来ていた。
そこには、横幅10メートル、縦幅6メートルはありそうな、大きな看板が設置してあった。
どうやら、あの看板に、合格者の受験番号が発表してあるようだ。
しかし、その前には、わちゃわちゃと多くの人々でごった返していた。
「これでも遅めに来たつもりだったんだけどな」
こうなることは、だいたい予想が着いていた。
何せ1万人以上の人が試験を受けているのだから、合格発表の日は、家族やら友人やらも着いてきて、さらに多くの人がくる。
だから、繁華街の方でかなり時間を潰してから、人が減るのを待って俺達は来ていたのだ。
さすがにあの人数を掻き分けて入るのは、かなり危なそうなので、俺達は再び街の方で時間を潰すことにした。
そして3時間後、日も傾き出した頃、同じ場所に戻ってくると、既に人だかりはほぼ無くなっていた。
難なく看板の前に到着し、その多くの数列を眺める。
「確かエルフィアの番号は、4171だったっけ?」
「ええ。 ユウは4362よね」
番号は数の小さい順に並んでいたので、あるとすれば、真ん中くらいに二人ともあるはずだ。
そう考えて、俺とエルフィア、そして、武装化状態じゃないラフィーの3人は看板の中央部周辺に視線を向けた。
「あ、4171、ありましたよ!」
ラフィーが指さす方向には言う通りに、4171という数字が書いてある。
「お、ほんとだ。 えっと、俺の番号はっと」
そう呟いて、高校入試の時のドキドキ感を思い出しながら、近くの番号を順番に指と目で追っていく。
4252、4263、4270、4296、4300、4312、4326、4342、4356、4360、4361─────。
そして、俺はそれを見た瞬間、強い脱力感とともに、大きく、肩を落とした。




