第66話 惨憺たる光景
驚愕の光景に開眼しつつ、俺は一歩一歩、恐る恐る近づいていく。
「なんだよ、これ……?」
うわ言のような声が漏れた。
なぜなら目の前に広がっていたのは、全身が血に染まり蹲る少女の姿だったのだから。
昨日も手に握られていたナイフが、今は彼女の腹部から生えている。
「────ぐぅ」
その時、僅かに彼女が悶えるように呻いた。
どうやら生きているようだ。
俺はその事にほっと胸をなでおろしながらも心配になり直ぐに鉄格子に駆け寄り、つかみながら叫びかける。
「おい! 大丈夫なのか!?」
特に返事はなかったが、ごそごそと体を動かして昨日と同じポジションについた。
そして手馴れたようにナイフを抜いて放り捨てた。
まるで毎日こんなことをしているような慣れた手つきだった。
「なんで、そんな平然としてんだよ!? 血が出てんだぞ?」
と言っても多分答えてはくれないのだろうと内心では分かっていた。
いつか話してくれる日は来るのだろうか、という願いも薄れそうになるが、俺は首をぶんぶんと振って自分を奮い立たせた。
そして、もう一度彼女の腹部を窺ってみると、驚いたことに先程まで流れ出ていた血がめっきり止まっていたのだ。
しかし、俺はこれが何なのか直ぐに思い出した。
昨日『鑑定眼』を使った時に見たスキルには『魔眼』だけでなくもう1つすごくレアなスキルがあったのだ。
『再生:受けたダメージ、外傷を修復する。 修復速度はレベルに依存』
このスキルもかなりの難易度の条件クリアが必要な上に俺以外はその条件すら知らない。
そんな代物をどうやって2つも手に入れたのかと首捻っていると、みるみるうちに他についていた傷も消えていく。
凄まじい速度だ、確か彼女の『再生』はLv10だったか?
一体どれだけ自分を傷つけてきたのだろうか、と想像するだけで怖気だった。
俺は気持ちを落ちつけるために深く溜息をついて、また俺も昨日と同じポジションにつく。
「いつでもいいから、気が向いたら話してくれよ」
俺は小さくそう呟いて、昨日と同じように他愛ない話を続ける。
今日はしっかり時間のことを考えている。
6時には夕食の時間なのでそれまでに戻ろうと決めている。
そしてこんな日々がそれから毎日のように続き、ついに1ヶ月がたとうと
していた時だった。
「よっしゃ、レベルがようやく7まで来た!」
俺はステータスプレートを見てガッツポーズをとった。
「本当に凄いな、そのスキルは」
そんな俺を見ながらサイオスは驚いたように言った。
「レベル6位からは私のスキルなんてビクともしなかった。 それに固有スキルでさえ踏ん張られてしまうとは」
「いいえ、全部サイオスさんのおかげですよ。 強力なスキルをくらっていたからこそここまで伸ばすことが出来たんです」
レベルがまだ3くらいの時は彼のスキルで何度も吹き飛んだ。
その度に立ち上がって何度も何度もサイオスのスキルをくらい続けた結果がこれという訳だ。
「ついに準備万端と言ったところか?」
ふとサイオスがそう訊いてくる。
しかし、まだ準備万端と言うには早いとばかりに俺は首を振って。
「いえ、確かにスキルの方の準備は出来ましたが、肝心のあの娘が……どうでしょうね」
「でも、毎日通っているのだろう?」
「ええ、ですが未だに1度も会話になったことはないんです」
「だが、出て行けと言われたことは最初以来ないのだろう?」
「まぁそうですね。 独り言のように勝手に喋ってる分には出て行けとは言われませんね」
「それならば、可能性はある。 私や私以外の者達はほとんどが直ぐに出て行けと言われているからね」
「そうなんですか?」
「ああ、それに心折れたものも少なくない」
サイオスはそう言うが、俺は正直なところあの固く閉ざした心を開いてやるのは至難の業だと思い始めていた。
難攻不落の要塞のように何者をも自分に関わらせようとしないのだ。
しかし、俺はそう思いながらも希望は捨てていない。
「まぁ、今日も行ってきます」
俺は不安げに苦笑いしながらもいつもの様にあの寒い地下室へ向かうのだ。
俺は「よ」と手を挙げながら挨拶して部屋に入る。
彼女はいつもの様に壁に寄りかかり膝を抱えて丸まっている。
そして俺は今日も同じように座って長話を持ち出そうとした時だった。
「ねえ、あなたは……どうしていつも来るの?」
声にしてはあまりにか細く小さな呟きだったが、1ヶ月ぶりに発した彼女の声に俺は、はっとして耳を傾けた。




