第62話 檻の中の少女
「まぁ、とりあえず落ち着いてくれ」
怒りに震える俺の態度を見てサイオスは抑制するように言った。
俺ははっと我に返り、つい熱くなってしまったことを謝罪した。
「すいません……」
「別に謝ることでもなかろう。 しかしまぁ、私も当時は君のように怒りに唇を噛んだがね」
サイオスは苦笑いしながらそう言った。
「サイオスさんのような人でも、ですか?」
「当然だろう? エルフと常に寄り添ってきた種族である精霊の1人を人間に殺されたのだ。 しかも皮肉なことに、ハーミットが守ろうとした者も同じ人間族だったんだぞ」
「…………」
俺は何も言えずただ頭をたれることしか出来なかった。
確かに皮肉なことだ。
守りたいものが、自分を殺した者と同種のものだと言うのは、想像しただけでも反吐が出そうだ。
俺が歯噛みしていると、サイオスは「それはそうとして」と言葉を繋ぎ、本来の要求を述べる。
「とにかく、ユウには本当に迷惑だとは思っているのだが……その少女を助けて欲しいんだ」
そう言って、サイオスは深々と頭を下げた。
思えばサイオスが頭を下げたところなど見たことがなかった。
今、サイオスは国王としての命令ではなく、1人の友人として俺に頼み事をしている。
しかし、サイオスがわざわざ頭を下げずとも、俺の肚は、実の所、話を聞く前から決まっていたような気がする。
どこの誰かは分からないが、無性に救いたいと思った人がいる気がするんだ。
この気持ちは絶対に、偽物じゃない。
「サイオスさん、頭をあげてください」
俺がサイオスにそう言うと彼は恐る恐る、ゆっくりと顔をあげた。
そして彼の目をしっかりと覗き込み、俺は強く返事する。
「そのお願い、友人として承ります。 必ずその娘を助けてみせます!」
決意が固まった、そんな俺の表情に少し気後れしつつもサイオスは安堵したような吐息を漏らすと。
「ありがとう……」
サイオスが俺に感謝するようなこともこれが初めてだった。
俺に出来ることは限られていて、さらに言えばそもそも俺とその少女の間にはなんの関わりもない。
不安は尽きない、成功する保証もどこにもない。
それでも俺は今、その少女を心の底から救いたいと願っているのだ。
「それじゃあ扉を開ける。 くれぐれも彼女の瞳には注意してくれ」
そう忠告して、鋼鉄の扉に鍵を突き刺し開く。
ギシギシと音をたてながら、そのどっしと重たい扉は開放された。
中からはさらに冷気が漂い、俺の肌を冷やしていく。
息を吐けば、それは凝固し白息へと変わる。
まるで冷蔵庫の中にいるようだった。
俺がその寒さに体を震わせながら「なぜこんなに寒いんですか」と訊くと。
「魔力が充満するところは気温が下がり、さらにここは地下に加え全てが石でできているから寒いんだ。 だから暖かい格好をするといい」
そう答えて、準備していた黒のコートを手渡してきた。
「ありがとうございます」と言ってコートを羽織る。
とても良質な生地で出来ていて、中には毛皮のような物も備え付けられているので、これなら相当寒さを凌げるだろう。
「それはユウにやる。 魔法防御の性能もあるからかなり役に立つだろう。…… それじゃあ、頼んだぞ」
俺はそれを聞くとついに鋼鉄の扉をくぐった。
なんとも暗い空間にひとつだけランプが設置されていた。
その灯火が消えてしまいえば、何も見えなくなってしまうほどここは暗闇と静寂に充ちていた。
そして視界に入ったのは、大きな檻だった。
太い鉄格子がこの部屋全体に隔てを作るように広がっていた。
そしてその奥にいたのは……。
「あれ、が……」
俺はその姿を見て息を飲み、白く冷たい吐息を零した。
まるで死んでいるかのように地に寝そべっている、白銀の少女だった。
そして彼女の手元を見ると1つの刃物が握られている。
目を見開きながら俺は呟いた。
「死んでる、のか……?」
いや、サイオスの言い方から察するに、彼女は死んではいないのだろう。
だが、生きているとも言い難い、そんな姿だった。
顔は窶れはて、その白い髪は汚ればさつき、その瞳は、驚く程に乾ききっており、なんの光も宿っていない。
けれど、なぜだろうか。
俺は彼女を見た瞬間、まるで他人のようには思えなかった。
そして俺が彼女に1歩近づこうとした時だった。
「だれ……」
消え入りそうな声音でそう呟いたのは、目の前に横たわるその少女だった。
ただその視線から感じ取れるものは、憎悪でも嫌悪でも警戒でもない、ひたすらに『無』だけだった。




