第64話 魔眼
扉がノックされ、鈍い金属音がこの石室に響いた。
俺はその音でようやく時間のことを思い出し、そろそろ出るように言われているのだと気づいた。
そして話を途中でやめると「そろそろ時間だ」と呟いて、壁にもたれていた体勢から立ち上がった。
一体何時間ほどだったのだろうかと思いながら扉に手をかける。
「それじゃあ、また明日来るよ」
そして、最後にそう言い残して、俺はこの石室を後にした。
戻ってみると、急に暖かくなるように感じた。
いや、ここもかなりの寒さなのだが、あの石室が相当の冷たさだったので、比較的に暖かかったというわけだ。
それほどまでに俺の体は相当に冷え切っていた。
体を少々縮こめて、体温を戻そうとしながら扉の奥に立っていた男の方を見上げた。
するとそこには驚愕したように目を見開いていたサイオスの姿があった。
彼は吐息交じりに小さく呟く。
「まさか、こんなに長いこと入っていられるとは……」
「そんなに長かったんですか?」
「ああ、今まで何人か見込みがありそうなものを彼女に合わせてみたのだが、最高で30分、何度も入っている私でさえ最高で1時間だった」
「俺はいったいどのくらいだったんですか?」
俺がそう訊ねるとサイオスは右手をぱっと開いて、その指の数で時間を表現しながら答えた。
「5時間だ。 ……ユウなら本当に彼女のことを救ってやれるかもしれない」
「まぁただ独り言をつぶやいていただけだったんですけどね」
俺は申し訳ない気持ちと悔しい気持ちを噛み締めながら苦笑いでそう返した。
「それでもだ。 よく、あの寒い部屋でどうしていいかわからないほどの堅物なあの子を前に引かなかったな」
「たしかに『不愉快だわ』や『煩わしいわ』とか言われましたね」
俺は彼女の言い方を真似るような冗談を交えて苦笑いしながら言った。
流石に覚悟はしていた。
簡単には受け入れてはもらえないことくらいは。
もし俺が彼女の立場にいたならば、同情されれば迷惑、いきなり助けるなどと言われても信用できるどころかむしろ勘に触るだけだ。
それでもこれが正しいと思っていた。
なぜなら、ミルザも俺にそうしてくれたからだ。
だからこそ俺は迷わずに言い放ってみせる。
「もう救ってみせると決めましたから」
そんな強い覚悟を鑑みたのか、先程までなおも驚きの面持ちでいたサイオスが納得したように微笑して呟いた。
「やっぱり、ユウはミルザの子だな」
ミルザやラフィーが俺を支えてくれたように、俺も誰かを助けられる人間になりたい。
分不相応だ、俺には向いてない、そんなことは重々承知の上だ。
それでもミルザに追いつきたい、ミルザのように強く優しくありたいと、弟子である俺が思わないはずがないだろう。
そんなことを考えながら、俺はもう一つサイオスに伝えなければならないことを思い出して話しかけた。
「サイオスさん、ひとつ気づいたことがあります」
俺がそう言うとサイオスは目を見開いて期待するように耳を傾けた。
俺は一拍おいて、少女と話している時に発動した『鑑定眼』で気づいたことを話した。
「予想通り、彼女はあるスキルを持っていました。 それが命を光に変える力の正体でしょう。 そして俺にはそれを取り除くスキルもあります」
「それなら───」
サイオスは希望が見えたように明るい表情になるが、俺は「ですが」と首を横に振って言った。
「まだ、俺の力では彼女のスキルを取り除くことが出来ません」
それを聞くと、サイオスは「じゃあどうすれば」と肩を竦めて訊いてくる。
しかし、俺はこの打開策をもう見えていた。
「とにかく、この件は俺に全て任せてくれませんか? それと明日から少しだけ時間をいただきたいです」
するとサイオスは頷いて応えた。
「分かった。 全てユウに任せる。 それと私に出来ることならばなんでもしよう。 ただし午前中だけにしてくれるとありがたい」
「分かりました。 では9時に部屋にいきます」
ここは寒いし、もう夜も近いので具体的な話は明日話すことにした。
とにかく、これから俺がやるべきなのは、あの少女のところへ通って会話が成り立つようにすること。
そして『スキル耐性』のレベル上げだ。
彼女が持つスキル『魔眼』を取り除いてやるためにはこれが絶対条件だ。
このスキルはミルザの書にもあった。
『魔眼:見た者の生命力を瞬時に削る』
これを見た時はさすがに驚いたが、ミルザでさえも実物を見たことがないというレアスキルだ。
ミルザにはこのスキルは絶対に取得してはならないと釘を刺されていた。
恐ろしい呪いのスキルだから、と。
そんなことを思い出しながら、俺は自室に戻った。
「マスター、おかえりなさい。 何をしていたんですか?」
ラフィーがそう訊ねてくるがサイオスには他言無用と言われているし、自分自身でもこのことはあまり多くの人に話す訳にも行かないと感じていた。
ラフィーにはいずれ話すことにしようと決めて、俺は応えた。
「なんでもないよ。 サイオスさんの用事を聞いていただけ」
「何か、お手伝い出来ることはありますか?」
「いや、大丈夫。 ラフィーは明日からもここでミカエルと待っていて欲しいんだ」
俺がそう頼むとラフィーは少し迷うように間を開けたが、直ぐに頷いてくれた。
俺はそんなラフィーに「ありがとう」と言いながら頭を撫でてやった。
第33話を加筆修正しましたので、何か違和感を感じていた方は良ければ読んでみてください




