第71話 エルフィア・ハーミット
「……お母さんは、とても優しかった。 出会って間もない私に、すごく優しくしてくれた」
俺にとってのミルザもそうだった。
その優しさで、絶望を包んでくれるんだ。
「でも、直ぐにいなくなってしまった。 私のせいで……」
「それは違う。 ハーミットは自分の意思で君を守りたいと願っていたはずだ」
「私を、守りたい……?」
「そう。 大事な自分の娘だから、守りたかったんだ」
「でも、私は生きてたらいけない存在なのに。 害悪にしかならないのにっ……!」
自分を否定するように嘆き叫ぶ、彼女を見つめながら、すうっと小さく息を吸って。
「ハーミットがそう言ったのか?」
俺がそう訊くと、彼女の体が僅かに震えた。
どうやら当たりだった、ということは今の彼女の態度を見れば一目で分かる。
今彼女は過去の自分と戦っているのだ。
そして、その葛藤を乗り越えた先に、きっと光が差し込むはずだ。
俺はその光の手助けをしてやるために、今日までやってきた。
さぁ、頑張れエルフィア。 そう内心で応援句を叫ぶ。
長い長い沈黙が過ぎた。
実際はほんの数十秒ほとだったが、彼女の表情を見ていると、とても長いように感じられた。
その長く深い時間が過ぎると、彼女の頬を何滴も何滴も、止むことを知らない涙が、溢れ出したのだ。
「どうやら、乗り越えられたみたいだな……」
俺は彼女に聞こえないようにそっと呟きながら、胸を撫で下ろす。
「私は……死にたくない! 死にたくないのぉ……。 お母さんが守ってくれたこの命を、捨てたくないっ! だから……」
ついに彼女の本心が、溜め込んでいた想いが、その震える唇から漏れ出た。
「助けて───」
聞き逃してしまいそうなくらい小さく、弱々しい声音だったが、俺は待っていたとばかりに反応する。
「それが、ずっと聞きたかった!」
俺はそう叫んで、同時にエルフィアをそっと抱きしめた。
触れれば壊れてしまいそうなほどか細い華奢な体躯を改めて感じた。
後でセクハラだのなんだの追求すればいいさ。
それでも今は彼女を優しく包んであげたいんだ。
俺の肩は、エルフィアの涙でぐしょ濡れだが、そんなことはまるで気にならなかった。
きっとミルザもこんな気持ちで、俺の事を抱きしめてくれたんだろうなぁ。
そうやって感慨に耽りながら、スキルを発動させる。
『スキルブレイク』俺は心の中で呟いた。
しかし、このスキルは同レベルのスキルまでしか破壊することができない。
『魔眼』のスキルがLv1だったのもひとえに、他人を思いやってきたエルフィアだったからこそだろう。
他人のための自己犠牲、なんて言ったけれども、本当に彼女は他人を思いやることのできる心の持ち主だということは最初から分かっていた。
しかし、スキル耐性の効果があっても、彼女の『魔眼』でもりもり生命力は削られていく。
さぁエルフィアのスキルが消えるのが先か、俺の生命力が尽きるのが先か。
俺は運を天に任せて、ただひたすら抱きしめ続けた。
初めは動揺していたが、今は、泣きながらも、俺の背中に手を回している。
震えるエルフィアを抱きしめながら、30秒ほどが経過して、ようやく『魔眼』のスキルが消失した。
その30秒は、今までにないほど、長く濃密な30秒だった。
スキルが無くなったのを『鑑定眼』で確認すると、俺はそっと彼女から離れる。
これでSPもからっけつだ。
「約束通り、君を殺したよ。 罪の意識に囚われて、逃げ迷っていた、以前の君はもうここにはいない」
恐らく、彼女自身でも、自分の中から『魔眼』というスキルが無くなっていることが何となく分かっているように見えた。
「昔の私が、もう、いない……。 そう……。 でも、これでお母さんが守ってくれた私はもういないのね」
そう寂しそうに微笑んで、目を伏せるエルフィアに俺は告げてやる。
「いいや。 ハーミットはずっと、君のことを守ってくれてるさ」
彼女は、まだ赤い目じりに残る涙を拭いながら、首を傾げる。
「どうして、そんなことが分かるの?」
「ステータスを見てみな。 君の名前の部分だ」
俺はニコッと笑ってそう指示すると、エルフィアは不思議そうな顔をしながらも、従ってステータスプレートを見てくれたようだった。
「なに、これ……」
それを見た瞬間、彼女は口を抑えて、目を丸くしていた。
そしてようやく拭い切ったはずの涙は、先ほどよりも多く溢れだしていた。
「君は、ずっとハーミットに守られてきて、これからも守られるんだ。 ハーミットは君の中にいる」
彼女のステータスの最上部、名前の部分にはこう記されていたのだ。
『エルフィア・ハーミット』と。
「おかぁさん……。 おかぁさんっ……!」
これまで、恐ろしくて見ることの出来なかったステータスプレートを眺めながら、エルフィアはひたすら泣きくれていた。
自分の胸の中にいる、母の愛情を抱きしめながらながら。
その赤い目尻はさらにその色を強め、顔をくしゃくしゃにして。
俺は緩んだ頬でそんな暖かな光景を眺めていたのだが、ついに体力の限界が訪れる。
視界がぼやけ、全身の力は地面に吸い取られていくように抜けていった。
そのまま、俺は冷たい地面に倒れた。
けれど、今俺の中には爽快感と満足感がこれまでかと言うほどに満ち溢れていたのだ。
「ちょっと、ユウ! どうしたのっ!?」
倒れた俺を見て大慌てで、未だに泣き顔は元通りになっていないままエルフィアは駆け寄ってくれた。
表情も曖昧にしか認識できず、何を言っているかもよく聞こえなかったが、すごく心配してくれていることだけは分かった。
その時、最後、視界の端にちらりと見えた彼女の左右色違いの双眸は、初めて会った時の、乾ききって、なんの希望も映っていなかった瞳より、ずっとずっと綺麗だった。
ねぇミルザさん。 俺はエルフィアにとってのあなたのような存在になれましたか?
そう心の中で呟くと同時に俺の意識は深く温かな微睡みの中に沈んでいった。
今週末、大々的に修正作業を入れたいと考えております。
今まで読者様から頂いた意見やアドバイスなどを参考にしながら、やっていく予定です。
今までに違和感があった表現や場面などがあれば、感想に寄せてくださるとありがたいです。
修正作業の参考になりますので。
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