第44話 次の街へ
俺は宿の外から聞こえてくる騒がしい音と、眩い太陽光で目を覚ました。
俺の腕には相変わらずラフィーがぐっすりと眠りながらしがみついている。
「むにゃむにゃ、へへ、マスター、もう食べられませんよ〜」なんてベタな寝言も聞こえ、その愛らしさに思わず笑みが零れる。
俺は少しだけその光景を緩んだ頬で眺めたあと、ラフィーを起こした。
「ほらラフィー、起きろ、朝だぞ」
「───ふわぁ、おはようございます」
「おはよう」と返し、窓に付属するカーテンをひらいて独りごちる。
「なんだかやけに騒がしいな」
窓の外を覗くと、同じような服を着た人間がひとしきりに同じ方向へと向かっていた。
「あれは、学生服か?」
あまりこの世界の衣装には詳しくないが、経験上あれは学生服というイメージにぴったりの衣装だった。
思わず、懐に入れておいた地図に手が伸び、この宿の周辺を見つめる。
地図によれば、この宿の近くには、王立の学園の寄宿舎があるようだ。
なるほど、それならばこの量の学生服を来たような連中がぞろぞろと歩いていても不思議ではないか。
そう考えていたなかで、どこかで少しだけ羨ましいと感じていた自分がいた。
少なからず、俺は新しい学校生活なんてものに憧れていたようだ。
あの最悪な連中がいないなら学校はどれだけ楽しかった場所だったろうか。
そんなことを考えながら、しばらくその雑踏を眺めて、俺はまだ眠たそうにしていたラフィーに声をかけた。
「今日はあまり時間がないから、魔獣の素材だけ売ったら、馬車に乗るぞ」
その言葉に聞くやいなや、ラフィーはまるで一瞬にして先程までの眠気が吹き飛んでしまったかのように飛び跳ねて喜びを体で表現している。
「馬車、馬車ですか! 乗りたいです!」
「そんなに喜ぶことか?」
「はい! 馬車にはロマンが詰まっています! さぁ行きましょう、すぐ行きましょう」
目をキラキラと輝かせ、俺の腕を掴み引っ張る。
俺は苦笑いしながら「ちょ、ちょっと落ちついてくれ」と手で制した。
すると急に恥ずかしくなったように頬を薄く赤らめて。
「す、すいません。 そうですよね、準備とかありますよね」
俺が頭を優しく撫でてやると、すぐに俺が怒っていないことに気づいたようで、喉を鳴らしながら目を細めていた。
俺はひとしきり撫で終わると「さて」と立ち上がりつぶやく。
床に広がる騒然と散らかるお菓子のごみを見下ろしながら。
「まずは掃除するぞ」
こうして、俺達は部屋を片付け終えると朝食を手早に済ませ、宿をあとにした。
魔獣の素材を売り、馬車に乗り込んだ。
途中、知らない女に絡まれそうになるという小さなトラブルがありつつも、俺達は無事、馬車での旅を始めることが出来た。
馬車ならば歩いて1ヶ月のところを1週間で移動することが出来る。
俺達はレイアース王国の辺境にある小さな村まで乗せてもらうことにした。
ちなみに何故王都まで馬車を使わなかったかと言うと、ぶっちゃけお金の問題だ。
少しでも多く魔獣の素材を取っておきたかったというのが本音のところだ。
まぁ、そのおかげで今ではちょっとした金持ちになっていた。
馬車の中で巾着袋の中身を眺めていると、ついついにやけてしまうほどの金額だ。
それを横目に見て「悪い顔をしています」とラフィーがジト目で言ってくるが「それはスルーの方向で」と苦笑いで答えた。
それにその金で、ラフィーが普通の女の子に見えるように新しい服まで買ったのだからあまり追求はして欲しくない。
そして、そうこうしているうちにあっという間に1週間が経ち、ついにレイアース王国を目の前にしていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
私はいつもの様に、学園へ向かっていた。
王立ミシェド学園は私たちが2年前から通っている寄宿制の学園だ。
私は勇者として、毎日勉学や訓練に励んでいた。
「まーた、ぼぉっとしてる」
「もう、またって言わないでよ。 セリナ」
「何か悩みでもあるの?」
「いや、そういう訳じゃないんだけどね」
「あ、もしかしてまた男の子振った?」
「なんでそうなるの!?」
「だって、ミリアは美少女で、優等生で、勇者のミリア様だよ。 巷じゃ聖女様なんて呼ばれてるし……、今までも何回も告白されてるって噂まであるんだから」
セリナは少し嫌味な口調で言ってくる。
「なによ、その噂」
「でもでも、それ全部頑なに断ってるらしいって」
「そんな噂全部デマだから」
「ほんとかなぁ? ……まぁいいけど」
その言葉を聞いて胸を撫で下ろした時、不意にどこかで見たことがあるような人影が目に入った。
私は何故かその人を追いかけてしまった。
本当に雑踏の中にちらりと見えただけなのに、なんだろうこの気持ち。
心臓の鼓動が高鳴るのを感じながら、その人影へとかけて行く。
そして、ようやく追いつき「あの」と息を切らしながら声をかけた。
「ど、どこかで……会ったことありませんか?」
彼はそんな私の訊ねに怪訝そうな表情で答えた。
「人違いでしょう」
私はなぜだか、とても悲しくなった。
本当に会ったこともない人かもしれないのに、どうしても悲しくて涙が溢れそうになった。
彼はそんな私を見て、怪訝そうな顔つきから気遣わしげな表情に変わった。
「あの、大丈夫ですか?」
私はその言葉で自分が泣いていることに気づき、涙をあわてて拭いさり、その場から逃げるように走り出した。
後ろからは「ミリアー、どうしたのー?」とセリナが声を向けてくる。
私は立ち止まって「なんでもないよ」と頬をはらして答えた。
「とにかく、このままじゃ遅刻するよ」
私が無理に笑顔をつくって、そう言うと、セリナは不思議そうに首を捻り、真剣な顔付きで返した。
「うーん、そうだね。 今度ちゃんと今日のこと聞かせてよね」
私は弱く「うん」と言って、私達はそのまま急いで学園に向かった。
ついに長かった第6章が終わりました。
明日から更新予定の第7章も引き続きお楽しみ頂ければ嬉しいです。




