第76話 檻の外
「分かった。 君の願いを叶えるって決めてたしな」
ユウがそう言ってくれるのを聞くと、私は今にも舞い上がってしまいそうなくらい高揚してた。
しかし、嬉しいと言うよりは、安心した、という言葉の方が正しいのだろうか。
ほっ、と肺の中の空気を全部吐き出してしまったような感覚があるほど、安心していた。
だめだ、と言われることも覚悟していた。
当然、そう言われても引き下がる気は無かったけど。
面倒くさい女だって思われるのは、少し嫌な感じがするけれど、私にとってはこれが一番の望みなのだ。
それに、ユウは私と似ていると言った。 私の気持ちがわかると言った。
それなら、私だって今なら彼の気持ちを多少は理解できるつもりだ。
一人は寂しい。 それは私がずっと隠してきたことで、きっと彼自身も隠してきたことなんじゃないかと思う。
以前に彼は自分の過去を語ってくれたけれど、それを聞く限りでは、寂しがっているように思えて仕方がない。
だったら私一人でも彼の側にい続けてあげたい。 ユウの後ろでも隣でも、ずっと寄り添って生きていきたい。
例えただの私の妄想だったとしても、これこそが私が心から望み、手に入れたい、私の道なのだから。
そうしてすぐにでも彼の手を取ろうとした。 けれど安心したせいか、急に冷静になってしまった。 そう、なってしまったのだ。
それまで、場の雰囲気と勢いに身を投じているあまり、自分の言動にあまり気を配れていなかった。
急に冷静になって、その言動を思い出してしまえば、恥ずかしさに悶えたくなった。
胸が高鳴る。
急に全身の熱がすべてが顔に集まってくるくらい、顔が熱かった。
一体、どのくらい今の私の顔は真っ赤なのだろうかと、想像するとますます恥ずかしくなった。
こんな顔見せたくない、その一心で顔を両手で覆って伏せたのだ。
というか、ずっと一緒にいたいとか、私も連れて言ってくださいとか、なんだかわからないけどすごく恥ずかしいセリフのように思える。
それに、私も側にいた方が彼にとってもいいことだなんて、都合のいい妄想にしか聞こえないわよ。
勢いに任せて、本当になんて恥ずかしいこと言ってるの。
確かに、本音を言ったんだけど、もっと言い方があったはずじゃない。
もっと恥ずかしくなくて、ユウに気づかれにくい言い方が。
このよくわからない気持ちのせいでユウに迷惑をかけることだけは絶対に避けたい。
兎にも角にも、私はまだユウのことを知らなさすぎる。
もっとユウと話したい。 もっとユウのことを知りたい。 もっと───
「おーい?」
「ひゃい!」
呼びかける声に、我に返り、驚いたせいか変な声が出てしまった。
両手をずらして顔を上げると、手を差し出して不思議そうに「どうした?」とこちらを窺うユウの姿があった。
私はおどおどとしながらも、なんとか落ち着いて、やけに大きく見えた彼の手を取った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
外に出ると、すでに日も暮れようとしていて、鮮やかな夕焼けが広がっていた。
外に出ることができたとは言うものの、あれからかなり苦労した。
「さあ、行こう」
俺はそう言って、あの重い扉を開いたのだが、エルフィアがなかなか動き出さなかった。
まあそりゃそうか。
なにせ簡単に言ってしまえば、彼女は『引きこもり』なのだから。 それも重度の。
ここは言わば彼女にとっての聖域といえよう。
しかし、これは乗り越えなければいけない壁だ。 ここで踏み出さなければ、全てがまた振り出しに戻る。
「大丈夫。 エルフィアは一人じゃない」
俺は手を握る強さを若干強めて言うと、彼女は溜息を吐いて。
「ええ、分かってる。 こんなとこでビビってるわけにはいかないわよね」
そう呟いて、震える右足をようやく一歩前に踏み出させた。
俺も隣をその歩調に合わせて歩く。
ゆっくりと、でも着実に一歩ずつ。
そうだ。 ゆっくりでいいんだ。 必ず超えられる。
手を繋いでいるせいで彼女の体の震えが全身に伝わってくる。
怖いんだろう、地上が。 今まで敵ばかりだった檻の外が。
けれど、これを乗り越えれば彼女は一つ強くなれる。
ここが新たな踏ん張りどころだ。
彼女は何度も何度も心配そうに俺の方を覗き込んでくるのだが、俺はその度に「大丈夫」と声をかけてやる。
そしてなんとか扉を潜り抜けたのだ。
通り抜けると彼女は振り返って扉の奥を驚いたように眺めていた。
まさかこの視点からあの部屋を見る日が来るということが信じられなかったのだろう。
しかしこれはある意味彼女の自信に繋がったのだろう。
自分は出られた。 この檻の中から。
これからは自分で人生を決めていくのだと。
階段は俺も驚くほどにスムーズに登ることができた。
まだ体の震えが止まったわけではなかったが、それ以上にわくわくしているように見えた。
これから掴んでいくであろう自分の幸福に。
そしてややあって、俺たちは地上に出たのだ。
久しぶりに感じる光に、エルフィアは「まぶしっ」と漏らした。
そして涙目になりながらその夕焼けを見つめ、息を吐くように呟く。
「はぁ、本当に、出てきたのね……」
あの夕日はさながら「ようこそ」と彼女のことを歓迎しているに違いない。 今の俺にはそう思えた。




