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クラス転生譚 〜最弱無職の成り上がり〜  作者: 美夜尾maru
第8章 〜新しい君へ〜
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第73話 新しい君

 



「その夢、私も見たことあるかもしれない……」



 俺はそれを聞いた時、驚いたように目を見開いたが、少し経つと不思議なことに、その言葉がしっくりと腑に落ちた。



 どうしてかは分からないが、俺は彼女も同じような夢を見ているのではないかということを、前々から予想していたのかもしれない。



「はっきりとは覚えていないんだけど、とても酷い夢だったということだけは覚えてる……」



 話を続けるようにと会釈した俺を見ると、エルフィアはしくしくと語りだした。



 よく見る夢。 何度も何度も違った死に方をする嫌な夢。



 けれどそれは、彼女を押さえつける罪悪感から少しだけ逃避させてくれるものだった。



 自分なんて死んでしまえばいいのにと、何度思ったことか。



 どこまでも卑屈で、悲観的な自己観念。



 長い間ずっとずっと感じて来たそんな気持ちを少しだけでも和らげてくれるのは、己の死を描く、そんな悪夢だけだった。



 この辛い世界から逃げ出したい、死んでしまいたい。



 夢を見るようになったのは、そんな思いを抱くようになってからのこと。



 死んで、死んで、死に続ければ、いつか現実の自分も消えて無くなるのではないかと、夢の中でいつも期待してしまう。



 けれど、毎日毎日、目は覚めてしまう。



 自分でつけた体の傷もすっかり癒えた状態で。



 そんな力を彼女は呪った。



 なぜ、死なせてくれない。 なぜ、消えさせてくれない。



 そしてまた、夢の中で死んでいく。



 けれど、とある日の悪夢の中に、彼女以外の人影が現れるようになった。



 顔はよくわからない。 なぜそこにいるのかも理解できない。



 けれど、いつからか、彼は手を差し伸べようとしてくれるようになった。



 その度に何度も心が揺れた。



 それでも、彼女は死を選び続ける。



 誰も自分を救うことなどできるはずもなく、むしろ手を差し伸べてくれる人を傷つけてしまうから。



 しかしある日、夢の中でないのに、彼女に近づく者が現れた。



『君を救いに来たんだ』



 彼が現れてからというもの、夢の中にはいつも彼がいる。



 いや、もしかしたら、今まで手を差し伸べてくれていた人こそが彼だったのかもしれない、そう思い始めたのは、彼と、ユウという男と出会ってから半月が経った頃だった。




 俺はエルフィアの話をしみじみと聞いていた。



「そっかぁ……」



 胸の中につっかえていた何かが飛び出すしたように、俺の喉からは大きな溜息が漏れ出た。



「疑わないのね……」



 エルフィアは目を伏せて呟いたが、俺が彼女を疑う理由なんて、どこにも見当たらない。



「疑う必要がないからな」



「でも曖昧なただの夢の話よ?」



「じゃあ君は俺の話した夢のことも疑わないのか?」



 すると彼女はバツの悪そうに唇を尖らせた。



「そ、それはそうだけど。 こんな話───」



 エルフィアという少女はどこまで自分に自信がないのかと、昔の自分と重ねて、思わず苦笑いしてしまう。



「いいじゃないか。 別にその夢が偽物だろうが本物だろうがさ?」



「でも、偽物だったらユウは完全に無駄足を踏んだことになってしまう……」



「別に無駄足を踏んだつもりは無いよ」



「どうして、そう言いきれるの?」



「どうして、か……。 じゃあさ、ひとつだけ聞いてもいいか?」



 俺は彼女がこくりと頷くのを見ると。



「俺は、君を救うことができたかな?」



 すると、彼女の膝が微弱に振動するのが頭を通して全身に伝わった。



 しばしの沈黙が降りる。



 しかし、それも束の間でエルフィアは大きく息を吐いて、体と声を震わせながら、こくこくと何度も頷いていた。



「うん……。 ユウは、私を救ってくれたよ……」



「それなら、よかった」



 俺は、ほっと安堵の吐息を漏らす。




「ありがとう……。 遅れてしまったけど、ありがとう、本当に、ありがとうっ……」




 涙を浮かべ、声を揺らしながらも表情を和らげて微笑む彼女を見て、全てが報われたと思った。



 きっと、夢とか頼みとか、そんなことよりも彼女の「ありがとう」を聞くために、今まで俺は頑張ってきたんだ。



 俺の心は満ち足りていて、自然と声が出る。



「それが聞けただけで、俺は大満足だ。 夢が偽物とか関係ない。 俺はそれを聞きたくて君を救ったんだと思う」



 今俺は初めて、自分の意思に従い、やりたいように、願うがままに行動して、達成したんだ。


 今日感じた満足感はきっと二度と忘れないだろうと、この瞬間を噛み締める。



「それじゃあ私もひとつだけ聞いてもいい?」



 エルフィアが突然訊ねてきたことに少し気後れした俺は一拍置いて「ああ」と頷くと、彼女はすっと大きく息を吸い込んだ。



「私は、新しい私になれたかしら?」



 なるほど、と内心で呟いて、今一度、エルフィアの綺麗な紫紺の右目と、翠玉の左目を覗き込んで返した。



「それは君自身が1番分かっているはずだ」



 エルフィアもそう返ってくるのはある程度予想していたようで「ふふ」と頬を綻ばせると。



「……そうね。 私は変われたわ。 全部ユウのおかげよ」



「俺はただ手伝いをした。 本当にただそれだけだ。 これは、君自身が選択した道なんだ」



「私が選択した道……?」



「そうさ。 今の君は、自分自身で選んで、生きていたいってそう願った、新しい君なんだ」



「新しい、私……」



 今俺の目の前にいるのは、新しい道に立ち、新しい生き方を選んだ、新しいエルフィアなんだ。



  それならば、今俺がかけるべき言葉はたったひとつしかない。



 今こそ言ってみせよう、新しい君へ!



 俺は上体を起こし、彼女の隣に腰掛けて、ニコッと笑ってみせて、手を差し出して言った。



「初めまして。 俺はユウ・クラウス。 世界を変える男だ!」



 突然の俺の言動に、エルフィアは呆けたようにきょとんとするが、直ぐに元に戻る。



 そして彼女はその細い指で、溜まった涙を拭いさると、俺の目を覗き込み、 きょろきょろと視線を泳がせながら、不慣れな感じでよそよそしく自己紹介した。



「は、初めまして……。 私は、エルフィア・ハーミット。 えっと、その、よろしく」



 彼女もきっとまだ不安は残っているのだろう。


 俺だって未だに人と関わることに躊躇いは残っている。


 けれど、ミルザやラフィー、サイオスとの出会いが、そんな不安を緩和してくれている。


 だからこそ、今、彼女にこんな言葉をかけることができたのだ。



 俺が言ってみせた挨拶を聞いた彼女は差し伸べた手に恐る恐る、自分の手を重ねた。



 握られた掌は僅かに震えていたけれど、次第にその震えも収まっていった。



 交わした挨拶はどこまでもたどたどしいものだったが、今はそれすらも喜ばしい。



 こうして、俺は今日、エルフィア・ハーミットという白銀の少女に出会ったのだ。






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