第48話 ジーク・サイオス
「ここで大人しく待っていろ」
そう、機嫌の悪そうに吐き捨てて、エルフの騎士は俺たちを特に何も無い殺風景な部屋へ置いて、上階へ登っていってしまった。
現在、俺達はレイアース王国、王宮の地下の部屋に放置されている。
目隠しをされて馬車に乗せられ、気づけばこの場所にいた。
ふと、ラフィーがポツリと呟いた。
「あたしたち、いったいどうなるんでしょう……」
「まぁ待っていろと言われたんだから、この後何かあるんだろう」
俺は心配そうな顔色のラフィーを慰めるように優しい口調で返した。
しかし、ラフィーの元気がないのも無理はないだろう。
何せここはラフィーの嫌う地下である上に、ずっと目隠しで視界を塞がれて億劫になっているのだ。
俺もさすがにあれは堪えた。
天使はお天道様のもとでなければ通常の活動が出来ないのだと、前にラフィーが言っていた。
俺は俯くラフィーの頭にそっと手をおき、ゆっくりと撫でると「ありがとうございます」と少し無理に笑みつくった。
そうしながらしばらく待っていると、突然ラフィーの顔色が変わった。
別に元気になったとか、さらに辛くなったというような変貌ではなかった。
それは、何かにはっと気づいたような表情で、まさかと言うように目を見開き、口が半開きになっていた。
コンコン、と石段を踏むような乾いた音が響いてきた。
そして不意にこの部屋の扉が開くと、そこには屈強で大柄のエルフの男と、その傍らに先程のエルフの衛士が立っていた。
そして、一息おくと男は俺を見るやいなや開口一番にこう呟いた。
「珍客のようだな。 さて、私に用とはいったい何かな?」
俺はそう訊ねてくる男から感じる異様なものに鳥肌を立たせていた。
絶対的な強者の気配だ。
俺は思わず、そのただならぬ気配に足がすくみ呆然と口を半開きにしていた。
そんな俺を見て男は何かを忘れていたようにとぼけたふうに言った。
「おっと、すまない。 怖がらせるつもりはないんだ。 そんなに畏まらなくても、何もしないからな」
その長く伸びた顎髭をさするとゆっくりと部屋に入り、俺の目の前のソファに腰掛けた。
改めて見ると、かなりの剛体で俺の身長の1.5倍はあろうかという長身に、筋骨隆々とした体躯。
一言で表すならば武闘家、だが、腰には大剣が堂々と携えられている。
はてさて、この男は一体何者なのだろうか。
俺が、唖然としながら思考をめぐらせていると、不意に口を開いたのはラフィーだった。
「この気配は……」
ラフィーは一向に先の表情のままそう呟く。
するとそこに視線を集中していたのもあって、男の大剣がぶるぶると振動しているのに気づいた。
俺は思わず警戒するが、ふとどこかで見たことがあるような気がした。
俺が戸惑いの色を隠せずにいると、その剣が突然、赤髪の女性に変容した。
身長は俺と同じくらいで、その紅に染まるつややかな髪は腰の高さまである。
当然ながら瞳もその赤さを持っていた。
彼女はラフィーと同じく、顔色を悪くしつつ、驚いたような表情で言った。
「やっぱり、あなただったのですね。 ラファエル……」
俺はそんな言葉にさらに困惑の色を濃くするが、ラフィーはそんな俺を他所に懐かしそうに言った。
「本当に久しぶりですね。 ミカエル……」
そう呼び合う彼女らを見て、俺は何となく察した。
そして呆気に取られ半開きになっていた口をようやく閉じてから1拍おいて言った。
「ラファエルにミカエルってことはつまり、お前らは……」
俺の言葉を続けるようにラフィーが言った。
「そう、同じ12天使の1柱です」
赤髪の女性はそれに合わせるようにぺこりとお辞儀した。
ミカエルと名乗る女性とラフィーを交互に拝観していると、男が呟いた。
「やはり、お前も天使を連れていたか……。 いやなに、ミカエルがそこの娘とお前にどうしても会いたいと聞かなかったのでな」
俺と男の会話の隣ではラフィーとミカエルが旧交を深めるように楽しげに会話して、それからミカエルは男に、ラフィーは俺に、上へ行ってもいいか、と許可を取りに来た。
俺は少し気後れしながらも頷いた。
ミカエルも許可が取れたようで、ラフィーとミカエルは走ってこの部屋をあとにして行った。
彼女らが出ていき、実質この殺風景な部屋には俺と目の前にいる男が取り残された状態となり、静かな沈黙がおとずれた。
果たしてどう切り出したものかと俺が模索していると、男が先に口を開いた。
「まぁとりあえず、楽にしてくれ。 彼女らは特に心配ないだろう」
「……そうですね。 ところで、あなたは?」
俺はこの流れを掴むように、ようやくこれを聞くことに成功した。
男はそんな質問に「おっと、忘れていた」と思い出したようにはっとして、それから真剣な面持ちで自己を紹介し始めた。
重い空気が押し寄せ、俺は緊張に拳を固く握った。
「私の名はジーク・サイオス。 このレイアース王国の国王をしているものだ。 かつては剣聖などとも言われていたがな」
膝に手を置いて、どっしりと構えながらそう言い放った彼に、俺は驚愕し、完全に固まってしまった。




