第70話 本当の気持ち
「こわく、ないの……?」
震えた涙声で、か細く呟く。
俺は尻もちをついてへたりこむエルフィアに視線の高さを合わせるように膝をついた。
しかし、彼女は一向に俺と目を合わせてくれようとせず、左目を押さえつけながら顔を逸らした。
エルフィアは俺の事を気遣ってくれているのだ。
その左目で見てしまえば、俺は瞬く間に光に変わって消えてしまうだろうから。
「ああ、こわいさ。 でも、君の方がもっと怖い思いをしてるって分かってるから、怖くない」
俺は微笑みかけながらそう囁く。
エルフィアは先程から、何度も何度もちらちらとこちらを向こうとするのだが、途中でまた顔を逸らしてしまう。
きっとまだ迷いがあるのだ。
俺の事を殺してしまうかもしれないという恐怖からくる迷いが。
「大丈夫。 俺は死なないよ」
「死んでしまうわよ。 光になって消えてしまうの」
「いいや、俺は消えない。 だから目を合わせてくれ」
そう言って、俺は今こそ『スキル耐性』を発動させた。
そして俺は、少々強引に、エルフィアの顔を掴んで、こちらに向けた。
「だめ!!」
彼女は泣きながら、必死にもがくが、力がまるで入っておらず簡単にこちらを向いた。
「さぁ、目を開けて、俺を見ろ。 俺も見てるから……」
それでも、彼女は必死に拒む。
「あなたが、死んでしまう!」
「大丈夫だ! 俺は死なない! だからここに来てる」
俺の必死の説得に、さすがに疲れたのか、あるいは抵抗力が尽きたのか、彼女は大きな溜息をつく。
「……分かった」
すると、エルフィアはゆっくりと閉じていた目を開いた。
その白髪の奥に覗ける、翠色の義眼を。
そしてついに、俺と彼女は目を合わせたのだ。
数秒間経つと、彼女は驚いたように目を見開いて、吐息を零した。
俺は、ステータスの生命力の数値を確認すると、無事スキルが働いてくれていることにほっと胸をなで下ろした。
「言った通りだろ?」
そう笑いかけると、彼女は吐息混じりに震えた声で呟く。
「信じられない……」
驚きに目を丸くするエルフィアを他所に俺は、ついにあの言葉を言い放ってやる。
「それじゃあ約束通り、君を殺すよ」
彼女はその言葉に息を飲んだ。
そして、俺はもう1つ別のスキルの発動の準備をする。
「……待って」
その時ふと、エルフィアが小さく言った。
俺が何かをしようとしていることを察したのか、気まずそうに目をそらす。
「どうした? 殺して欲しかったんだろ?」
なぜ彼女がここで待ったをかけたのか、その理由は既に分かっていた。
というか、このセリフだけ見たら、俺すごい悪役っぽい、なんて内心で苦笑いしながらも、俺は白けた態度で言及する。
「ずっと、死にたかったから、あのナイフで自分を刺していた、そうだろ?」
エルフィアは今にも泣きだしそうだ。
「そう、だけど……」
しかし、俺は手を緩めることはしない。
「あの精霊がいなくなってから、ずっと独りぼっちで、辛かったんだろ。 だから死にたかったんだろ?」
「それは……。 でも、私が死ななければ、いろんな人を知らぬ間に殺してしまう!」
「他人のために死ぬ。 カッコイイ自己犠牲だな。 けどさ、本当のところどう思ってるんだ?」
そう。 彼女の本当の気持ちはどこにあるのか。
本当は『自分』という檻から逃げ出すための口実に『他人のため』という体のいい言い訳を吐いている訳では無いのか。
かなり厳しい意見だが、俺はこれが彼女の本心だと睨んでいる。
「本当に、他人のことを思って死のうなんて考えてるのか?」
「……」
彼女は無言で開眼していた。
その表情を見れば、俺の予想があっていることは明白だった。
そして、俺は最低最悪の追い打ちをかける。
「現実から逃げたかったから……。 そうなんだろ?」
俺もそうだった。 こんな理不尽な現実から逃げ出したい、死んでしまいたいと、体のいい言い訳なんかつくっていた。
けれど、ミルザに出会って、彼女が俺に生きる道を示してくれた。
「俺も同じだったよ。 嫌な場所から隠れたい、逃げ出したい。 そうやって引きこもって、孤独であろうとするんだ」
「……」
「孤独ってのは楽だよな……。 俺もそうだった」
怖いところから逃げ出したい。 孤独であれば、常に1人でいれるのならば、怖い思いも、辛い思いもしなくていい。
「でもな……。 俺も、そして君も、1人も同じ人間なんていやしない。 だから、他と違うことを恐れなくていい。 俺はそれを、大切な人から教わったんだ」
そうだ。 俺は俺自身であればいいと、ミルザは教えてくれた。
それをエルフィアにも伝えてやりたい。
「君は、君のままでいいんだ。 何も恐れることなんてない」
ずっとそれに怯えて生きてきた俺なんかが偉そうによく言えたもんだな、と内心ツッコミをいれるが、今はただ教えてやりたいんだ。
「きっとハーミットだってそれを教えたかったはずだ。 けどその前に君の前からいなくなってしまって、それが余計に君に罪の意識を植え付けてしまった」
別にエルフィアは何も悪くない。 けど、周りがそれを認めず、さらに自分自身でさえも、自分のことを信じられなくなっていく。
そんな悪循環が、彼女をさらに苦しめてしまっているのだ。
今日こそ、そんな悲痛な運命から脱出させるんだ。
彼女が彼女自身の足で歩んでいけるように。
俺が真摯にそう伝えると、ついにエルフィアは固く閉ざした唇から弱々しい声を漏らした。
『勇者として転生したはいいけど、妹が魔王で、俺が異端者扱いだった』もどんどん更新して行くので、よければ足を運んでみてください。




