第39話 罠
俺は魔獣の死体から、皮を剥ぎ取り、爪や牙を落とすと、肉を少々拝借して、それをリュックの中に詰めて、その場を後にした。
そして、その後は何事もなく、日が落ちきった頃にようやく街明かりが見えた。
「入るときは一応剣になっておいてくれないか?」
俺がラフィーにそう頼むと、彼女は頷いて、剣になり鞘に収まる。
俺はそれを腰に携えて、門前に到着した。
衛兵はいたが関税はなく、すんなりと入ることができた。
「まずは金が必要だな」
「でもどうやってお金を手に入れるんです?」
俺のそんなつぶやきに、人の姿に戻っていたラフィーが反応した。
「流石に、奪うなんて言いませんよね?」
苦笑いしながらこちらを見つめるラフィーに俺は「いいや」と首を横に振った。
「さすがにそこまではしない。 ちゃんと考えてあるからな」
そう言ってごそごそとリュックの中から今日殺した魔獣の牙と皮を取り出した。
「これを売ることができれば少なくとも一泊分にはなるはずだ」
とは言いつつも、これを売る店を俺は知らない。
ミルザが残してくれた地図はとても便利ではあるが、さすがに街の中までは書かれていなかった。
俺はため息をついて呟いた。
「仕方ない、聞いてみるか」
あまり他人とは関わりたくないが、こうなってしまっては仕方がない。
ちょうどその時通りかかった男性に声をかけた。
「なぁ、こいつを売れる店を教えてくれないか?」
そう訊ねると、ラフィーは少しほっとしたように頬を撫でてため息をついていた。
「ああ、いいぜ。 なんなら案内するか?」
俺は少し迷ったが、素直にその申し出を受けることにした。
道を教えてもらったはいいものの、また迷わないとも限らない。
何せ土地勘が全くないからな。
俺は「頼む」と一言いって、案内されるがまま、男性の後ろに着いていった。
そして、とある小さな店に到着し、木製の扉を開くと、この店の店主と思しき高年のくたびれた男が出迎えた。
俺は担いでいた鞄を肩から下ろし、勘定台へ近づく。
「こいつを売りたい、いくらで買い取ってもらえる?」
そう言って、毛皮と牙を差し出す。
それらの品をまじまじと見つめた主人は驚嘆し、言葉を失っていた。
そして数秒の沈黙の後「これをあなたが?」と訊ねてきた。
「ああ、そうだが。 それより、いくらで売れるんだ?」
俺が急かすように言うと「そうですねぇ」と無精髭をさすって再び毛皮と牙に視線を移した。
「信じられませんが、これは吸血狼の毛皮と牙で間違いありません」
彼の口は開いたまま塞がらず、ぎこちなく言った。
「高いのか?」
「ええ、それはもう。 なにせ滅多に出回るものではありませんから。 これだけあれば銀貨50枚、いや、質からして銀貨80枚でもおかしくはありません」
俺はその金額を聞いて驚いた。
普通に宿を取るのに銅貨20枚あれば飯もつく。
ちなみにこの世界の硬貨は、銅貨、銀貨、金貨に分けられ、銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚だ。
「なら、これ全部買い取ってくれないか?」
「これ、全部ですか!?」
主人は声を上げて驚愕の表情を浮かべながら言った。
「ああ、そうだ」
「ですが、王都で売れば、さらに高額で売れると思いますよ」
「今必要なんだ。 ここで買い取ってもらえないなら、他の店を当たるが?」
「いいえ、滅相もありません。 ここで買い取らせていただきます。 少々お待ちください」
そう言って店主は店の奥へと入っていき、10分ほど後、大きな巾着袋を手に持って出てきた。
「買取金額の銀貨70枚と、こちら銅貨30枚になります」
「そうか」
そう言って嬉しそうに大きな巾着袋と小さな巾着袋を手渡し「ご確認ください」と言ってくる。
俺は数分かけて中身を確認し「たしかにあるようだ」と頷く。
銅貨の袋から銅貨を5枚取り出しこの店に案内してくれた男性に手渡す。
初めは驚き「いいのですか?」と聞いてきたが、俺が何も言わずに首を縦にふると、頭を小さく下げた。
「それじゃあ、俺はこれで」
金をリュックに入れ、俺は店主に背を向けて言った。
背後からは「ありがとうございました」と聞こえてくると同時に俺は店を出た。
先の男性に宿も案内してもらい、彼についていくように俺たちは後ろを歩いた。
だが奇妙なことに、今俺たちが歩いている道は店の灯りが見当たらず、人っ子一人いない静かな場所だった。
「なにか変ですね」
「ああ、静かすぎる」
俺とラフィーは念話でそう呟きあって、あたりを見回した。
その時、急にあの男性が止まる。
「おい、どうした?」
俺がそう訊ねると、ゆっくりと振り返り、その悪魔のように裂けた口で笑った顔を見せる。
おれはこれを見て嫌な予感が当たったことを確信した。
薄暗い路地の前方と後方から、それぞれ武器を持った、見るからに悪党といったような男共どもが俺達を囲むように現れた。
「ははっ! まんまとかかりやがったな」
それを聞いて、面倒くさい連中に絡まれたなと深い溜息をついた。




