第51話 同盟
2時間ほど、ひたすらに語り続けた。
ミルザが俺に与えてくれたもの、生きる理由、そして、託してくれた思いを、滞りなく全てをサイオスに話した。
俺が恙無く語り終え、感慨に耽ったように吐息を漏らすと、サイオスは今にも泣きだしそうなくらいに瞼を腫らしていた。
国王までやっているような大の大人がするような顔ではないと思ったが、目の前にいたサイオスはまるで少年のような初々しい表情だった。
「そんなことが、あったんだな……」
ポツリと呟いたサイオスに俺は「ええ」と息を吐くように言った。
目を乾かすためなのか、彼は再び天井を仰ぎ、数分ほどそのままだった。
顕になった強靭な首から俺は目が離せなかった。
喉の凸部が上下に小さく揺れていた。
10秒ほどして、ようやく気持ちがおさまったサイオスは「すまない……」と言葉を挟んだ後、俺の顔をまじまじと見つめて、
「そう言えば、まだお前の名前を訊いていなかったな」
俺は「はは、そうでしたね」と微笑してすっと息を吸った。
「俺は、ユウ……ユウ・クラウスです」
少しの逡巡から躊躇うような口調になったが、サイオスはそれを聞くと、にこりと笑って言った。
「ああ、ユウよ。 よろしくな」
大きくごつごつとした手を俺に向かって差し出し、握手を求めてくる。
俺は「はい」と呟きその手を握り返した。
ミルザが頼れと言った男であり、この会話の中での彼の人となりを見ていれば、自ずと手はのびた。
こうして、サイオスとの友人的な関係を築くことができた。
彼と打解けることが出来たのも偏にミルザのおかげだろう、と俺は天を仰いだ。
その後も、俺はサイオスとずっと話していた。
それこそ日が暮れるまで。
「して、ユウよ。 正直に言うと、先の話……私にはどうにも想像がつかんのだが……」
「俺にも本当に想像もつきませんよ。 ただ、きっと、ミルザさんが俺に託したこれは『革命』のようなものなのだと思います」
革命。
どの世界でも必ず歴史が築かれていく上で避けては通れない道だ。
だが、それ故に、いつ起きてもおかしくないものでもある。
ただ、それを起こそうという話である。
「なるほど、そういう捉え方か。 と言っても具体的には何をするつもりなんだ?」
「まずは話した通り、聖者が洗脳の呪いをかける魔法の正体を暴き、これを破壊します」
「ミルザの推測ならばそれは間違いないのだろうが、そんなもの、いったいどうやって探すんだ?」
「ミルザさんは、恐らくそれは魔国領に存在すると言っていました」
「ほう、魔国領か。 そこに聖者、いや、天人の生き残りもいるという話だったな」
「はい。 ですが現状、どうやったって、魔国領に攻めいることはおろか、侵入することすら出来ません」
「では、どうする?」
「あまり悠長にも言っていられないのですが、まずは仲間を集める必要があります」
「まぁ、そうだろうな。 1人というのは明らかに無謀だろう」
「そこで、俺は、1つの『組織』と言いますか、同盟をたちあげたいと思っています」
「ほう、同盟とな」
「はい、同盟です。 ミルザと同じような考えを持つものは多少なりともいるはずです。 同じでなくとも、不信感や違和感を感じるものはかなりいるのではと思っています」
「確かに、このレイアースにも私をふくめて、数人はこの世界の有り様に不審を抱いた経験はある」
「そういう人たちを集めて、一つの集団をつくるんです。 それが最終的にはモデル国家のように機能すればと思っています」
「モデル国家?」
そんな俺の聞きなれない言葉に、サイオスは繰り返すようにそう聞き返した。
「モデル国家というのは、簡単に言えば……」
俺はこれを噛み砕いて説明した。
モデル国家は、つまり世界の模範となる国家だ。
もし上手く聖戦を止められたとしても、そのあとの種族間の関係はさらに歪になるだろう。
それまでは聖戦という大戦があったからこそ、200年の間は大きな戦争が起こらなかった。
だが、それをとっぱらえば簡単に言えば、むしろいつでも大戦を起こせる状態になるのだ。
200年など待てずに早々に他種族を退けたいと願う者はかなりの数がいるだろう。
そこで重要になるのがモデル国家だ。
当然、国家というのは建前上の呼び名であるだけで、俺が作ろうとしているのはそんな大層な代物ではない。
しかし、同志が集まるその集団ならば、多種多様な種族が集まった一つの国家として成立させられるはずだ。
もちろん、俺ごとき1人の裁量でどうこうなるもでは無いことは重々に承知している。
それでも、そのような集団を築ければ、俺とサイオスのように異種族間に友好的な関係を多くつくれる可能性がある。
そう、
むしろ、こっちの方が本来の目的なのだ。
多種多様な種族が共に暮らす。
これこそが、俺の目指すべき目的であり、ミルザが俺に託してくれた願いでもある。
これは楽観視なのだろうが、俺は魔王もひょっとすれば、その集団に加えられるのでは無いかと踏んでいる。
一通り話終えると、サイオスは面食らったように唖然としていた。
しかし、ふっとため息をつくと、開き直ったように呆れ笑いをする。
「いかにもミルザの息子らしい大胆な考え方だが、筋が通っているあたりがまさに彼女らしいな」
そう、筋は通っているし、現状俺もサイオスも不可能だとは思っていない。
もちろん、全てが上手く行くとは思わないし、俺1人の力じゃ何も出来ない。
失敗することだって必ずあるだろう。
しかし、だからこそ今は進まなければならない。
なにもしなければ、ミルザの願いを叶えるなどただの幻想に終わってしまう。
それだけは絶対に避けるのだ。
そして、だからこそ俺はこれからサイオスにこう頼むのだ。
「そこで、これは友人としてのお願いなのですが……サイオスさんにはその同盟の参加者第1号になってもらいたいんです」
そう言うと、ピタリと笑うのを止めて、あの威圧感を復活させて返してきた。
「私はこれでもいち国王だぞ。 それを分かって言っているのか?」
再び走った緊張感にゴクリと唾を飲み込んだ。
無意識に背筋が伸びる。
「俺は友人として、同志としてあなたを迎え入れたく思っています」
しかし、俺はなんとか物怖じしないように振る舞い、強くそう言い放った。
するとサイオスの威圧感がうっすらと消えていき、先程までの和やかな雰囲気に戻って言った。
「友人として、か……。 なるほど」
そして彼は微笑して続けた。
「1年だ」
サイオスは謎の期間を提示し俺は首を捻る。
そして1拍おいて言った。
「1年間待ってくれ。 しかし、1年後にはユウに良き返事を届けるとことを約束しよう」
俺はその言葉に大きな安堵を得て、胸をなでおろした。
ふぅっと強ばった口から吐息とともに自然と言葉がが漏れる。
「では、1年後を楽しみにしています」
俺はそう言って、次はこちらから手を伸ばす。
するとサイオスは一息ついて俺の手を迷わず握り返した。




