第72話 夢の話
意識が戻ると、後頭部に柔らかな感触を感じた。
「こ、ここはぁ……」
力の入らない寝起きのような声が漏れ、俺は重い瞼をゆっくりと持ち上げる。
すると、俺を真上から見下ろす白銀の少女の姿が映った。
「……目を覚ましたのね。 よかったぁ」
安堵したような吐息を漏らして、優しく微笑みかけてくれたのがエルフィアだということには直ぐに気づいた。
そして、頭に感じる夢心地にこの体勢、俺を真上から見下ろすエルフィア。
これは、もしかするとと思って弱気に訊いた。
「これって、まさか、ひ───」
俺が動揺してきょろきょろとしながら言おうとした言葉を遮るように、彼女は俺の口元にそっと手を置く。
「あまり、気にしないでちょうだい。 その……これって結構恥ずかしいから」
その真っ白な頬を薄紅色に染めながら目を逸らして、エルフィアはそう呟いた。
彼女の意図を汲み取って、小さく頷いてやると、口元に置いていた手がそっと離れる。
何だかちょっと惜しい気もしたが。
「それで、俺はどのくらいこうしていたんだ?」
そう訊くと、エルフィアは向き直して逸らしていた目を合わせて返した。
「そうね。 時間感覚がはっきりしないからなんとも言えないけど、だいたい5時間は寝ていたんじゃないかしら」
「そんなに長く!?」
「長かったには長かったわ」
「全く俺の体は脆いなぁ。 初めて女の子を抱きしめたからって緊張でぶっ倒れるなんてな」
俺は苦笑いしながら、自分の情けなさを自負してみせるが。
「うそ」
不意に聞こえてきたエルフィアの声に、俺は動揺を隠せなかった。
「う、うそって、な、なんの、ことかなぁ……」
目を逸らしながら誤魔化すようにそう言った時、頭にそっと彼女の手がおかれた。
そんな感覚に俺は驚きながら向き直って目を合わせ直す。
「分かってるわ。 ユウが無理して私のことを抱きしめてくれてたって」
「別に無理なんて……」
「私の『魔眼』が効かないなんて嘘よね。 ただ効果の進行を抑えていただけなんでしょう?」
彼女の瞳を覗いて、全てバレていることを確信した。
俺は降参したように吐息を漏らして苦笑いする。
「はは、本当は最後まで強がりたかったんだけどな」
「でも、あんな長時間耐えられるなんて、どんなスキルを使ったの?」
「『スキル耐性』てのがあってさ。 それのレベルを物凄い上げたんだ」
すると、彼女は目を丸くして驚いた。
「レベルを上げたって、何回もスキルを受けたってことじゃ……?」
「まぁそんなこともしたかなぁ」
「辛くはなかったの?」
「この方法が、君を救う最善策ならって、はりきってたよ。 これは本当だ」
微笑しながらそう言ってやると、彼女は小さく吐息を漏らして。
「どうして……?」
震えた声が聞こえてきた時、俺の頬に雫が落ちる感触があった。
「なんで、私なんかのためにそこまでしてくれたの……?」
なんで、か。 そう言われれば、直感だったというような曖昧な答えしか出てこないけれど、今の俺はスッキリとした気持ちで返すことができた。
「夢を見たんだ」
急な話の展開に、エルフィアは気後れしながら訊き返してくる。
「夢?」
「ああ、凄まじい悪夢をね」
「……どんな悪夢だったの?」
「そうだなぁ───」
この際なので、俺は全てを話そうと、ひっそり決意した。
あの夢は、思い出すだけでも胸が痛くなって、自分の無力さに嘆きたくなるほど苦痛な悪夢だ。
しかし、今思えば、その夢こそが、俺にエルフィアを救うことを決心させたのだろう。
少し残酷な話になってしまうが、俺が見た悪夢の内容全てを彼女に語る。
ぼんやりとしか覚えていない部分、はっきりと覚えている部分も全て恙無くだ。
目の前で少女が色々な死を迎える悪夢、それをエルフィアは静かに聞いていた。
俺が話し終え、しばらくの沈黙がおちる。
そして、彼女は何かを思い出したように目を見開いて、小さく呟く。
「私、その夢見たことがあるかもしれないわ……」
俺はそれを耳にした時、なんとも言えないような感情が胸の内から込み上げてくる感覚を覚えた。




