第61話 ハーミット
「この扉は……?」
まるで何物をも遮るような鋼鉄の扉を見てそう訊ねた。
するとサイオスは目を伏せて静かに話し始めた。
一体俺になにをさせたいのかを。
「今から話すことは他言無用だ」
俺は無言で頷き、サイオスの話に耳を傾ける。
「実は……ユウにあってほしい人がこの奥にいるんだ」
「あってほしい人……?」
「そうだ。 とある精霊の忘れ形見なんだがな、とても哀れな娘だ」
その『哀れな娘』という言葉を聞いて俺は無意識に身体が震えた。
まるでその人とどこかであった事があるような気がしてならなかった。
「2年前のことだ────」
サイオスは話の文頭をそう切り出した。
2年前、ある精霊が人間の少女を連れてここレイアースにやってきた。
その精霊の名をハーミットという。
しかし、人間の娘の方はもはや生きているのかすらもあやふやな程に憔悴しており、ハーミットは魔力が枯渇し命に関わる状態だった。
精霊の生命の源は魔力だ。
それが絶えるということは、人でいう血液がなくなるに等しい。
あとから分かったことなのだが、その精霊からは生命の源である魔力を循環させる機構『精霊回路』がごっそりと抜かれていた。
一体これは何者の仕業なのか。
調べていくと、驚いたことにこれは人種がやったということが判明した。
人間の一部の研究者が禁忌に触れる、最低最悪の実験をしていたのだ。
人である身に精霊回路を植え付け、人でありながら精霊の力を操れる『人形』を作り出すという。
それは、精霊から精霊回路を抜き取り、下手をすれば、植え込んだ人間をも殺す可能性がある実験だ。
精霊回路を失えば精霊は簡単に命を絶やしてしまう。
現にその時、ハーミットは瀕死の状態だったのだから。
エルフ達はハーミットを助けようと躍起になったが、精霊回路のない精霊と契約することはどうしても出来ず、肩を落とした。
魔力の枯渇を防ぐには、魔力の高いものとの契約によって魔力供給を受けるのが1番の対処法だった。
しかし、魔力を維持するシステムがそもそもなければ、いくら注ぎ込んだところで全て流れ落ちてしまう。
それでもハーミットは己の命がもう少ないことを理解していた上で、最後の頼みに自分のことについては願わなかった。
「この子を、助けてあげてください……」
それを最後に、偉大な森の精霊、ハーミットは魔力と生命力を完全に喪失した。
つまり、ハーミットは人の手によって殺されたのだ。
サイオスはハーミットの願いを聞き届け、どうにか少女を救おうとするが、結論を言うと、少女に外傷的負傷はひとつも見当たらなかった。
しかし、彼女を救うということは負傷を癒すという事では決してなく、今思えばあれは、彼女を自由にしてやって欲しいということだったのだろうと思う。
エルフの1人が少女に、近づいた時、辺りは眩い光に包まれ、そのエルフは悲鳴をあげる暇もなく光に変わって消失した。
サイオスらは目を見開き、驚愕し、そして理解する。
この少女がとてつもない化け物であることを。
どうやら見ただけで相手を光に変える能力を持っているのだと予想して、非常に心苦しかったが、彼女を縄にしばりつけ地下牢へ入れた。
このままではレイアースの住人にも被害が及ぶと懸念されたからだ。
そして、レイアース随一の賢者にこれの解除方法を聞いたが、彼は申し訳なさそうに首を横に振った。
「残念ながら、私の力では彼女を救ってやることは出来ません。 ですが……」
しかし、賢者は首を振るのをやめ、1拍おくと。
「本当に可能性は薄いのですが、特殊なスキルを使えば何とかなるやも知れません。 おそらく彼女の力はスキルによるものでしょうから、スキルを破壊するようなスキルがあればあるいは……」
「スキルを破壊するスキル、か」
サイオスは目を見張って呟いた。
しかし、賢者でさえ噂としてしか知らないそんなスキルが現実にあり、自分が知る範囲にあるとは到底思えなかった。
けれど、現状その可能性に縋る他手段を用いえなかったサイオスは少女を地下に閉じ込め、延命することだけを最優先にした。
地下には『魔脈』と言われる魔力の流れが強い部分がある。
ちょうど今俺達のいるここが魔脈がある場所だ。
そこならば魔力が常に供給されるので、少女のように精霊回路を植え付けられたような人間ならば飲まず食わずでも生命活動を維持することは出来る。
少女は意識を取り戻したものの、一向に口を開いてくれず、食事も取らない。
エルフ達は先の件以来、彼女に怯えて、地下には近づかなくなっていた。
生命を光に変える力、そんな恐ろしいものに誰が好き好んで近づくだろうか。
それでもサイオスは時たま、人目を見計らって地下へ行くのだが、やはり結果は変わらなかった。
そして、とても歯痒い思いをしていたサイオスにある日突然、不思議な訪問者が現れた。
「それが俺だったというわけですね」
俺はサイオスの話に続くようにぼそっと呟いた。
「そうだ」
サイオスは静かにそう返した。
俺は途方もない怒りに声を震わせて呟く。
「どうして……」
歯は割れそうなくらい強くくいしばり、今にも頭が爆発しそうなくらい血が上っていた。
もし爪が伸びていたら、今頃、手は血まみれだったという程に拳を固くにぎりしめて、サイオスの話を聞いていたのだ。
どうして、ハーミットやその少女がそんな目に合わなければならなかったのか、と。




