第52話 ここから始めるレベルアップ
コンコンと、不意に木製の扉をノックされるような乾いた音が響いて、それに続くように男性の声が聞こえた。
「サイオス様、そろそろお時間です」
扉の奥から聞こえてきた声はおそらく最初に一緒にいたエルフの騎士のものだろう。
その声を聞くなり、サイオスは「すまない」と言って手を離した。
「こちらこそ、長いこと話に付き合ってもらってすいません」
サイオスは、俺がそういうと背を向けるが、すぐに思い直したようにこちらに振り向き直って。
「私はたいてい書斎にいる。 いつでも来るといい。 そうだ、今度剣の稽古をつけてやろう」
俺の肩に手をおき耳元でコソッとそう呟いた。
どうやら後ろのエルフの騎士にはあまり聞かれない方がいい話のようだ。
俺はサイオスに小さく言った。
「では、今度伺います。 こっそりと」
2人で画策するように笑い合うと彼は部屋をあとにして行った。
エルフの騎士は訝しげに俺を睨みつけたが、そのままサイオスについて行った。
彼らが出ていくと同時にその後ろからメイドらしきエルフの女性がぺこりとお辞儀して言ってきた。
「それではお客様。 宿泊用の客間へご案内します」
案内されるがままに俺は彼女について行く。
清潔感のある茶髪を肩の高さに伸ばし、その服装はメイドと言う身分を象徴していた。
後ろ姿はとても華奢で、露出の少ない服から少しだけ見える肌は雪のように白い。
しかし、特に目がいったの髪の隙間から覗けたエルフ特有の長耳だ。
サイオスは少し尖っていた程度だったし、あのエルフの騎士達も同じくらいだったが、このメイドはその倍ほど長かった。
どうやら、女性の方が耳が長いようだ。
あの地下室は少し離れた所にあり、王宮の全貌を眺めみることが出来たのだが、それはそれは、立派な建物だった。
ロッドハンスの王都で見た王城に匹敵、あるいはそれ以上の大きさだ。
部屋へ向かう途中、俺は王宮内を見渡した。
流石は大国なだけあって階段から絨毯までどれも高そうな高貴なものであった。
ふと目に止まったのは、一際自己主張の強い大きな肖像画だった。
勇猛果敢に剣を掲げる、エルフの男性が堂々と描かれており、その絵の右下には『大英雄、ジークフリート』と題づけられている。
俺が感嘆しているうちに、メイドはひとつの扉の前で立ち止まって。
「ここがユウ様とラファエル様のお部屋になります」
メイドがそう言って丁寧に扉を開くと、なんとも豪華な部屋が広がっていた。
高そうな絨毯に、高そうな家具。
ベッドは俺とラフィーが2人で寝ても余分すぎるほどの大きさだ。
大きな窓の奥にはキラキラと星が散る夜空が覗けた。
エルフのメイドが不意に後ろから「ユウ様」と声をかけてきた。
俺はやや遅れて振り返る。
よく見ると、まだ若干の幼さを残しているが、目鼻立ちの整っている顔だった。
そしてその小さな口は続けた。
「軽く自己紹介を致します。 私はリリー・シュレツェン。 ユウ様とラファエル様の専属メイドです。 気軽にリリーと呼び、なんでもお申し付けください」
かしこまったように頭を下げてリリーはそういった。
多分、サイオスが手配してくれたメイドだろう。
そう言えば、話している時に、ここにしばらく滞在するつもりだとサイオスに言ったな、と俺は思い出した。
俺は少し間を空けて、姿勢を正して言った。
「うん、よろしくリリーさん。 それと俺なんかに様なんて付けなくてもいいよ。 堅苦しいしね」
俺のそんな言葉に首を傾げたリリーだが、少し考えると、何かを思いついたように俺を見てきて。
「そうですね。 では、ユウさんとお呼びしますね。 それと私にもさんはつけなくて大丈夫ですよ」
そっ言ってリリーは愛らしく微笑みかけてきた。
その時、リリーの後方から小さな人影が見えた。
「すごい部屋ですね!」
「ええ、ここがラファエルのお部屋ですわよ」
そう、嬉しそうに声を上げたラフィーの後ろからもう1人、赤髪の女性、ミカエルが入ってきた。
そしてあたりを見回しているうちに俺がいることに気づいたラフィーは。
「あ、マスターももう来ていたんですね」
そう言ってきたので、俺はリリーの方に手を向けて。
「ああ、サイオスさんとの会談が終わったら、このメイドさんがここに連れてきてくれたんだ」
俺の言葉に続くようにリリーはぺこりとお辞儀して改めて自己紹介した。
「リリー・シュレツェンと申します。 ラファエル様、なんでもお申し付けてください」
そうして、ミカエルは「それでは、また」とラフィーと俺に言って、自分の主の所へ戻っていった。
その際、リリーは小さなベルを手渡してくれた。
どうも、これを鳴らせば部屋へ来てくれるそうだ。
俺は「ありがとう」と受け取ると、リリーはにこりと笑って部屋を出ていった。
こうして、エルフの国レイアースでの生活が始まった。
滞在期間はひとまずは未定だが、とにかくここで俺は剣術と、あわよくば魔法も習得出来ればと思っていた。
どちらにせよ、ここで大きくレベルアップしなければ、到底目的を達することは出来ないだろうから。




